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『咲かずの王国』(スクアーロ&ベル小説) 第1話

「スカウト、だぁ?」

久しぶりにとった休暇が明けて、新たな任務を受けるためXANXUSの執務室を訪れたスクアーロは思わず声をあげた。

豪奢な革張りの回転椅子に身を沈めた黒髪の男は、そんなスクアーロを一瞥するとデスクの上に一枚のファイルを投げ出す。

スクアーロはXANXUSのデスクに手を付き、薄いファイルをつかみ中に挟まれた紙束を取り出した。
ぺらぺらとめくると、ある人物についての情報がこと細かに印字されているのが読めた。名前、国籍、性別、居住地、外見の特徴、経歴etc.
最後のページには諜報部とXANXUSのサインがあり、一番上にはクリップで留められた一枚の顔写真。

スクアーロが顔を上げると、XANXUSは手元に引き寄せたカップからコーヒーを一口飲んだところだった。

「入隊候補者だ。見込みがあるようなら連れて来い」

「期限は」

「一週間」

簡潔に告げると、XANXUSは話は済んだと言わんばかりに次の書類に目を落とす。

「見込みがなかったら?」

スクアーロの問いかけに、XANXUSはうるさそうに眉間にしわを寄せた。

「・・・好きにしろ」

まるで犬でも追い払うような手の振り方をされたが、スクアーロはその答えに内心ほくそ笑んだ。
今回の任務はスカウトだ、と聞かされたときは絶望的に面白みのない雑務だと思ったが。

要するに殺しだ。殺しの任務だ。

(見込みがあるかないかなんて、戦ってみりゃ分かるだろぉ?)

この入隊候補者とやらに一戦ふっかけて、どこまで自分を楽しませてくれるかってところだ。スクアーロはファイルをつかんで身を起こした。

「一週間と言わず、一日で仕上げてやるぜぇ」

意気揚々と宣言して、足音高く執務室を出て行くスクアーロ。
その肩に届かない銀髪の後姿を見送ると、XANXUSは息をついてまた新たな書類に手を伸ばした。

独立暗殺部隊ヴァリアーに入隊する方法は大きく分けて二つある。
自ら志願して入隊試験を受けるか、「スカウト」に応じるかだ。

「スカウト」は、諜報部が目をつけた候補者のデータがボスであるXANXUSに送られ、彼から適当な隊員に指令が下る。隊員は候補者の元に出向き、観察して暗殺部隊に迎え入れるかどうかを検討する。観察している間に接触するしないは、自由。
結果、適格と判断すれば、本人と交渉してXANXUSの元に連れていく。最終的な決定権を持つのは、やはりボスである彼だ。

諜報部がどうやって情報を仕入れているのか、スクアーロは詳しく知らないが、ボンゴレのネットワークが並のものではないことだけは確かで。「スカウト」の対象は、犯罪者だったりスポーツ選手だったり何でもない一般人だったりと様々だ。

「スカウト」の勝手は分かっている。なんといってもスクアーロ自身がその「スカウト」によってヴァリアーに入隊したのだから。

まだ、ほんの半年前の話。

入隊と同時に手に入れたのは、十三年間使った左腕と引き換えにした新しい左腕。
義手が完全に適合するまでのこの半年間は、右腕だけで剣を振るってきた。ようやく、義手に剣を装着して意のままに使えるようになったところだ。

まだ実戦で試したことがないので、今回のタルい任務も腕試しにはもってこい。おまけに休暇明けで、身体が疼いているのが自分でもよく分かる。

(カッポーニ通りを東・・・噴水広場を北・・・)

まっすぐ、候補者とやらの居所に向かう。余計な小細工は不要だ。
地方都市の郊外、駅を降りて階段を降り、市場を抜けて行く。

しばらく歩くと、やがて廃墟じみた建物や掘っ立て小屋が建ち並ぶ、いわゆるスラム街に入った。地面にうず高く積まれたゴミが発するすえた匂いを嗅ぎ、コンクリートの壁にスプレーで吹き付けられた前衛的でけばけばしいアートを鑑賞しながら、スクアーロは一人、灰色の空に閉ざされた街を切り抜くように歩く。

ときどき、道の端に一人あるいは数人で座り込んでいる善男善女の視線やささやき声を感じるが、気にもとめない。

(335番地の・・・)

そろそろだ。日没が近づき、夕闇に沈み始めた街の複雑に入り組んだ路地の角を曲がったとき。

(・・・なんだぁ?)

記憶している情報からすると、候補者はさらにもうひとつ先のブロックにあるアパートメントに寝泊りしているはずだ。
角を曲がらなければならないのに、本能的な警戒心から初めて足が止まった。異様な気配を感じて知らず眉がひそめられる。

明かりの少ないスラム街では、そうしている間にも足元から闇が侵入してくる。
スクアーロはゆっくりと歩を進め、壁に背中を預けて角からそっと顔だけをのぞかせ、路地の様子をうかがった。

「・・・・・・」

まず、路地の真ん中に、うつぶせの状態で倒れ伏した大柄な男が目に入る。
そしてその体の下から、じわじわと流れ出し路地を染める真新しい血液。

スクアーロは周囲の気配を探りながら、路地に入った。倒れている男に近づく。
驚いたような表情で固まっている横顔、何かをつかもうとするように固まっている指。

(こいつは・・・)

もちろん会ったことはない。しかし、写真で見た顔の人物。
スクアーロがスカウトに来た男だった。

「おい」

靴先で肩を押してみるが反応はない。
強盗だか抗争だか知らないが不甲斐ないことだ。任務が空振りに終わったことに内心、舌打ちをしたとき。

「蹴っちゃだめだよ」

不意に高い声がした。
スクアーロの頭よりも、だいぶ上の方から。

「!」

予期せぬ方角から人の声がしたことに不覚にも驚き、スクアーロは反射的に身構える。
上げた目線の先、初めに見えたのは小さな両足とそれを包む小さな靴。

「もう死んでるんだから」

鈴を転がすような声音で、おかしそうに言われる。
見上げると、古いアパートメントの三階の窓枠に腰掛けて中空に足を投げ出し、ゆらゆらと足先を揺らしている少年の姿。

「・・・おまえ、見てたのかぁ?」

「んー」

大声で言うと、少年はどちらともとれる返事をして首をかしげる。
小さな白い顔を覆う白金の髪が、かすかな風にさらさらと流れた。下ろした前髪は長く、少年の瞳を厚く覆い隠している。

「こいつの知り合いかぁ?」

「んーん」

今度は、否定の答え。
そんな会話ともいえないような会話をしながら、少年は終始、楽しそうに体を揺らしている。

(なんだ、こいつ?)

スラム育ちの少年なら犯罪慣れしていてもおかしくはないが、いくら治安の悪い地区だといってもそうそう毎日、そのへんに死体が転がっているわけでもない。スクアーロはどこか腑に落ちない思いがした。

「・・・ケーサツにはオレが通報しとくから、おまえは家入ってろぉ」

通報はサービスだ。気候が暖かくなってきたし、死体がいつまでも転がっていては具合が悪いだろうと思っただけの話。
当然、匿名通報だけしてさっさと引き上げるつもりだった。

それを聞いた少年は、無言で唇を曲げる。

「落ちるなよ。こいつみたいになるぞぉ」

一応忠告して、スクアーロは上着から携帯電話を取り出した。
通話ボタンを押し、少年に背を向けたそのとき。

「!」

反射的に飛びのく。

耳のすぐ脇を通過したのは、鋭い風切音。
目の前の地面に突き刺さったのは、一本のナイフ。

突然の襲撃。振り返って見上げると、さっきまで窓枠に腰掛けていた少年の姿がない。
携帯電話のフリップを閉じて周囲の音と気配を探る。こういう器用な真似はあまり得意ではないのだが。

(来る)

地面を蹴った次の瞬間、三本の抜き身のナイフが舗装されていない路地に次々に突き立った。
素早く身をひるがえしてナイフの飛んできた方向に目を向けると、道端に置かれた大きなゴミ箱―ろくに回収されていないせいでゴミがあふれ出している―の裏にさっと隠れた小さな影。一瞬目に焼きついたのは、鮮やかな金髪。

「・・・・・・」

スクアーロは大股でそのゴミ箱に近づくと、裏を覗き込んだ。
そこにいたのは、地べたにしゃがみこんで身を縮めている野良猫・・・ではなく、先ほどの少年。

「てめぇなぁ・・・」

スクアーロは壁にひじをついて、縮こまっている少年を上から見下ろしてやる。額に青筋が立ってしまうのは致し方ないだろう。

「あ、えっと・・・」

背後には硬く冷たいゴミ箱、目の前には怒り心頭状態の人間。追い詰められた少年は、口元をひきつらせながらそわそわと胸の前で両手の指を組み替えている。

「な・ん・の・つ・も・り・だ・ぁ?」

「べ、別にっ!」

口を尖らせてそっぽをむくその態度に、スクアーロの青筋が一本、音を立てて切れた。

「別にぃ、じゃねぇだろうがこのクソガキが!!」

「やー!!」

思い切り怒鳴りつけると、迷わず腕を伸ばして少年の襟首をつかんで引っ張り上げる。それこそ猫のように片手でつかみ上げられて、少年は空中でばたばたと両手両足をばたつかせた。

「無礼者!王子にさわるな!離せよ!」

「はぁあ?何言ってんだてめぇ!つか暴れんじゃねぇ!」

顔をひっかかれそうになって、スクアーロも思わず身を引く。
腕の長さが違いすぎるため、少年がいくら必死に暴れてもそのけなげな攻撃はスクアーロには届かない。

「ガキのお遊びにしちゃ上等だなぁ!すまきにしてアドリア海に沈めてやろうかぁ!?」

「うるさいうるさい!離せばか!声でか銀色ばか!」

空中にぶらさげられて、なおも抵抗を続ける少年から視線を逸らし、地面に突き刺さった三本のナイフを改めて見たスクアーロは思わず目を見開いた。

(こりゃあ・・・)

三本のナイフは、深々と地面を貫き、柄だけを地上にさらしている。
力のこめ方、打つ角度、そしてタイミングがそろってこそのこの破壊力。ただ勘だけでナイフを投げていては、あんな刺さり方にはならない。

「!」

反応が遅れたのは、ついそんなことを考えていたせいだった。右腕に走った鋭い痛みに、スクアーロはとっさに少年の首根っこをつかんでいた手を離す。

見ると、右腕がシャツごと切り裂かれ、薄く血が滲み出していた。
身軽に着地してすでに十分すぎるほどの間合いを取った少年は、血を滴らせたナイフを右手に、ニヤッと笑う。

「気安くさわるなって言っただろ」

声変わりもしていない高い声で、似合わないセリフを吐く。
そして、ちょうど足元に転がっていた死体を一瞥した。

「おまえ、こいつに用があったの」

「・・・ああ」

スクアーロの答えに、また口元だけで笑う。

「こいつ嫌な奴だよ。いきなり来てさ、オレのおやつに手ー出しやがったんだ」

そして邪気のない笑顔を向け、言った。

「だからさ、死刑にしたの」

「・・・・・・」

普通なら。頭のいかれたガキのたわごとだと思って、信じることもないけれど。
目の当たりにしたナイフ投げの才覚と、死体を前にして不気味なまでに落ち着いた様子が、スクアーロに真実を知らしめる。

スクアーロは確信した。
この候補者を殺したのは、この少年なのだと。

「・・・それが殺した理由か?」

「このへん一帯はオレの国なの。オレの国ではオレのモノに手ー出した奴は死刑ってきまりなの」

きれいな歯並びを見せて、少年は笑う。
よくよく全身を見てみれば、ほつれのない金髪に白いシャツに磨かれた靴と、ストリートチルドレンにしては考えられないほどに小ぎれいな身なりをしている。

(このガキ・・・何者だぁ?)

スクアーロは内心つぶやいたが、口では別のことを聞いていた。

「オレにナイフ投げたのはなんだ?あれも『死刑』かぁ?」

「あれは遊び」

あっさりと答える。

「王族の遊びは狩猟って決まってるんだ」

「オレは鹿か?」

「知らないの?逃げ切れれば鹿の勝ちなんだよ」

少年は薄く笑って、言った。

「じゃーね、バンビーノ」

「はぁあ!?」

むかっとしたスクアーロを尻目に、少年はすばやく路地裏に駆け込み姿を消した。

とっさに後を追うも、夕日差し込む路地裏にはすでにその姿はなく。土地勘がない上に探し回るのも馬鹿馬鹿しいので、口の達者な少年に言い逃げされたスクアーロはやり場のない苛立ちを抱えたままその場に立ち尽くした。

「・・・オレは『バンビーノ』でもなけりゃ『バンビ』でもねぇ」

一人つぶやくと、XANXUSにターゲット死亡の報告を入れるため、携帯のフリップを開いた。

To Be Continued...
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後書き(文字反転)

 

現代から遡って8年前、14歳のスクアーロと8歳のベルの出会いの物語。

続きます。最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

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