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『猫と桜』(ツナ&ベル小説)

「今まで何人くらい、人、殺してきたんですか?」

この質問をされるのは、初めてじゃない。

好奇心から聞いてくるバカがいた。(明日にはもう忘れているのだろう)
殺す間際のターゲットから憎しみを込めてぶつけられた。(答えを信じてあの世行き)
どこかの宗教家から哀れむように言われた。(オレは神なんて信じない。民に幸あれ!)
本部の老いぼれから蔑むような目で言われた。(自分らの手は汚れていないとでも?)

そしてそのたびにオレは同情する。そんな問いを恥ずかしげもなく口にしてしまう人間の愚かしさについて同情する。

(おまえら、今まで食ったパンの数とかいちいち数えてんのかよ)

だから、機嫌のいいときは「百万人!」とか答えてやる。機嫌の悪いときは、無視。

こいつも同じことを聞いてきた。けど、それは好奇心でも憎しみでも哀れみでも蔑みでもない、ひどく静かな問いかけで。
だからオレは茶化しも無視もしなかった。

久しぶりのボンゴレ本部。影の世界に生きるマフィアの、それでも光のあたる場所。政府筋をはじめとするカタギの人間も多く出入りするため、オレたち暗殺部隊が来ることはあまりないけれど。特に来たいと思うわけでもないけれど。それでも年に数回は訪れなければならない日もある。

その数少ない機会に、まだ日本にいることも多いボンゴレ十代目と出くわしたのは稀な偶然だった。それもこんなレアな場所で。

時刻は深夜。
ボンゴレ本部の無駄に広い敷地。その片隅に、日本びいきだったという初代ボンゴレが植えた桜の木があることはあまり知られていない。

おおぶりの枝を張らせて、いままさに満開のときを迎えようとしているその桜の下で、オレは奴に出会う。
配置された照明が、白い花と暗い影、その陰影を一際濃く映し出していた。

「よぉ」

小柄な後ろ姿を認めて、オレから声をかける。

「こんばんは」

ゆっくりと振り返る。驚いた様子はない。

年齢を重ねるごとに研ぎ澄まされていると噂のブラッド・オブ・ボンゴレの証、超直感。こいつが不意のなにかに驚いたり戸惑ったりする姿を最後に見たのは、もうだいぶ昔のことのような気がする。

いまも、何者かの接近にはすでに気づいていたように見えた。

「珍しいですね」

「まーな」

「あ、日本語でいいですか?」

「いいぜ。たまに使わないと錆びついちまうし」

「オレもその方が助かります」

奴は、ふふ、と柔らかな笑みを浮かべる。

「なにしてんだよ」

こんな時間に、こんな場所で。

「寝付けなくて」

「おまえもかよ」

自分が泊まっているファミリー用の宿泊施設も、奴が泊まっているはずの専用の個室も。この敷地のはずれからは大分離れている。

「あと、猫が」

「・・・ああ」

どこからか迷い込んできた小さな猫が、奴の足元にするするとまとわりついていた。オレの視線に気づいたように、無垢な目で見上げて小さく口を開けたが、鳴き声は出さなかった。

「鳴かねーな」

「そうなんですよ」

奴はしゃがみこんで、猫の頭をなでる。

「鳴きたそうにするんですけど」

「鳴けないのかもな」

「・・・そうですね」

奴は、猫の首筋をさわりながら少し悲しげな顔をしたように見えた。

「あの、聞いてもいいですか」

唐突に、奴は言う。靴に鼻を近づける猫を見ていて、こちらには目線を寄越さない。

「質問による」

「今まで何人くらい、人、殺してきたんですか?」

「さーな」

オレはコートのポケットに手をつっこんで、桜の木を見上げる。頭上を覆うように伸びた枝がさやかな風に揺れて、白い淡雪のような花弁をわずかに散らせた。

「わりーけど覚えてねー。本気で知りたきゃデータさらってみな。おまえなら見れんだろ」

「そうですね・・・じゃあまた今度」

「とりあえず、動物を殺したことはねーな」

「そうなんですか?」

奴は顔を上げ、琥珀色の目を見開いて驚いたような声を出す。

「好きなんですか?動物」

「バーカ」

なんだよその質問は。少しずつ精悍さを増してきたようで、しかしときおり見せる無防備な表情がオレの心をざらつかせる。気に入らなくて、それでいてなぜかもう少し話していたいと思わせた。

「いち、動物をターゲットに指定されたことがない。に、勝てると分かってる相手にプライベートでケンカは売らない。さん、」

オレもその場にしゃがみこんで猫の頭に触れる。頭蓋の形を確かめるように指先を這わせると、猫は気持ちよさそうに目を閉じて、消えかけたものも含めて無数の傷跡が残るオレの手に小さな頭をこすりつけた。

「動物が好きだから」

オレは奴の瞳を覗き込みながら、口元だけの笑いを浮かべる。

「おまえがこの猫殺せって命令するなら、やるけどな」

猫の脇に両手を差し入れて膝の上に抱き上げる。猫は目を細めて、ごろごろと喉を鳴らした。

「言いませんよ、そんなこと」

苦笑まじりに発される、予想通りの言葉。意外性ゼロ。オレは腕の中の猫をいじりながら、大げさにため息をついてみせる。

「あーあ、おまえ十代目になったらオレらマジ失業すんじゃねーの?」

「・・・そのときはそのときです。また考えましょう」

オレは猫を地面に下ろして立ち上がる。長い尾を揺らす猫にまた手を伸ばす、奴の頭を見おろして言った。

「大丈夫なのかよ」

「なにがですか?」

うつむいて猫をなでながら、奴は言う。

「決まってんだろ。例のファミリー、かなりヤバいって聞いてるぜ」

「ああ・・・」

口元にかすかな笑みを浮かべるのが見えた。

「話し合いで解決しますよ」

「十代目お得意の『話し合い』か」

揶揄するように言ってやるが、返事はない。

「オレらはいつでも準備オッケーだぜ。なんなら今から殺りに行ってやろーか?ボスの・・・」

「だめです」

なかば本心から言いかけた言葉が、強くさえぎられる。

「白蘭は危険です。絶対に近づいてはいけない」

「それってさ、『命令』?」

「そうです」

「・・・オレらはおまえにとって何なんだ?『守られる』なんてまっぴらだぜ」

「まさか」

奴は猫をさわるのをやめる。立ち上がって笑った。

「頼りにしてますよ。だからこそ、無茶してほしくないんです」

「なんだそりゃ」

「もう少し、なんです。全面戦争なんてお互いに不利益しか生まない。相手は馬鹿じゃありません」

(馬鹿じゃねーからヤバいんじゃねーかよ)

オレは心の中でつぶやく。

この二歳年下で日本育ちの青年は、かなりマシになったとはいえ、オレに言わせればまだまだ甘い。周囲が陰に陽にフォローしているようだが、いったん次期ボスとしての強権を発動すれば逆らえる者はいない。

以前、反対を押し切ってボンゴレリングを破棄したのがいい例だ。
言いだしたら聞かない、頑固者。

奴は知っているのだろうか。
利益・不利益なんて飲み込んでしまうほどに巨大な悪意がこの世に存在することを。

「後悔してんのかよ」

「なにがですか」

オレが発した後悔、という言葉にぴくんと反応する。分かってて言ってるんだから当然だ。その先を言うな、という無言の気配を感じたが、無視。

「誰も言わないんなら言ってやるよ。ボンゴレリングを」

「やめ・・・」

とっさにさえぎろうとする言葉に、重ねて続ける。

「リングを破棄したのは間違いだったって、本当は思ってんだろ」

「思ってません!」

早すぎる反応。それは幾度も繰り返し自問した証拠。
その声を。その表情を。突き崩したくなる残酷な衝動。

「なら正しかったのか?」

「それは」

奴は答えない。答えられない。オレは決定的な言葉をぶつける。

「アルコバレーノの家庭教師は元気か?」

奴は息を呑む。そして次の瞬間。

「あなたには関係ない!」

奴は。なにかを吐き出すかのように大声をあげて右の拳をぶつけてきた。頬に届く寸前に、オレはその手首を難なくつかみ、たやすく捻りあげる。

ぎり、と骨のきしむ音。痛みに歪む琥珀色の瞳の奥に、確かに揺れる怒りの炎。予想できた反応にオレは動じない。

不意の突風に掻き散らされる枝。視界をさえぎるほどに激しく降りそそぐ花吹雪の向こう。黒々とした影のように立つ樹齢を重ねた巨木の幹、それは初代ボンゴレの桜。

この花の故郷を愛し、海を渡った初代ボンゴレ。その末裔がいま、なにを思ってこの桜をひとり見上げていたのだろう。

「腹が立ったか?」

「立ちました」

「泣くのか?」

「いいえ」

「オレを殺すか?」

「・・・殺しません」

つかみあげていた手首を解放してやると、華奢な肩を震わせ、唇を噛んでうつむいた。

こいつはまだ人を殺したことがないのだ。それゆえに苦しみ、それゆえに傷つく。

(『こちら側』に来てしまえば、楽なのに)

「おまえが決めた」

「・・・・・・」

「おまえが一人で決めた。そうだろ?」

「・・・そうです」

「決めたことに責任持てよ、ボス」

「オレは」

上げた顔は、笑っていた。今にも泣きだしそうな顔で、それでも奴は笑う。

「オレには、まだ、できることがあるから」

「なら、しろよ」

「オレ・・・戻りますね」

奴はきびすを返す。ゆるゆると舞う桜吹雪の中、小さくなる後ろ姿。
満開の夜桜の下、見送る猫がオレの足元で小さく鳴き声をあげた。

「んだよ・・・鳴けんじゃん」

THE END
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後書き(文字反転)

ノン・トゥリニセッテが世界を侵食し始めた頃の話。鳴けない猫と見守る桜。

十年後のベルはツナに冷たいようで、本当は逆なんじゃないかと勝手に思ってます。

読んでくださり、ありがとうございました

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