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『BAD COMMUNICATION』(フラン&ベル小説) 第3話

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(もーやってらんねー!)

アジトの私室で端末に向かっていたベルは、デスクに勢いよく突っ伏した。
その衝撃で、脇に山と積まれていた書類が舞い上がる。

先日、短い任務を終えて帰ってきたばかり。任務自体は簡単なものだったが、途中でうっかり戦闘になり、匣を一つ壊した。
壊すのは、失くすよりはお咎めが軽い。失くしたり奪われたりして敵対マフィアに流れるのが最悪のケースなので、始末書を出せばいいだけだ。

だけ、なのだが。

(始末書って、なんでこんなにめんどくさいんだよ・・・)

両こぶしを握りしめながら顔を上げ、うらめしい思いで端末のディスプレイをにらむ。

外に出て暴れるのは嫌いじゃない。むしろ好きで、天職だとすら思っている。でなければ二十年近くも続けていない。
しかし、任務後に必ずくっついてくる、この報告書だの始末書だのとは、一生仲良くなれそうもなかった。

(・・・やーめたっと)

三分の一も終わっていない始末書を、それでも一応セーブして、乱暴に端末の蓋を閉めた。

すでに日付の変わる時刻だ。シャワーを浴びて寝ようか、ラウンジで何か飲もうか考えたが、ふと思いついて立ち上がる。
窓に近づき、キーロックを外して押し開けた。大きな窓は、防弾仕様のため少し重い。

冷えた夜風がかたまりのように入ってきて、ベルの金色の髪を吹き上げる。

(すげーじゃん)

夜空に浮かび上がる巨大な満月が、夜半の街を浩々と照らし出していた。
周囲の星が霞むほどの、圧倒的な光。
手を伸ばして部屋の明かりを消すと、月光に照らされた室内に柔らかな影が満ちる。

(ちょっと散歩してこよっと)

ベルは窓枠に片手をつくと、カーテンをかきわけてその身をひらりと中空に投げ出した。ヴァリアーに属する者にとって、三階の高さなどなんでもない。
主を失った部屋で、開け放したままの窓を覆う薄いカーテンが、夜風に音もなくひるがえる。

ほぼ同時刻。フランは、仕事に一区切りつけてアジトを出ていた。
幹部に与えられるアジト内の私室には、シャワールームも寝心地のいいベッドも備え付けられている。だが、今日は街のはずれに借りている部屋に泊まるつもりだった。
幹部に昇格する前に住んでいた部屋だ。幹部になってから爆発的に増えた仕事に忙殺されて、この半月はずっとアジト内の私室に寝泊りしていたが、その間も引き払わず借りっぱなしでいた。

少し任務から離れたかったのかもしれない。通信用の端末を携帯していれば、どこにいようと構わないはずだ。

(お腹すいたなー)

目に付いた閉店間際のデリカッセンに入り、パンとコーヒーを注文する。
レジカウンターの中に立っている中年の女性が、パンとコーヒーを紙袋に入れる。その慣れた仕草を見るともなく見ていると、女性はレジ脇のショーケースに並べられていた大きなマフィンも一緒に入れた。そのまま、紙袋の口を閉じて渡してくる。

「あの」

フランは受け取った紙袋を持ち上げて、首をかしげてみせる。マフィンは頼んでいない、という意思表示のつもりだった。
恰幅のいい女性は、そんなフランを見て、にっこりと笑った。

「ああ、いいんだよ。売れ残りで悪いけど、持っていきな」

「でも」

女性は、レジカウンターの向こう側からふと身をかがめ、小声で言う。

「ぼっちゃん、ヴァリアーの人だろ?」

「え?」

呼ばれ慣れないぼっちゃん、という単語に戸惑い、突然に出てきたヴァリアー、という単語に驚いた。

「ヴァリアーの人は、なんていうか、立ち振る舞いがピッとしてるからね。見慣れてくるとなんとなく分かるんだ」

ここで何十年も働いてるからだよ、普通は分からないから安心しな、などと笑う。

「はぁ・・・」

「見ない顔だけど、最近入ったの?」

「あ、ハイ・・・えっと、比較的最近」

昇進は異例のスピードだったが、入隊してからの日はまだ浅い方だ。

「この街はヴァリアーのお膝元だからね。みんな感謝してるんだ。だから、持っていきな」

「・・・そーなんですかー?」

感謝、などという予想外の言葉に、あっけにとられた様子のフランを見て、女性は微笑んだ。

「そう。よその小悪党が妙なことはできないから、ほかの街なんかよりずっと平和なんだよ。ボンゴレの人は一般人には手を出さないし」

いろいろ言う連中もいるけど気にすることないよ、この街はあんたたちに守られてるんだから、と言って女性は笑った。

「・・・そーなんですかー」

「まだ若いみたいだけど、ケガに気をつけて頑張んな」

「・・・はぁ」

とりあえず頷いて、パンとコーヒーの代金を端末から支払った。
自分がヴァリアーの幹部だということはもちろん言わなかったけれど。毒をもって毒を制すというか、荒くれ集団も意外と役に立っているらしい。
なんにせよ、マフィンをもらえたのは幸運だった。

そんなことを考えながら出入口のドアを押し開けたとき、入れ替わりに入ってきた一人の客と肩がぶつかる。

正確に言うと、相手の肘がフランの肩にぶつかった。なにしろ相手は小山のような体格の大男だ。
耳、鼻、唇、いたるところに空けられた派手なピアスにコテコテのスキンヘッド。腕は丸太のように太く、肩口に卑猥なスラングの刺青を入れている。いかにも軍隊あがりのチンピラといった風情。
日に焼けた浅黒い肌が、今は酒気で真っ赤に染まっており、全身に汗とアルコールのにおいを漂わせている。

(うわー)

嵐の幹部とは別の意味で関わりたくないタイプ。フランが邪魔な腕を肩で押すようにしてすれ違おうとすると。

「・・・こらチビ」

頭の上から野太い声が降ってきた。

「ぶつかっといて無視してんじゃねーぞ?」

(ぶつかってきたのあんたの方だし)

相手にしないことに決めて、狭い出入口を塞ぐように立つ酔っ払い男の脇をすり抜けて外に出る。ひやりとした外気が気持ち良かった。
しかし、なおも背後から耳障りなダミ声が追ってくる。何を言っているのかは聞き取れなかった。

この買ったコーヒーは今飲もうか、それとも帰ってから飲もうかなどと考えながらふと夜空を見上げると、通りに並ぶ店の屋根の上に浮かび上がる、巨大な満月が見えた。

しかしその見事な月に見とれる暇もなく、背中に静電気が這うような感覚、いわゆる殺気が響くのを感じてフランは嘆息する。

血の匂いにも違いがあるように、殺気の種類にも違いがある。たとえば嵐の幹部が発していたような洗練された攻撃性を秘めた空気とはまったく違う、むきだしの凶暴性を帯びた、どす黒い狂気が背後に迫る。

(スマートじゃないなー)

とりあえず、腕の中の夕飯は絶対死守。熱いコーヒーと温かなパン、それにごろりとしたマフィンの入った小さな紙袋を抱えたまま、フランは仔ウサギのように敏捷に地面を蹴る。

それとほぼ同時に、タ、と軽い音がして、蹴ったばかりの石畳に一発の銃弾がめり込んだ。
騒ぎの予感に足を止めていた周囲の通行人から、小さな悲鳴があがる。

(フツーいきなり撃ちますかー?)

すでに日付の変わる深夜とはいえ、わずかながら往来もある表通りだ。軽率さにあきれて振り返ると、右手に硝煙の立ち上る銃を下げた男が舌なめずりをしながら近づいて来るのが見えた。

だらしなく開いた口。理性の感じられない目。アルコールだけでなく、ドラッグの世話にもなっているのだろうか。
ふと、男の背後に、デリカッセンの中から怯えた目でこちらを見ている店員と客の姿が見えた。

(あ、なるほど・・・)

この沸点の低さにも納得がいく。ラリった勢いで店で無頼を働こうとしていたに違いない。俗に言う、売り上げ強盗。
その野蛮な矛先が、危ういところで店から自分に向いた、ということのようだ。

(じゃあ、これってもしかして人助けー?)

思い至ると同時に本気で舌打ちした。
柄じゃないにもほどがある。はっきり言ってメンドクサイ。
でも自分に銃を向けたコイツはもっとずっとイケスカナイ。

フランは、内ポケットから小さな指輪を取り出し、そっと中指にはめた。

「あり?」

人気のない裏通り。切れかけて明滅する街灯に照らされた道を、手を頭の後ろで組み口笛を吹きながらのんびり歩いていたベルは、遠くの屋根の間からインディゴ・ブルーのまばゆい光が蜃気楼のように立ち上るのを見て、歩を止めた。
ほんの一瞬だった。それほど強くはないが、恐ろしく透き通った深海の紺碧。

「・・・ふーん?」

ベルは口の端だけで笑った。

今宵は満月。
月下の裏通りに、長い長い影が伸びる。

男は泡を吹いて倒れた。
白目をむいて指先をわずかに痙攣させている。すでに意識を手放していることは明らかだった。

(バカな奴)

昏倒した男を見下ろし、冷えた目でうそぶく。
匣は持っていない。ミッション中でもなければ貴重な兵器を持ち歩くことはないし、小悪党とはいえ相手はリングも持たない一般人だ。

リングを使った幻術で引き出してみせた亡霊に、男は情けない悲鳴をあげて逃げ出そうとし、結局、亡霊に行く手をふさがれ首を締められて気絶した。あっという間のジ・エンド。

「ばいばい」

あとは警察なり自警団なりが何とかするだろう。
無感動につぶやいて、きびすを返したその時。

パン、と空間の弾ける音なき音を聞いて、目をすがめる。
反射的に地面を蹴り、屋根の上に飛び上がった。

(破られた)

猫のような、と評される身のこなしで屋根の上に片膝をつき、息をするより自然にリングにインディゴ・ブルーの炎を灯す。

ところが次の瞬間。

「げ」

中指にはめていたリングが音を立てて砕け散った。

平時に持ち歩いているリングは、D級以下のいわゆるクズリングだ。先ほどの幻覚は、その支給品のリングを壊さないようにかなり波動を抑えて構築したので、破られたことに驚きはない。
だが、今は見えない敵を警戒するあまりに、つい波動を送り込みすぎた。

(力を抑えるって難しい)

理由はどうあれ、リングを壊した以上は始末書ものだと思うと、一気に気分が悪くなった。フランは嘆息してリングの残骸を払い落とし、屋根に落ちたそれを踏み潰して立ち上がる。
五感のアンテナを張り周囲の気配を探りながら、ぬるくなり始めたコーヒーを開けてそっと口を付けた。

To Be Continued...
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後書き(文字反転)

読んでくださりありがとうございました。
つたない文章ですが、ベルとフランの生態を淡々と書くのは、とても楽しいです。
全4話ですので、次で終わります。もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

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