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『BAD COMMUNICATION』(フラン&ベル小説) 第4話

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直方体の形をした、石造りの五階建てアパートメント。そのフラットな屋根に上ったフランは、周囲を見回すのをやめてゆっくりと屋根の端まで移動した。

縁にぺたんと腰掛け、中空に向けて下ろした足を揺らしながら唸り声を上げる。

(ううーん・・・)

リングを壊さないための手抜き構築とはいえ、幻術を破れる時点で相手は普通の人間ではありえない。一応、起こりうるパターンの予測を立ててそれなりの警戒をしているのに、何も起こらないままもう十分以上が経過している。

はるか眼下の表通りでは、駆けつけた警察がヤク中男を連れて行くときに、ちょっとした騒ぎがあったようだ。しかし、男が完全に気を失っていたこともあってそれもすぐに終わり、通りは夜半の静けさを取り戻そうとしていた。

しかしフランは、そちらにはすでに注意を向けていない。

足を揺らすのをやめる。軽く目を閉じて心を空っぽにし、精神を拡散させる。目以外の五感を静かに開く。この方法で、自分を中心に半径百メートル程度の周囲の気配を探ることができる。本気で集中すれば距離を数倍に広げることもできるが、そこまでやったことは過去に幾度もない。正直、疲れるのであまりやりたくない技だった。

街中なので、塵のような気配は舞い飛ぶ羽虫のように随所に散っている。だが、危険に感じるほどの大きな気配はまったく感じられなかった。

ため息をついて瞳を開く。張り巡らせた五感のアンテナを引き上げ、探索を終了した。
相手はもう近くにいない。そう結論付ける。

(なんだったんでしょー)

コーヒーはすでに飲み終えて、空になったコップは紙袋に戻してある。このままパンとマフィンに取り掛かろうか、それとももう帰って寝ようかと考えながら立ち上がった。石造りのアパートメントは、周囲の店や民家よりもだいぶ背が高い。靴の下で、質感のある石が、ざり、と音を立てる。

両腕を空に突き上げて思い切り伸びをすると、夜空に、す、と白い流星が走るのが見えた。

「え」

そんなものに見とれたわけではない。断じてない。
ないのに、靴の底が屋根の上に生えた草のかたまりを踏んだ瞬間に。爪先が半円を描いてずるっと滑り身体が大きくバランスを崩した---建物の外側に向かって。

「ほわっ」

落ちる、と思った瞬間。
強い力で手首をつかまれ、まるで振り子のように宙ぶらりんになる。目の前には灰色にくすんだアパートメントの外壁。

見下ろすと、自分の両足がゆらゆらと宙に浮いていた。靴から落ちた砂が眼下の闇に消えていく。
見上げると、屋根の端に腰を落としてしゃがみこみ、右腕を伸ばして自分の左手首をつかんでいる人物が一人。

いつの間に現れたのか、またしても気配を感じることができなかった。
月を背にしているため表情はよく見えないが、月明かりがそのシルエットを薄ぼんやりと縁取っている。
特徴的な外ハネの金髪。そして何より、その身にまとわせている独特の、静かに荒ぶるような空気。

「・・・どうもー」

空中でぺこ、と会釈をしてみる。見上げるかたちなので、頷いたようにしか見えなかったかもしれないが。
自分の手首をつかむ握力が思いのほか強いことに驚いていた。

それにしても。

「・・・えっと、なにしてんですかー?」

「さあ?」

「このてーどの高さでケガするわけないじゃないですかー。まさか助けたとか思っちゃってますー?」

「んなわけねーじゃん」

彼―嵐の幹部ことベルフェゴールは、口の端を上げて笑った。
手首をつかんではいるが、すぐに引き上げる気はないようだ。その瞳は前髪に隠れていて、さらに真意が見えない。

「ほっせー腕」

ムカ。

「・・・ほっせー腕が痛いんで、そのままさっさと離してもらえますかー?」

「ヤだね」

嵐の幹部はあっさりと拒否し、からかうような口調で言ってくる。

「トリックスターがシューティングスターに見とれて屋根から落ちるなんて、シャレにもならねー」

『トリックスター(詐欺師)』は霧の術士を揶揄する隠語だ。フランは鼻白んで黙る。

右手だけで攻撃してやろうかという考えはもちろんあった。しかしこの体勢で圧倒的に有利なのはもちろん相手の方だし、接近戦では分が悪い。ここは様子を窺うことにする。

(ほんと、何考えてんだか分かんない)

そんなフランの計算を知ってか知らずか、眼前の人物は、不敵な笑みを浮かべたまま、空いている左手を顔の横で揺らした。
一度こぶしを握りこんで開くと、まるで手品のように、五本の指の間に二本ずつ八本のナイフが現れる。

(おおー)

拍手してやってもいいと思った。今は片手をつかまれてるからできないけど。

「さーどーする?」

見上げた目線の先にある、まるで子どものような笑顔。その横で、扇のように開かれた白銀の凶器。背負うようなかたちで背後にのぞく巨大な満月。

要するに。

(一戦交えろ、とお誘いいただいているわけですねー)

自分の手首をつかむこの手の力強さは、万が一にも助けようとしたものではなく、獲物を縫い止めるためのものらしい。
無邪気な狂気。

「どーするって言われても、ミーいまリングないんですけどー」

右手を上げて、何もはまっていない指をひらひらと振って見せる。

「壊したのか?」

「ポケットに入れたまま洗濯機で回しましたー」

「・・・くだらねーウソついてんじゃねーよ。見てたぜ、さっきの」

鼻で笑われた。

「クズリングなんて無い方が楽だろ?」

「うーん、どーでしょー」

「制限かけてて辛そーだったから、わざわざ幻術破ってやったんだぜ?」

(おまえか!!)

あの謎の幻術破りは挑発だったらしい。そうと意識したわけではないが、結果的にはそれに乗る形で波動を高めすぎてリングを壊してしまったフランである。

「・・・おかげでいきなり始末書なんですけどー」

「仕向けたのはオレだけど、壊したのはおまえだろ。王子知ーらね」

あまりといえばあまりな物言いに、フランの中にふつふつと殺意が芽生える。が、ここで怒っては相手の思うツボなので怒ることもできない。タチが悪いことこの上ない。

やり場のない殺意をもてあましているフランに、ベルは機嫌良さそうに話し続ける。

「王子いまヒマしてんの。いますぐ串刺しにされんのと戦って串刺しにされんの、どっちか選ばしてやるっつってんだよ」

「どっちも、やですー」

素直に拒否した瞬間。手首をつかむ手に強い力が込められた。

(いっ)

骨がきしむ痛みに思わず顔をしかめる。痛い、という言葉が唇から漏れかけたが、歯を食いしばってこらえた。
声を上げなかったのはぎりぎりの矜持だ。しかし目尻に涙がにじむ。

(このっ・・・●※△◎■※¥▼!!)

「・・・マジですか?センパイ」

とっさに湧き上がった罵詈雑言は胸中で吐き捨てるにとどめて、一応問い掛けてみた。

「センパイ言うな。本気出してみ」

(めちゃくちゃだなこの人)

ヒマな戦闘マニアに捕まるなんて、今夜は本当についてない。
夕飯を買っていただけなのに。柄にもない人助けまでしたのに。

しかし、手首をつかむ力は依然として強く、解放してくれそうにもない。嵐の幹部が怖いわけではないし、死ぬのが怖いわけでもない。
仕方ない、か。

「じゃあ・・・」

諦めと共に口を開いたそのとき。
この場の空気には不釣り合いな、小さな電子音が鳴り響いた。

「センパイじゃないですかー?」

「ん」

フランの手首をつかんでいる手とは逆、ベルの左手にはめられたリストバンドから、柔らかな電子音が漏れ聞こえてきた。通信が入っているようだ。

ベルはひじを曲げてリストバンドを覗き込む。暗号化されたメッセージを解読するなり、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

「・・・招集かかった」

不機嫌な声でつぶやく。完全なオフではなく待機中だったらしい。嫌々ながらもその気になりかけていたフランだが、やはり面倒ごとを回避できたことに胸をなでおろした。

あまりのタイミングの良さに、珍しくふと笑いそうになり、感情がほとんど顔に出ない自分の性質に感謝する。

「そ・れ・は・残念ですねー」

「全然そう思ってないだろ」

顔は笑っていなくとも、嬉しそうな声音で察したらしい。

「そんなことないですー。じゃあミーはこれで。夕飯食べてないし明日も早いんでー。任務がんばってくださいねー」

しかし、ベルは少し思案するようなそぶりを見せたあと、ふいに言った。

「コーハイはセンパイの命令聞くもんだよな?」

「え」

すごく、すごく嫌な予感がした。

「そんなことないと思いますけどー?」

語気強く否定してみるが、相手はまったく聞いていないようで。

「いいもんやるから、楽しみに待ってろ」

ししし、と笑って、ベルはフランの手首をつかんでいた右手をあっさり離した。

「フツーここで引き上げてくれませんー?」

落ちていく声が小さくなっていく。その行方を見届けることなく立ち上がり、あくびをしながら肩を回してその場を立ち去ろうとしたとき。

「ん?」

足元の小さな紙袋がベルの目に止まった。腰を折って中を覗くと、空になった紙コップと一緒に、手付かずのパンとマフィンが入っている。

「ラッキー」

その場にしゃがみこんで迷わず手を突っ込み、マフィンの包装を剥いてぱくぱくぱく、と三口ほどで食べてしまった。

「すげ。うまい」

続いてパンにも手を伸ばす。それもまた、ぱくぱくぱく、と三口。指に付いたパンくずを舐めていると、ふと昔、まだ十代の頃に言われた言葉を思い出した。
べルって王子とか言ってるわりに食べ物に反応するよね、などと言い放ったのは、誰だったか。

(べルって王子とか言ってるわりに食べ物に反応するよね)

(悪いかよ)

(この間もピンキオーリのチョコスフレに釣られて金にならない任務引き受けてくるし)

(・・・だから半分やるっつったじゃん)

(いらないから)

(いーじゃん。王子、育ち盛りだもん)

(なにそれ嫌味?慰謝料取るよ)

(うっさいバカチビ)

「・・・あー・・・」

思い出すんじゃなかった。ベルは手の中のゴミを丸めて乱暴に紙袋に突っ込み、眼下の闇に放り捨ててその場を立ち去った。

「絶対、歪んでる」

ゴミ置場に落下したフランは、ゴミ袋のベッドに寝そべって一人毒づく。空を仰いでため息をつけば、中身を食べつくされた状態で降ってきたデリカッセンの袋がおでこに当たって落ちた。

「・・・・・・」

野良猫たちの光る目に取り囲まれて、屋根の間からのぞく狭い夜空を見上げて、それでもフランは少しだけ笑った。
戦闘狂の先輩は大嫌いだけど、ここにいる間は退屈することはなさそうだ。そう思った。

それから数日後の朝。
いつも通り出勤してきた、ヴァリアーのアジト内の雑事を担当している非戦闘員の隊員たちは、仕事部屋のドアの前でみな一様に立ち尽くした。

ドアを塞ぐように貼られた巨大な紙。そこにはみ出さんばかりに描かれた謎の絵。

目玉のついた大きな頭の人物に、金髪に王冠を載せたマント姿のヒーロー然とした人物が、背後から跳び蹴りを食らわせている。
一言で説明するとそういう絵だ。

シュールな物語を予感させる絵だが、なにしろ子どもが壁に描いた落書きレベルなので、緊張感はまったく伝わってこない。恐ろしく大胆なタッチ、さらに、堂々と書かれた、絵と同じくらい下手な文字。

『これ つくって。→』

赤い絵の具で書かれているせいでまるで血文字のように見えた。その不吉な『→』の先には、例の跳び蹴りを食らっている方の小柄な人物の頭。いや、よく見ると目玉のついた頭の下にまた人の顔があるので、頭と見えたのは巨大な帽子のようだ。

署名はどこにもないが、描き手は明らかだった。このヒーローの姿、そして何より、この突発的ではた迷惑な行動。

「ベル様か」

「ベル様だ」

「ベル様だね」

隊員たちは、顔を見合わせ揃ってため息をついた。
もとより拒否権などないのだ。隊員の誰にも。

「で、何コレ?」

「さぁ・・・」

繰り返すが、デザイン画とはとてもいえない、限りなく落書きに近い代物だ。
隊員たちは難しい顔で考え込んでしまう。しばらくして、一人の隊員が重い沈黙を破って口を開いた。

「もしかして、カエル、かなぁ・・・・・・」

「え?」

隊員たちはまた顔を見合わせた。そして異口同音に言う。

「違うんじゃない?」

「あのーベルセンパイー」

「あ?」

豪奢なアンティーク・ソファにうつぶせに寝そべって、薄い雑誌を見ていたベルは、顔を上げないまま生返事をする。

「やっぱこのかぶりもの、やですー」

応接室の一角にある姿見の前に立ったフランは、鏡の中の自分の姿を見て言った。
相変わらずの無表情ながら、いつもより少しだけ目が据わっていることは、とうに自覚している。

「うるせー。死んでも取んな。かぶってろ」

フランの抗議に取り合わず、ベルは雑誌のページをめくりながら言う。気のない風を装いながらも笑いをこらえているのは明らかで、華奢な肩が震えているのを鏡越しに見ながらフランは怒りの炎をめらめらと燃やしていた。

(意味わかんないんですけどー)

鏡の前で回ってみた。緩やかな遠心力にわずかに揺れるカエルの顔。
とたんに、背後で、ぶふ、と吹き出す声。

「い、いま、その、カ、カエルと、目が合った・・・」

うつぶせの姿勢のまま、クッションに顔をうずめて足をばたばたさせて笑うベルに、フランは氷のように冷ややかな声で言う。

「・・・スッゴイ楽しそうですねー」

「王子に逆らうとこうなるんだ。思い知ったか」

「センパイって絶対ミーより精神年齢低いですよねー。こっちが大人になんなきゃ、とか思ってますもん今ー」

「うわー何このチビ。ムカツク殺してー」

あれ。言ってからベルは強い既視感を覚えた。昔、同じセリフを誰かに言ったことがあるような気がする。

「やってみますー?」

「・・・ボスが近くにいなきゃな」

遊んでいるわけではなかった。一応、待機中の身である。

活動が確認されるやいなや急激なスピードで成長し勢力を拡大し、たちまち要注意ランクA+まで駆け上がってきていた新興勢力が、突如、牙を剥いた。

敵の名はミルフィオーレ。

普段のヴァリアーは、少人数のユニットごとでミッションにあたることが多い。しかしボンゴレ本部陥落という未曾有の危機に際して、各地に散っていた隊員を呼び戻し戦力を本拠地に集結させている。普段は静かなこのアジトも、ものものしい雰囲気になってきていた。

「あ」

「おっ」

手首に巻いたリストバンド型の端末から、二人同時に軽い電子音が鳴った。暗号化されたメッセージが表示される。

「作戦隊長サマがお呼びだぜ」

ベルは雑誌を閉じてテーブルの上に滑らせ、ソファの脇に放り出していた隊服の上着をつかんで立ち上がる。
暴れられることが嬉しくて仕方がないのだろう、見るからに機嫌が良さそうだ。

「ですねー」

フランも、コート掛けに掛けていた上着を取り、袖を通す。

今宵のミッションは、ミルフィオーレの指揮官が陣を張る古城の総攻撃。
霧の幹部が死んで、自分が後任になって。タイミングの悪いことだ。鏡の中の自分と向き合ってフランは思う。

(ジョーカーを引いたのは、誰でしょう?)

自分か、ミルフィオーレか、それともヴァリアーか。

「早くしろよカエル」

「チビの次はカエルですかアホ王子」

「うっせー黙れ。しゃべんな」

「やです」

二人はにぎやかに小競り合いをしながら部屋を出て行く。
長い夜が始まろうとしていた。

THE END
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後書き(文字反転

フランとベルの初対面から本誌登場までをつなげたつもり、ということで一応完結。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

彼らの話は今後も書いていきたいです。よろしければまた覗いてみてください。

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