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『ブライト・ブライト』(山本&雲雀小説) 後編

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夕日はもうすっかり落ちて、明かりは校庭を囲んで照らす常夜灯だけ。
冷たくなり始めた風が、本格的な秋が近いことを予感させる。

薄闇の中。学ランの上着を脱ぎ捨てた雲雀の上半身のシャツと白い顔が浮き上がるように見える。
常夜灯の鈍い光が届くぶん、足元に幾重にもなって落ちる影。月は見えない。

山本は屋上のコンクリートのざらざらした質感を上履きの下に感じながら、夜の清浄な空気をふっと肺に吸い込んだ。こんなときでも鼻から吸って口から吐く呼吸法をしてしまうのは、きっと部活のクセ。

「おまえ屋上好きな」

「はやく始めようよ」

山本の数メートル前方に立って、鈍色のトンファーを軽く構えた雲雀が言う。山本は呼吸のリズムを整えながら、両手で刀の柄を握る。

剣道の経験はない。竹刀も木刀も、まともに握ったことはない。だから今、感触として一番近いと感じるのは、野球のバット。バットの硬いグリップ。

刀を扱った経験はなくても、バットを振った経験なら誰にも負けない。雲雀にも負けない。

「来ないなら僕からいくよ」

冷めた言葉と同時に、雲雀が躊躇なく前に出る。靴底で弾かれた砂を残して、まるで消えたように見えるほどのスピード。次の瞬間、猛烈な力で叩き込まれて山本はとっさに刀を胸の前で構えて防御した。

金属同士が打ち合う高い音が響く。

止めるつもり、あわよくば押し返すつもりで受けたにも関わらず、あっさり押し負けて山本は数歩後ろに下がった。片手武器の山本に対して両手武器の雲雀は、その身体能力を存分に武器に伝わらせて、まるで腕そのもののようにトンファーを振るう。そしてまた、一撃。刀でなんとか受けるも、柄を握った右腕に衝撃でしびれが走った。

(重っ・・・!)

そんなはずはないのに、闇の中で目が光るようだった。矢継ぎ早に繰り出される攻撃を必死に受け止め、気圧されそうになる心を叱咤しながら、山本は確信する。

やっぱり、こいつは。
「獣を飼ってる」なんてもんじゃない。

------獣そのものだ。

凶暴で荒々しい獣ではない。刺すような動きをするしなやかな豹。しかしその一撃一撃は、受け止めるたびに眩暈がするほどに重い。包帯を巻いたときに見た細い腕、そのどこにこんな力が隠されているのか。

制御できるかどうかさえ分からないと思っていた山本の中の獣が。

ひるんだ。

(畜生)

思わず舌打ち。そうしている間にも、激しく打ち込まれる。次々に振り下ろされる鈍い衝撃。動きを目で追っていては遅い。目を休みなく使いながら、雲雀が繰り出す攻撃の予測を立てて動かないと間に合わない。

(負けたくない)

考えている間も怯えている間もなかった。防戦に徹していた山本は、両手で柄を握りなおして激しく打ち込む。剣道で言うなら、面。しかし雲雀は俊敏な動きで両腕のトンファーを顔の前で交差させそれを防ぐ。ひときわ高い悲鳴のような音が響いた。山本は刀を引かないまま、刀とトンファーを間に挟んで、雲雀の黒い瞳と至近距離で睨み合う。

「ヒバリおまえ、さ」

身長で勝る山本に真正面から打ち込まれて、体重をかけた刀を受け止めて、低い体勢で防ぐ雲雀が奥歯を噛むのが分かった。単純な力の押し合いになって、トンファーを支える腕が震え始めている。

山本の知る雲雀の強さの要因は、類まれなスピードと天才的なセンスと絶対の自信。ほかにもあるのだろうが、おそらく単純な腕力はそこに入ってこないはず。それでもひざはつかない雲雀のトンファーに刀身を押しつける山本も、こめかみから伝う汗を感じながら、言う。

「なんでも自分の思いどおりになるって思ってるだろ?」

山本の言葉に、力を緩めないまま地面に縫いとめられかけている雲雀が眉を寄せて睨み返してくる。

「だったら何」

「オレも」

山本は少し笑う。

「オレもおんなじ」

言った瞬間、雲雀が、左足を回してすばやく山本のひざを蹴った。まともに入る寸前にかわした山本だったが、体勢を崩されたその隙に雲雀がトンファーで山本の刀を弾き返して飛びのき、再び間合いを取る。それを見るのと同時に、山本は額に冷たいしずくが落ちるのを感じた。

雨が。

雨が、降り始める。

細かい雨粒が糸のように降って、顔を肩を濡らす。

普段の自分だったら、天候を理由に戦いをやめることを提案したかもしれない。
しかし、今はまったくそんな気はなかった。手がすべらないように柄を握りなおし、ひざを緩め、浅く短い呼吸を続ける。

(なあ)

刀を正面に構えて雲雀と睨み合いながら、山本は自身の内なる獣に話しかける。
今まで、押さえ込もうとばかりして、目をそらしてばかりいて、排除しようとし続けてきた存在に、初めて、自分から話しかける。

(オレを助けろよ)

一人では敵わない相手でも、おまえとなら。

(勝ちたいんだよ)

夜の雨に打たれて冷えていく体温とは反対に、熱くなっていく衝動を。闘志を。

(おまえも)

目覚めさせたいと思って。

(そうだろ?)

同調のうなり声が、自分の体内から聞こえる。

(だっておまえは)

------オレの一部なんだから。

一瞬だけ、ふ、と目を閉じて、次の瞬間。山本は地面を強く蹴って雲雀に突っ込んだ。
避けるそぶりを見せない雲雀に、渾身の一撃を振り下ろす。まともに食らったらケガではすまない本気の攻撃。だが雲雀は刀身が自身に届く一瞬前に流れるような動きで身体をそらせると、反応しようと動く山本のわずかなタイムラグの隙をついてふところに入り、左手のトンファーで山本の腹をしたたかに打った。

「・・・ッ!!」

衝撃に吹き飛ばされて貯水槽の壁に激突した山本は、そのまま意識を失った。

覚醒する。
一瞬だけ気を失ったつもりだったが、そうではないと知った。雨がやんでいたからだ。

重い身体を起こすと、後頭部に激痛が走る。反射的に手をやって確かめるが、出血はしていないようだった。

「起きたの」

投げられた声に目を上げる。声の主を探して目線をさまよわせると、カウンターで弾き飛ばされた山本が寄りかかったまま気絶していた貯水槽の正面、屋上を囲うフェンスにもたれかかった雲雀がいた。

日の光の下では錆の目立つフェンスも、雨の名残のしずくをつたわらせて輝くそれは、まるで銀色の玉座のように見えた。そしてそこに背をあずけて立つ彼は、まるでよくできた人形のようで。

「オレ、寝てた?」

身体が冷えている。山本は、発した声が少し枯れていることを自覚して、わずかに身震いした。

「ちょうど三十分」

「オレ起きんの待っててくれたの」

何も考えずに発した言葉に、人形は冷たい声を返す。

「ばかじゃないの。屋上を施錠したいだけだよ。あと一分たって起きなかったら屋上から蹴り落として帰ってた」

「こえー」

笑ったとたんに、打ち付けた後頭部にまた痛みが走って山本は歯をくいしばる。
明日にはきっと、こぶになっているだろう。

「月に感謝しなよ」

「月?」

雲雀の目線を追ってあごを上げると、薄く空を覆っていた雲が晴れて、濃い群青色の夜空にこぶし大の満月が浮かんでいるのが見えた。

「月がきれいだったから」

白い月光の下、雲雀は言う。

「きみを蹴り落とすのを延期して、見てた」

口元だけ、少し笑ったように見えたのは、陰影が見せた錯覚だろうか。

「お月さまさまだな」

言って、山本は座ったまま静かに貯水槽に寄りかかる。
そのままゆっくりと目を上げると、フェンスにもたれてあごを上げ、まだ月を見上げている雲雀の横顔が見えた。
その足元には、太陽の強い光を受けてできる影とは違う、柔らかな月光に照らされて落ちる淡い影。

「最後の」

「え?」

山本の方を見ないまま、雲雀は独り言のように言う。

「最後の一撃は、悪くなかったよ」

「・・・うん」

山本はうなずき、自分の脇に放り出されていたバットを手に取る。刀からとうに姿を戻して、今は何の変哲もないただの金属バットだ。
グリップを右手で握り、左の手のひらに軽く打ちつけると、ひんやりとした感触が肌に心地よくて。

「ヒバリ」

名前を呼ぶと、雲雀が視線を山本に向けてくる。
まっすぐで強い、黒い瞳。その瞳に向かって、山本は言う。

「来月さ。秋の大会があってさ」

山本の言葉に、雲雀は怪訝そうな表情を見せる。

「オレ、スタメンだから。ツナたちも応援に来てくれるから、よかったらヒバリも来てよ」

率直に誘ってみた山本だったが、それを聞いたとたんに雲雀の眉間のしわが深くなった。

「きみは人の話を聞いてるの」

凄みのある低い声に、山本は瞳をまたたかせる。

「え?」

「言ったよね。きみたちの騒がしい世界に、」

一度言葉を切って、雲雀は語気強く言う。

「僕を巻き込むなって」

『僕を巻き込むな』

(あ)

一週間前の言葉を思い出して、山本は目を見開く。
あのときは、おまえのくだらない悩みに巻き込むな、と言われたのだと思った。そしてそれが柄にもなくショックだったのだけれど。

どうやら、もっと大きなことを指して、彼は言っていたらしい。そういえばその前に、ツナのことも言われたような気がする。

微妙な誤解があったようだ。誤解というよりは、山本の勘違いに近い。

「じゃあ、だめだよな」

そこは素直に残念、と思う山本に、雲雀は感情の読み取れない声で言う。

「過程には興味ない。結果だけ教えて」

それを聞いた山本の表情が、ぱっと明るくなる。

「そっか!じゃースコアブック渡すな!」

破顔して言う山本に、雲雀は嫌そうな顔をする。

「いらないよそんなもの。点数もいらない。勝ったか負けたかだけでいい。並盛の名を背負っておいて、負けたなんて言ったら咬み殺すけどね」

「やっぱ、そーくるか」

「当然でしょ」

雲雀は薄く笑う。

「力が怖いなんて甘えたこと言う前に、一人前の力を見せてみなよ」

それだけ言うと、雲雀は、軽い金属音を鳴らして寄りかかっていたフェンスを離れ、階下へと続く階段に向かう。施錠すると言っていたことを思い出して、山本も急いで身を起こした。

殴られた腹と打ち付けた後頭部が痛い。それでも足取りだけはしっかりとさせて、山本は雲雀のあとに続いて、扉を抜けて屋上を後にする。

(ありがとな)

自分は一人ではない。だから。
人を傷つける力ではなく、自分のことを見ていてくれる大切な人たちを守れる力を身につけよう。

たとえそれが獣のかたちをしていたって。自分の姿をしていたって。

「オレは、オレだ」

つい口をついて出たつぶやきを聞きつけて、鍵を閉めて先に立って階段を下りていた雲雀が訝しげな表情で振り返る。

「何か言った」

「いや」

笑顔を浮かべて、山本は手を振る。

満月を見ると凶暴化する怪物の話を知っているけれど。
自分の中の獣は、いま、とても穏やかだ。

オレは、こいつを受け入れて。
オレは、こいつと生きていく。

飼い主に疎まれて拒絶されて、心の隅で怯えていた獣は、もう、いなかった。

THE END
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後書き(文字反転)

山本とヒバリさんの小説。この2人のお話は、2作目です。
読んでくださり、ありがとうございました。

前作「雨の降る日は」でちょこっと交流が生まれたあとの2人・・・だと思っていただけると、この山本の懐きっぷりもご理解いただけると・・・思うのです。きっとたぶん。

あと、獄寺が山本に冷たいのは、黒曜編直後でまだ成長過程だからです。きっとたぶん。獄寺と山本が仲良しになるのって未来編ですよね。きっとたぶん。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(深々


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