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『雨の降る日は』(山本&雲雀小説)

放課後。

いつものように野球部が校庭で投球練習をしていると、突然の夕立。

他の部活が次々に引き上げていく中、野球部だけはしばらく練習を続けていたが、雨足は収まるどころか強くなるばかり。やがて打ち付けるような豪雨になり、顧問の一声で今日の練習は中止になった。

二年生の山本は、一年生や同級生と共にグラウンドを駆け回ってボールやバットを集める。それらを右腕に抱え、グローブをはめた左手を顔にかざしながら、大粒の雨の中、濡れた土を蹴って部室棟まで走った。

用意のいい者は折り畳み傘を開き、用意のない者はカバンを頭に載せて、三々五々に解散していく。ほとんどの部員と同じくカサを忘れた山本は少し迷ったが、急いで帰る用事もないので、しばらく学校で雨宿りをすることにした。

濡れたユニフォームを脱いで身体を拭き、制服に着替える。整理体操も兼ねて肩を回しながら、部室に残って自主トレでもしていようかと考えたとき。

(あ、そういえば今月号)

部活の友人に借りた野球雑誌を教室に置いてきたことを思い出した。
教室に戻って、雑誌を読みながら雨止みを待とう。そう即断して、山本はスクールバッグをつかみ部活用のサブバッグを肩に掛けて立ち上がった。

部室棟の軒下を通って教室のある本校舎に駆け込むと、靴箱の脇に見知った顔の人物が立っていた。

「あ」

驚いて声を出したのは山本の方で。
相手は、刺すような鋭い瞳で山本を一瞥する。驚いた様子はない。

「・・・ども」

年上を素通りできないのが体育会系のサガ。目が合ったので会釈をしてみるが、相手は校舎の壁に背をあずけて腕を組み、いつもながらの厳しい表情を崩さない。

漆黒の髪と瞳。肩に羽織った学ランに腕章。痩身に色濃い影をまとったかのような、並中最強の風紀委員長・雲雀恭弥のいつものスタイル。

しかし、今日は黒髪も学ランの下のシャツも、しとど濡れている。山本も、着替えてこそいるが頭が濡れたままなので人のことは言えないけれど。

「雨宿り・・・スか」

少し距離を取って話しかけてみる。本能的な警戒心が働いたのは、約一年前、骨折の跡がつながったばかりの右腕を思いきり蹴られたことを思い出したからだ。花見のときにも一度やられている。本当は、あまり一対一で話をしたい相手ではなかった。

「・・・・・・」

反応はなし。
一瞬、困ったな、と思ったものの、しかし黙って行かせてくれるなら問題はないと思い直す。もう一度会釈をしてそのまま脇をすり抜けようとしたとき、雲雀が不意に口を開いた。

「今日は群れてないの」

「え?」

話しかけられたことに驚いて足が止まる。

野球部の仲間は全員帰ってしまったし、同じクラスのツナと獄寺は部活に入っていない。とりあえずうなずいた。

「そう」

質問の意図を説明しないまま、雲雀は押し黙ってしまう。話は終わりだろうか。行こうか行くまいか山本が再び逡巡していると。

「カサは」

「は?」

分かりの悪い犬のようにきょとんとする。そんな山本にため息をついて、山本よりも頭ひとつ分背の低い彼は、見上げるようにして言い直す。

「カサ。無いんでしょ」

「・・・無いッス」

「来なよ」

「え?」

再度きょとんとした顔をする山本を見限ったかのように、雲雀はきびすをかえして渡り廊下を歩いていく。
しかし、来なよ、と言われた気がした。聞き違いではないだろう。

「あ、ちょっと」

少し迷ったが、山本は細い後姿を追って駆け出した。

「遅いよ」

(足、速っ!)

前を行く雲雀の足は速かった。駆けている様子もないのに、小走りに追う山本が追いついたのは予想通りの応接室の前。

応接室の扉を開き、雲雀が中に入っていく。山本も首をひねりながら後に続いた。
執務机というのだろうか、雲雀がよく座っている机の脇に置かれた黒いバッグ。その中を探って、雲雀は一本のカサを取り出した。

扉の前に突っ立っている山本の前まで来て、鼻先に灰色の折り畳み傘を突き出す。

「・・・いーのか?」

面食らって聞き返す山本。窓の外は相変わらず滝のような雨で、風も強くなり本格的な嵐の様相を呈してきている。自分にカサを貸してしまっていいのだろうか。

しかし雲雀は無言でカサを突き出してくる。山本は少し迷ったが、じゃあありがたく、とカサに手を伸ばす。
と、つかむ寸前に、雲雀は腕を曲げた。まるで馬の鼻先のニンジンのように、カサを逸らされる。

「おい」

なんのつもりだ、と目で問いかけると、雲雀は低い声で言う。

「タダでは貸さない」

「え?」

「貸してほしかったら、僕の言うことを聞く」

「・・・は?」

目をパチパチさせていると、雲雀はくるりと背を向けて、応接室の奥に入っていく。わけが分からないまま、山本も後に従った。

「あそこ。見える」

鍵をはずして窓を開け、吹き込む風雨にも構わず雲雀が何かを指差している。山本は、隣に立って首をねじり、雲雀の指差す方向を見た。

「・・・あ」

猫がいた。

校舎の壁は基本的に直壁だが、一部だけ、コンクリート製のひさしが張り出している部分がある。応接室の窓から見て斜め上、幅一メートルにも満たないそのわずかなスペースで、小さな三毛猫が雨に打たれて震えていた。

「ここ三階だぜ?なんであんなとこ・・・」

「あれ。あの木」

眉をひそめた山本に、隣の雲雀がまた指差す。そのひさしのすぐ脇に、大きなポプラの木が生えていた。今は風雨にさらされて、激しく枝を揺らしている。
その木を伝ってひさしに上がった猫が、降りられなくなってしまったということのようだ。

「・・・で、あのネコ助けるってことでいーのか?」

「話が早いね」

先ほどのカサをめぐる駆け引きめいた会話は。要するに、カサを貸す代わりにあの猫をなんとかしろ、という依頼だったらしい。
分かりにくい。ものすごく分かりにくい。

(あんな回りくどいこと言わなくても、普通に助けるけど)

心中でつぶやくものの、見るからにプライドの高そうな雲雀のことだ。きっと他人に貸しを作るのがイヤなのだろう、と思う。
普段は風紀委員たちを手足のように動かしている分、部下でもない自分に頼みごとをするには、こんなやり方しか考えつかなかったのかもしれない。

「いや、全然いーッスけど・・・あのでかい副委員長は?」

「草壁と風紀委員はいま並盛にいない。呼び戻そうとしたけど電波が通じなくてね」

なんの活動に出ているのかは知らないが、猫一匹のために呼び戻されかねない副委員長に、山本は少し同情した。

「あの木から行くってのはナシ?」

山本は振り向いて、一歩下がって腕を組んで見ている雲雀に声をかける。返ってきたのは至極簡潔な一言。

「無理」

「本当に?」

「僕がもうやった」

不機嫌な声が返ってきた。

「・・・マジかよ」

猫を助けようと木に這い上がる雲雀を想像して、山本は思わずつぶやいた。愕然とした、と言ってもいいかもしれない。
濡れねずみ状態で靴箱にいたのは、その方法を諦めて外から戻ってきたところだったのだ、と思い至る。手を尽くした挙句に、たまたま通りがかった自分の身長と運動能力を見込んだということか。

「じゃあ、やっぱりこの窓が一番近いんだな」

「だからそう言ってる」

実は結構、期待されているのかもしれない。された期待には応えたい。山本の生来のヒーロー魂に火がついた。いっちょやってみますか、と山本は深呼吸をして腕まくり、窓から身を乗り出す。
途端に、身体に痛いほどに叩きつけてくる豪雨。とりあえずいっぱいに腕を伸ばしてみるが、ひさしまでの距離は指先から数えても一メートル以上はある。

助けようというこちらの意図を察しているのだろう、ひさしの縁から懸命に鳴き声をあげているびしょ濡れの猫。こちらに飛びついてきてくれればいいが、完全におびえている様子でそれは無理そうだ。なんとか、こちらからつかまえてやらなくては、と考えた山本の頭に、一つのアイデアが閃いた。

「わりーけど」

「・・・なんのつもり」

乗り出していた身体を室内に戻す。窓際にしゃがみこんで広い背中を見せる山本に、雲雀は警戒したような声を出した。

「あとちょっとのとこで届かねーんだ。おまえ、オレの上に乗ってくれよ」

「・・・・・・」

雲雀は逡巡するようなそぶりを見せた。いつも自信に満ちた顔つきをしている彼が、迷った顔をするのは珍しいな、と山本は思う。
人の集団を「群れ」と呼んで毛嫌いしているこの気難しい風紀委員長は、そもそも人と接触するのが苦手なのかもしれない、と考えたそのとき。

猫の鳴き声が、切り裂くように響いた。
人間にたとえるなら、まぎれもなく悲鳴。

「!」

山本と雲雀は、同時に窓に飛びつく。そろって首を伸ばしてひさしを見ると、小さな猫に襲い掛かる黒い大きな影。

「やばい!」

山本は息を呑む。雨の中、巨大なカラスが仔猫を狙っていた。

「ヒバリ!急げ!」

目をつつかれたら大変だ。とっさに叫ぶと、雲雀は意を決したように、山本の肩に手をかける。肩がつかまれたのを確認して、よし、と山本が身を起こそうとした途端。

「いでっ」

背中に軽い体重が乗ったかと思うと、靴底で思いきり背中を蹴られ後頭部を蹴られ、山本は前方につんのめった。

「なにす・・・」

んだよ、と頭をあげると、自分を体よく踏み台にした雲雀が身軽にひさしの上に飛び乗り、カラスを追い払って猫を救い上げたところだった。

「・・・・・・」

おんぶ、もしくは肩車のつもりで差し出した背中を思いきり踏みつけられた山本だが、小さな猫が雲雀の腕の中に無事保護されたのを見て胸をなでおろす。

「だいじょーぶかー?」

「・・・見ての通りだよ」

ぶっきらぼうに言って、雲雀はひさしの上から山本を見下ろす。

「ほら」

山本は窓から手を伸ばす。雲雀はまた迷うような表情で瞳を揺らせた。

「ほーら」

苦笑しながら、伸ばした手のひらを振ると。
雲雀が降りるために貸そうとしたその手のひらに、代わりに猫が渡された。

「・・・・・・」

そして、雲雀自身は空いた両手を使って校舎の壁に手を沿わせ、勢いをつけて室内に飛び込んでくる。預かった猫をそっと床に下ろした山本の目の前に、全身からしずくを滴らせて危なげなく降り立った。

雲雀が後ろ手に窓を閉めると、ようやく風雨の音が止んで部屋の中が静かになる。足元の小さな猫はケガをした様子もなく、ぶるぶると身体を震わせて水滴を散らした。

「ミッション・コンプリート」

おどける山本を横目で見て、雨に濡れた前髪をかき上げながら息をつき、雲雀は皮肉めいた笑みを浮かべる。

「思ったより使えるね」

「そりゃ、どーも」

山本は部活用のサブバッグを開けた。練習が早く終わったせいで今日は出番の無かったタオルを引き出し、雲雀に投げてやる。

「風邪ひくぜ」

「・・・・・・」

雲雀は、受け取ったタオルをしばらく仏頂面で眺めていたが、やがて無言で頭にかぶり、両手でごしごしと拭いた。
山本も、もう一本引き出したタオルで自分の頭を拭く。見ていると、雲雀は頭を拭いたタオルを裏返して膝をつき、床に座っている猫の体を包んでやっていた。

「どーすんだ?その猫」

「親猫がいる。体育倉庫の裏で春に生まれた。三毛のきょうだいがあと四匹」

並盛のことはなんでも知っているといわんばかりに即答する雲雀。山本は思わず吹き出した。
とたんに、鋭い目でにらまれる。

「なに笑ってるの。もういいからさっさと帰ったら。カサはそこ」

つっけんどんな物言いだが、タオルから逃げようとする猫を押さえつけながらでは、どうしたってサマにならない。山本はふと思いついて言う。

「ヒバリおまえ、夕飯食っていかね?」

突然の言葉に、雲雀はいぶかしげに目を細めた。

「僕を誘うなんていい度胸してるね・・・行かないよ」

「やっぱり?」

首をかしげる山本から目をそらし、胸に猫を抱えあげて立ち上がった雲雀はつぶやく。

「外食は好きじゃない。騒がしい場所は嫌いだ」

「騒がしいってほどじゃねーけど。いいカンパチが入ったからカサの礼におごるって」

山本のセリフに、雲雀がふと興味をひかれたように顔を上げる。

「君の家、料亭か何か」

「いや、寿司屋だけど」

「寿司屋・・・」

雲雀は、あごに手を当てて考えるそぶりを見せた。やがて大儀そうに口を開く。

「・・・行ってもいいよ」

「そっか!そーこなきゃな!」

思いつきの提案が受け入れられたことが少し嬉しかった。しかし雲雀は釘を刺すように言う。

「ただし金は払う。カサと猫で貸し借りは帳消し。君におごられる筋合いはないから」

「いーって。中坊には高いぜ」

軽く手を振ったが、凄味のある顔でにらまれた。

「問題ない。僕に貸し作ろうとするのやめてくれる」

(そんなつもりじゃねーんだけど・・・)

山本は困って頭をかいた。竹寿司は、サービス精神旺盛で儲けに無頓着な店主のおかげで、上質なネタにも関わらず破格に良心的な価格設定だ。しかし、それでも普通の学生にしたら痛い金額のはず。値段を見れば考え直すだろうと思い、ここはあえて何も言わないことにする。

雲雀の財布に無造作に入れられたブラックカードの存在を、まだ知らない山本であった。

「君の家、どこ」

「え?」

「バイクで先に行く。後から追いついて」

「あ、いいなー後ろ乗せてくれよ」

バイクという単語に憧れを掻き立てられて軽く言った山本を、雲雀は思いきりにらみつける。
つかつかと近づいて来たかと思うと、山本の鼻先に人差し指を突きつけて、言った。

「君は・そのカサを・使う」

(・・・こいつ、意地でも借り作らない気だ・・・)

そんなのどーでもいいのになぁ、となかば呆れる山本だったが。
竹寿司の住所を聞き出すやいなや、猫を抱いてさっさと出て行く雲雀の後を、慌てて追いかけた。

雲雀と並んで竹寿司のカウンターに座る。息子が学校の友人を連れてくるとことのほか喜ぶ父親は今日も上機嫌で、高級ネタばかりを惜しげもなく握った。若いうちからいいモン食っとくってのは大切なことよ、というのが、この豪気な父親の口癖だ。

丁寧な箸使いで黙々と寿司を口に運ぶ雲雀の横顔を見ながら、山本はふと聞いてみた。

「ヒバリおまえさ」

「・・・何」

横目でじろ、とにらまれた。

「呼び捨てにされても、怒らないのな」

猫がカラスに襲われていたあのとき、とっさに名前を呼んだ。直接呼びかけたのは、思えばあれが初めてだ。獄寺がいつも雲雀を呼び捨てにしているので、それがうつったのかもしれないな、と口の悪い友人のせいにしてみる。

独裁者然として風紀委員を統括する彼が、それについて何も言わないことが意外だった。しかし気にしていないのは見た目だけで、実は内心、怒り心頭だったりするのだろうか。

と、一応いろいろ考えての問いだったのだが、それに対する雲雀の答えは一言だった。

「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」

「は?」

呪文のような言葉を返されて思わず間抜けな声が出る。

(エンジャク?コーコク?)

雲雀は湯のみをつかんで緑茶をすする。しかし少し熱かったようで、息をついて唇を離した。

「君は、ツバメ」

「・・・はぁ」

「僕の名前も一字入ってるところが、気に食わないけど」

言いたいことを言って黙る雲雀。うーん、と考えこむ山本。

(何の話か全然わかんねーけど・・・怒ってないみたいだから、ま、いっか)

父親の握った寿司をつまみながら、山本は一人うなずく。
寿司を完食して箸を箸置きに戻し、雲雀は内心つぶやく。

(呼び名なんて瑣末なことにこだわると思われるなんて、僕も見くびられたものだね)

この奇妙な夕食から数ヵ月後。山本が継承した古流剣術の名が「時雨蒼燕流」だと知ったとき。
そしてさらに数年後。山本の使う匣兵器が「燕」だと知ったとき。

雲の守護者こと雲雀恭弥は、この晩、彼をツバメに例えた符号にふと笑みを浮かべることになるのだが。

このときの彼らは、まだ、それを、知らない。

THE END
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後書き(文字反転)

原作で、ヒバリさんは何度も山本を助けてるんですよね。彼らの、なんとなく感じる信頼関係と、あと二人とも口調に特徴があるせいか、会話がかわいくなるところが大好きです。

読んでくださり、ありがとうございました。

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