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『ハッピー・ストローク』(フラン&ベル小説)

「ベルが風邪をひいた」

XANXUSに告げられた言葉の意味が、フランにはよく分からなかった。

「はぁ・・・そーですか」

暗殺部隊だって生身の人間だ。風邪くらいひくことはある。
任務から戻るなり執務室に呼び出される理由にはならない。全然ならない。

何か続きがあるだろうと、XANXUSのどっしりとしたマホガニー製のデスクの前に立っていると、後方のソファに座って足を組んでいたスクアーロが大げさに舌打ちする音が聞こえた。

「あのバカが」

『バ』に強烈なアクセント。フランは振り返って、銀髪の男を見る。

「・・・ベルセンパイが風邪ひくと、何かあるんですかー?」

別に興味があるわけではないが、情報がものをいう因果な商売だ。一見くだらないことでも、回りまわって、いつどこで自分の命取りになるか分からない。

特に、『あの』先輩の性癖の話なら。一応は知っておいた方がいいように思った。

「あるな」

デスクの向こう側、革張りの回転椅子に腰掛けたXANXUSが重々しい口調で言う。

「ガキの頃はよく熱を出してたが、最近はなかったなぁ」

スクアーロが思い出すように言うと、それを聞いたXANXUSが唇を曲げて笑った。

「九割方、仮病だったけどな」

その言葉に、スクアーロが驚いたように身を乗り出して目を見開く。

「そうだったのか!?」

「てめぇは本当におめでたいな」

こともなげに言うXANXUS。しばし呆然としたあと、頭から湯気を立ててソファを蹴るようにして立ち上がるスクアーロ。

「クソガキが。たたっ切る!」

「やるなら今がチャンスだ」

「で、何があるんです?」

なにやら思い出して怒っているスクアーロ、それを知ってか知らずか煽り立てるXANXUS。
そのちょうど中間の位置に立って二人の上司の顔を交互に見ていたフランは、ヘアピンカーブ的にそれかけた話題を強引に引き戻した。

自分の血を見ると理性が飛ぶらしい先輩。自分の鼻水を見ると怪獣にでも変身する?
まさかね。

「・・・まぁアレだ。要するに」

スクアーロが鼻から息をはいてXANXUSを見る。XANXUSは眉間にしわを寄せて後を継ぐ。

「・・・要するに、王子殿下のお守り役が必要ってことだ。スクアーロはこのあと任務がある。フランおまえ、ベルの様子見に行って、適当に看病してやれ」

「はいー?」

フランは驚いた。ワガママ王子の看病?
呼び出された理由はそれだったのか。

(嫌だ。絶対に嫌だ)

フランの脳裏に、ベッドの中からワガママの集中砲火を浴びせてくるベルの姿が浮かぶ。あれやれ、これやれ、あれ食いたい、これ買って来い、だってオレ王子で病気だもん。

・・・最悪だった。

「そんなの、センパイの部下に言えばいいじゃないですかー?」

「あいつは、病気のときは絶対に部下を部屋に入れない」

フランの抗議は、XANXUSによって一蹴された。スクアーロも腕組みをして頷いている。

「病気とはいえ、へこたれてるとこ見られたくないんだろぉ」

「じゃあ医者呼ぶだけじゃダメですかー?往診に来てもらうとか」

「ダメだな」

必死の抵抗を試みるフランに、XANXUSはあっさりと言った。

「あいつの医者嫌いは筋金入りだ」

「はぁ?」

「昔、点滴を打とうとした医者を殺しかけたことがある」

「・・・・・・」

絶句するフランに、追い討ちをかけるようにスクアーロが言う。

「薬も飲まない。注射も駄目。そもそも偉そうに指示する医者が嫌いだとか言ってたなぁ」

(子どもかッ!)

フランは内心毒づいた。スクアーロは、壁に掛かった時計をちらりと見る。

「っと、飛行機に遅れちまう。任せたぜ新米幹部」

大きな手でばしん、と背中を叩かれて、小柄なフランは少しよろけた。

ボスをはじめ、ヴァリアーの幹部たちはベルに甘い。それは、彼を子どもの頃から見てきていることと無関係ではない、とフランは思う。

どんなに懐かない野良猫でも、仔猫の頃から見ていれば情も移る。情が移れば気にもなる。それと同じことだ。
しかし、自分は年下だし入隊歴もずっと浅い。甘やかしてやる理由はない。

(センパイもう26?でしたっけ?いい大人でしょー)

内心ぼやきながら長い廊下を歩き、ベルの自室の前に着く。ドアブザーを鳴らしたが、予想通り反応はなかった。
自分の部屋と同様に、超小型監視カメラがこちらを狙っているはずだが、室内からも見ることができるそれも無言を保っている。

フランは、ドア脇のくぼみに親指を押し当てた。本来は登録した指紋の持ち主しか開けられない扉だが、今は臨時で自分の指紋も登録されているはずだ。軽い電子音がして、ロックが解除される。

「入りますよー」

ドアを押し開けて室内に入った瞬間。

フランは言葉を失い、不覚にも立ち尽くした。

自分の部屋とほぼ同じ間取りのはずなのに異様に狭く感じるのは、とにかく壊滅的なまでに散らかっているせいだ。テーブルの上も棚の中も床の上も、雑誌や服や書類や、その他の雑多な物であふれかえっている。足の踏み場もないとはまさにこのこと。

比較的こぎれいに生活しているフランにとっては、軽い衝撃だった。

(・・・これは酷いですねー)

部屋の奥に目を向けると、広いベッドの端で横になり背中を向けている問題の人物が見えた。床を埋めつくす物たちを踏まないように気をつけながら、フランはベッドに近づく。

「セーンパイ」

ひょい、と覗き込むと、ベルはグレイのパジャマに包まれた身体に毛布を巻きつけて、ぐったりと横たわっていた。
意識はあるようだが、発熱のせいで色白の横顔が朱に染まっている。ベッドの上に細い手首を投げ出して、苦しそうに口で息をはいていた。

(これはだいぶ重症ですねー)

鬼の霍乱ってやつですか。冷静に心中でつぶやくと、人の気配を感じたのか厚い前髪の下で、うっすらとまぶたが開いたようだった。

「・・・だれ?・・・ルッス?」

かすれた、弱々しい声音。言葉を発するのも辛そうで、普段の勢いは微塵も感じられない。

「頭あちぃ関節いてぇ・・・身体が言うこときかねー・・・」

「オカマの姐さんじゃなくて残念です?」

「・・・てめー・・・!」

その声で来訪者の正体が分かったのだろう、ベルは顔をしかめて大きく息をついた。

「毒でも・・・盛る気か・・・」

「ミーはボスに言われて来たんですーだからこれは任務です」

たえだえの息の下でも憎まれ口を叩いてくる病人に構わず、フランはサイドテーブルに置かれた薬袋を見る。袋の口は封をされたままで、飲まれた形跡はなかった。

「薬、飲んでないんですかー?」

「クスリ、きらい・・・やだ・・・」

か細い声で言うベルに、フランは呆れた。

「飲まないといつまでも熱引かないですよー」

「うるさい・・・」

ワガママはいつものことだが、喉に力が入っていないせいでまったく迫力がない。フランは肩をすくめる。

「好きにしてくださーい」

フランはベルのいるベッドを離れる。床と平行で天井以外の場所には、物がうず高く積み上がっており、それらを器用によけながら窓に向かった。
看病しろと言われても、正直言うと何をしていいのか分からないので、とりあえず、室内のこもった空気を入れ替えようと思った。

厚くおろされたカーテンを開けて、ロックを外し重い窓を押し開ける。ふわりとした柔らかな風が入ってきて、フランは目を細めた。

次に、窓を背にしたデスクに近づき、椅子に座る。デスクの上も物であふれていたが、それらをかきわけた下からノート型の端末を発掘した。

「メール見ますよ?ボスにセンパイの代わりにチェックしとけって言われてるんですー」

返事はなかったが、勝手に端末のふたを開ける。起動させると、パスワード入力画面が現れた。

「センパイ、パスワードなんですかー?」

「・・・・・・」

無言。

「センパイ?」

「・・・あとで自分でやる。さわんな」

つっけんどんな言葉の裏に、かすかな動揺。
それに気づいたとき、フランは閃いた。きっと知られたくないパスワードなのに違いない。

「重要なメールがあったら、すぐに転送しろってボスに言われてるんですよねー」

ウソだった。転送しろとは言われたが、すぐに、とは言われていない。フランは心の中で舌を出す。

それを聞いたベルはうめきながら身体の上の毛布を払いのけて起き上がろうとする。よほど知られたくないのだろう。
しかし、腕で身体を支えて上半身をベッドの上に起こしかけたところで、力尽きたのか、再びベッドに沈みこんだ。

「ほら、無理するからですよー」

「うー・・・」

「早く教えてくださーい」

「・・・・・・」

「ボスが待ってますよー」

「・・・エックス・・・エー・・・」

観念したのか、もうどうでも良くなったのか。ベルはぶつぶつとアルファベットをつぶやき始める。フランは言われたとおりに打ち込んでいった。

(これって・・・)

『xanxussqualolissurialevimammon』

そして最後に、

「・・・えふあーるえーえぬ」

『fran』

パチン、とエンター・キーをたたくと、パスワードが認証され、ディスプレイにスタートアップ画面が表示された。

「・・・・・・」

そっとベッドの方を見ると、ベルは寝転んで背中を向けたまま。
顔は見えないが、耳が真っ赤になっているのは熱のせいだけではないだろう。視線を感じたのか、頭から毛布をかぶってしまった。

(これは・・・恥ずかしーかも)

看病を命じられた腹いせに笑ってやるつもりが、逆に笑えなくなってしまった。

そっとしておいた方がいいのか、つっこんで弁明の機会を与えた方がいいのか。フランが密かに悩んでいると、毛布の中から声がした。

「・・・だけ・・・」

「え?」

「覚えやすいって・・・だけ・・・」

小さな小さな、いじけたような声音に、フランは思わず吹き出しそうになった。

「ボスや他の人には黙っててあげますからー」

知らず笑いがこみ上げてきて、フランは口元を押さえる。片手でキーボードをたたいてメールボックスを開いた。

「なにか食べたいものありますかー?センパイ」

なんだか機嫌が良くなって、フランは聞くつもりもなかったことを聞いていた。

「・・・チョコウエハース。バビのが食いたい」

毛布のかたまりがもぞもぞと動いて、しゃべる。

「ヴィエッネズィ?」

「そう」

「風邪ひいてるときによくあんな甘いの食べたいと思えますねー?」

ディスプレイを見てキーボードを操作しながらフランは呆れてつぶやく。

「・・・うるせ」

蚊のなくような声。

「いいですよー。明日は任務ですけど、行く前に差し入れしてあげます」

クスクスと笑いながら、フランは言った。ああ、結局自分も甘やかしてるな、と思いながら。
たまには他人に優しくするのも、悪くない。

THE END
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後書き(文字反転)

ベルが風邪とかひいて弱ってたらかわいいかも?というお話。

時系列は、原作でいうと、フランの幹部就任から本誌初登場までの間。拙作『BAD COMMUNICATION』でいうと、第4話の3節と4節の間です。なので、フランはまだカエルのかぶりものを持っていません。

読んでくださり、ありがとうございました。

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