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『ピアノフォルテ』(獄寺&ツナ小説)

獄寺は一人、放課後の廊下を歩いていた。
窓の外に見える校庭では、運動部が部活を始めている。ランニングの掛け声、バットにボールが当たる金属音、ラケットがボールを打ち返す軽い音、あがる歓声。様々な音が獄寺の耳に届く。

(ごめん獄寺君。オレ先生に呼ばれてるんだ)

ホームルームが終わり、いつものように一緒に帰ろうとすると、恥ずかしそうに言ったツナの顔。

(あ、じゃあオレ待ってますから)

今朝返ってきたテストのことだと察した。担任に呼び出されて暗い顔をしているツナを元気づけようと、ことさらに明るく言った。ツナは少し困った顔をしながらも、うん、と頷いてくれたので、獄寺はいまツナを待ちながら校内をぶらぶらと周っている。二年生の教室からあまり離れないように、制服のポケットに手をつっこんで。

定期試験の前は、敬愛する十代目と、なぜかあの野球バカとの三人で勉強会を開くのが恒例行事になっている。
しかし、昨日の小テストは完全に抜き打ちで復習する暇はなかった。今朝になって担任から返されたテスト。獄寺はいつも通り点数を見もせずにカバンにつっこんだが、ツナが、答案用紙を見ながら深いため息をついていたのは見逃さなかった。

獄寺は、ツナのテストの点数などまったく気にしていない。沢田綱吉は将来イタリア最大のマフィアのボスになる男だ。ボンゴレの歴代ボスも、他のファミリーの名だたるボスも。獄寺の分析によれば学校の成績とその後の実績に相関関係はない。学校に通ってすらいなかった者もいる。
ボスに何よりも必要な資質は、強烈なリーダーシップと求心力。それさえあれば、あとは周りが補佐すればいいだけの話だ。

しかし、当の本人はまったくそうは思っていないようで。

「獄寺君、テストどうだった?」

以前、昼休みに屋上でパンを食べていたとき、ツナにおずおずと聞かれたことを思い出す。

「あ、見てないッス」

軽く答えると、ツナは琥珀色の瞳を丸くした。

「そうなんだ・・・。でもきっとまた満点だよね」

いいなぁ、すごいなぁ、オレなんてさ、と肩を落としてため息をつく次期ボスの姿に、慌てて言う。

「じ、自分なんて全然っ!」

全然、なんなのか自分でも分からないが、焦って首を左右に振った。

こんなときにどこ行ったんだ野球バカ、「オレも全然だったぜ!だから元気出せよ!」とか何とか言って十代目をフォローするのがてめぇの唯一の使命、この世に生まれた意味だろうが、とこの場にいない山本に内心で悪態をついた。

いたらいたで邪魔でしかない山本だが、こんなときにかぎって、部活のミーティングがあるとかでいなかったのだ。どこまでも使えないヤロウだ、と一人イライラする獄寺。

そんなことが何度かあって、いっそ、自分も悪い点を取れば十代目に気を遣わせなくていいのではないか、と思いついた。妙案のように思えて、次のテストでは白紙提出をしてみた。返ってきた答案は、もちろん0点。

「獄寺君、テストどうだった?」

習慣のように聞いてくるツナ。いつもは困るこの問いに、その時ばかりは良くぞ聞いてくれました、と心の中でガッツポーズ。意気揚々と答えた。

「0点ッス!」

「えええ?うそ!?」

「本当です!全然まったく分かりませんでした!」

胸を張って答えた。そっか、良かった、安心したよ、そう言って笑ってくれることを期待した。
ところが、ツナはいつもよりさらに暗い表情でこうつぶやいたのだ。

「そっか・・・ごめん、獄寺君」

「んなっ!?」

予想外の反応に、獄寺は狼狽した。

「オレに付き合って勉強教えてばっかりで、自分の勉強ができないんだね。迷惑かけてごめん、オレ、次のテストは自力でやってみるから」

本当にごめんね、などと言うツナに、獄寺は言葉を失った。

良い点を取っても落ち込ませる。悪い点を取っても落ち込ませる。三日三晩悩みぬいた末、わざと悪い点を取るのはやめることにした。
学校の成績などどうでもいいが、ツナに頼られるのは獄寺にとって無上の喜びだ。ツナのためなら自分はいくらでも時間を使う。必勝のノートだって作る。テスト中にテレパシーだって送る。自分が勉強もできない、使えない奴だと思われたら、それすらもできなくなってしまう。

それに、すごいね獄寺君、と言われるのは、正直言って、少し、嬉しい。その後にツナが落ち込みさえしなければ、最高なのに。こいつは自分の部下なんだって、自慢に思ってくれたらいいのに。

(オレは十代目の部下なんですから。オレがベンキョーできるとしても、それは十代目が威張っていいことなんですよ・・・)

いくらでも利用してくれて構わないのに、ツナはそう思わないようだ。
それが少し寂しく、しかしそれが沢田綱吉という人間ならば、変わってほしいなどと思うのもおこがましいような。

いろいろ思い出していたら混乱してきて、獄寺は廊下を歩きながら銀色の髪をかきむしった。
たぶんいつもの考えすぎだ。能天気な野球バカや極限バカやアホ牛が羨ましい。

なんだかイライラしてきて、しかし何に対してイライラしているのかもよく分からず、肩を怒らせながら廊下を歩いていると、どこかでポーン、という高い音がした。

遠い小さな音だが、獄寺の鋭敏な聴覚がそれを捉える。

(ピアノ・・・?)

放課後の校内でピアノの音がすることは珍しくない。音楽の教師がたまに弾いているし、生徒でも家より思い切り弾けるからと使っている者もいる。そういえば音楽室が近かったか。

だが、それは演奏ではなかった。一つ一つの音を、試すように、はじかれる鍵盤。

きっと、調律をしているのだ。

脳裏に、懐かしい白と黒の世界が広がる。生まれ育った城を八歳で飛び出すまで、それは獄寺にとってまぎれもなくもう一つの世界だった。
父の趣味で、城ではよくクラシックが流れていた。母はピアノ奏者だった。姉もピアノを弾く。もちろん、自分も。ピアノ音楽は獄寺にとって生活の一部だった。

しかし、今の獄寺は音楽を聴かない。一人で生きるようになってから、特にイヤホンを耳に入れて音楽を聴くことは一切なくなった。音は、身を守るための大切な情報源だからだ。

銃の撃鉄を起こすあの音を、聞き逃さずにいたからこそ何度命拾いをしたことか。

歩を進めるほどに、鍵盤をたたく音が大きくなっていく。しかし、不意に止む。
角を曲がって音楽室の扉が見えたとき、その扉が開いて、大きなカバンを抱えた男性が出てきた。職員室の方向に歩いていく。きっと調律師だろう。

生まれつき耳の良すぎる、また幼少時から良質の音楽に慣れてきた獄寺にとって、音程の狂ったピアノはそれこそ耐え難い存在だ。一度、音楽の授業で、ひどい音程の演奏を延々と聞かされたときは、もう少しでダイナマイトに着火してピアノに投げつけるところだった。そんな癇癪を起こせばツナに叱られるのは確実なのでなんとか我慢したが、その日は夜までひどい頭痛がした。

そんな経験をしたこともあり。学校のピアノはそもそもが安物なうえに、調律も年に一度されるかされないかといったところなので、触れようなどと思ったこともなかったのだけれど。

(調律したてのピアノ・・・)

下ろした指が、鍵盤を求めてぴくりと動いた。

音楽室の扉に、鍵はかかっていなかった。
室内に入り、黒いグランドピアノに近づく。ふたを開けて、整然と並んだ白と黒の列を眺めた。
毎日のように触れていた硬い鍵盤。実に六年ぶりの対面。

「・・・・・・」

布張りの椅子に腰かけ、そっと、鍵盤の上に両手を置く。そっと、ペダルの上に足を置く。

記憶にあるよりも小さく感じた。メトロノームのリズムに遅れないよう、懸命に伸ばして弾くのがクセになっていた小指は、いまはゆうに一オクターブを越えて届き、鍵盤を包み込む。

代わりに、手の甲にはその頃にはなかった細かな傷が刻み込まれている。同じ鍵盤の上にあって、それはもはや別人の手だった。

右手の親指で、ソの音をたたく。ソラシドレミファソ。ファのシャープ。
左手の小指で、レの音をたたく。レミファソラシドレ。ファとドのシャープ。

左手のアルペジオ。右手で継いで、なめらかに音階をつなげる。
懐かしい、とても懐かしい感触。指先も、耳も、すべてが懐かしい。

いつしか、獄寺は夢中になって鍵盤をたたき始めていた。

「失礼しましたー」

ツナは、挨拶をして職員室の扉を閉める。はぁ、とため息をついた。

(疲れた・・・)

抜き打ちテストの点数はやっぱり散々で。担任にイヤミ混じりのお説教をされて、慣れているとはいえ、やっぱりこたえる。

(獄寺君、待っててくれてるんだよね)

すごくすごく申し訳なく思いながら肩を落として教室に戻ると、無人。

(あれ?)

自分の机と、獄寺の机の上にはカバンが放り出されている。帰ってはいないようだが、姿が見えない。

(トイレかな?)

少し迷って、また廊下に出る。階を一周して、見つからなかったら教室で待っていよう。そう思った。

窓の外を覗くと、運動部の部員たちが部活をやっている姿が見える。山本のいる野球部は、バックネットのある校庭のはじなので、ここから彼の姿を見ることはできない。了平のいるボクシング部は室内トレーニングが基本なので、それももちろんここからは見えない。

そういえば京子ちゃんは部活やってないなぁ、テニス部とか似合いそうだよなぁ、と思う。真っ白なスコート姿で、胸にラケットを抱えて微笑む天使を想像して口元を緩ませた。

しかしただでさえ人気者の京子ちゃんがテニス部なんかに入ったら、ますます自分の手の届かない存在になってしまうに違いない。まさに高嶺の花。オレって本当にパッとしないよなぁ、などと考えてまた暗くなっていると、不意にピアノの音が聞こえた。

(ん?)

行く手の音楽室から、かすかなピアノの音が響いている。

音楽に特別な関心のないツナだが、その音色はなんとなく気にかかった。
引き寄せられるように、音楽室に向かう。

音楽室の扉は閉まっていた。窓からそっと中を覗いてみるが、この角度からはピアノの前に座っている人物の姿は見えない。

演奏は続いている。テンポが速くとても複雑で技巧的で、しかしどこか哀しいほどに繊細な。

美しい曲だった。

ツナは、音楽室の扉に背をつけて、廊下に腰を下ろす。

音響設備もない学校の音楽室で、立派でもないピアノで。それでもその曲の圧倒的に美しい旋律と弾き手の技量で、テレビで見たどんな有名ホールの名ピアニストの演奏よりも、心にすっと染み入るような気がした。

ツナは両腕で膝を抱えて、目を閉じる。
ここ数日あったいろいろなことが思い出されて、それらがすべて音楽の中に溶けこみ、洗い流されていくような不思議な感覚。

(なんか・・・気持ちいい・・・)

まどろむように音楽に包まれていたツナは、曲が止んだことに気づかなかった。
ふと目を開けると、静寂。そして、背をつけていた扉がガラリと開いた。

「うわっ」

寄りかかっていたスライド式の扉が急に動いたせいで、ツナは廊下にひっくり返って頭を打った。

「じゅ、十代目!?」

いてて、と上げた目線の先に、驚いた顔で立ち尽くす銀髪のクラスメイト。

「ご、獄寺君!?」

廊下に座り込んで、ツナも驚いて声が出る。

「いまのピアノって・・・もしかして」

言うと、獄寺ははっとしたように目を見開く。

「お、お聴きになっていたんですかっ!?」

「あ、うん、ごめん。勝手に」

獄寺は焦った。
結局、六年のブランクは大きかった、という自嘲的な思いでいたからだ。

六年ぶりに鍵盤に向かい合ってみたものの、鍵盤の上に確かに見えていたはずの何かが、すっかり姿を消してしまっていた。自分ではまったく納得のいく演奏ではなかったのだ。
あんな腑抜けた演奏をツナに聴かせてしまった自分に、獄寺はひどく落胆した。

「す、すみませ・・・」

「すっごいね!」

頭をさげて謝りかけた獄寺の耳に、ツナの興奮したような声が聞こえた。
驚いて顔をあげる。

「え?」

「すっごいね獄寺君!ピアノ弾けるって言ってたけど、でもオレ、こんなにすごいの初めて聴いたよ!」

「ええ?」

予想外の賛辞に、獄寺は驚いた。ツナは目を輝かせて続ける。

「さっきオレ、なんかちょっと落ちてて。テスト悪くて先生に怒られちゃったし、京子ちゃ・・・あ、いや何でもないんだけど、とにかくへこんでたんだ。でも今のピアノ聴いてて、なんか気持ち楽になったっていうか」

「オレのピアノで?十代目がですか?」

「そうなんだ。オレ音楽とか全然わかんないんだけど、聴いてるだけで、なんていうか・・・癒された」

そして、少し照れたような笑顔を向けて言う。

「ありがとう、獄寺君」

「いっ!?」

思いがけず礼を言われて、獄寺は真っ赤になる。

「と、とりあえずお立ちください十代目」

「あ、うん」

興奮のあまり、廊下に座り込んだまままくしたててしまっていた。差し出された手を受け取って、ツナは立ち上がる。
制服のズボンについたゴミを払いながら、ツナはまっすぐに獄寺の目を見て言った。

「なんか、誇らしいって思うんだ。こんなすごい獄寺君が、オレの」

ツナが言いかける言葉に、獄寺は内心反応した。

(オレの部下だと!言ってください十代目!)

獄寺の心中を知ってか知らずか、ツナは笑顔で言った。

「オレの友達だって思うとさ」

「は・・・」

(友達・・・)

あっけにとられた様子の獄寺を見て、ツナは慌てて顔の前で手を振る。

「あ、いや、すごいのは獄寺君だから、オレが誇らしいとかは変なんだけど!」

「・・・いいえ!」

切望していた言葉とは少し違ったけれど。
それ以上の賛辞をもらったような気がして、獄寺はとびきりの笑顔を浮かべた。

「今度は、ちゃんと練習してきますから!十代目にお聴かせするために!」

妙にはしゃいでいる獄寺と並んで家路を辿りながら、ツナは聞きたいと思っていたことを聞いた。

「すごいキレイな曲だったけど、あれなんて曲?」

お小遣いをためて、CDを探して買いたい。普段は日本のポップスしか聴かないツナが、珍しくそんなことを思った。それくらい美しい曲だったのだ。

「あー・・・名前とかは、オレつけないんス」

しかし、さらりと言われる。ツナは一瞬意味が分からなかった。

「へ?曲の名前だよ?タイトル」

問い返されて、獄寺もきょとんとする。

「あ、はい。姉貴は自分の曲になんかやったら長いタイトルつけるんですけど。オレはそういうの苦手で。楽譜にも起こしません」

「・・・もしかして、さっきの曲、獄寺君作ったの?」

「え?はい」

あっさりと頷かれて、ツナは目を見開いた。

「作ったっていうか、思いつくままに弾いてただけで。でもたぶん何度でも弾けますよ。細かいところは変わるかもしれませんけど」

(この人マルチだなぁ・・・)

こともなげに言う友人の横顔を、ツナは羨望のまなざしで見あげた。

(オレってなんの取り柄もないけど、友達に恵まれるのだけは、取り柄って思ってもいいのかも)

ツナは少しだけ芽生えた自信を、獄寺はとにかく十代目に褒められた嬉しさを。それぞれの胸に抱えて、それぞれの帰路についた。

THE END
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後書き(文字反転)

獄寺がツナにピアノを弾く話は、ずっと書きたいと思っていました。
まだ日常編の頃のお話です。

読んでくださり、ありがとうございました。

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