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『グリーン・アイズ』(フラン&ベル小説) 後編

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こーいうの、なんていうんでしたっけ。

三すくみ?違う。ヘビににらまれたカエル?いやいや違う。

なんてのんきに考えてしまうのは、きっとこの痛すぎる現状から逃避したいから。

いま、センパイとミーは、ボスのデスク脇の床に揃って座らされてます。
ただ座ってるだけじゃない。足を腰の下で折りたたんでその上に体重を乗せる、いわゆる「正座」です。セイザ。この姿勢でもう十分以上。足の感覚がなくなってきました。

目を上げると、倒れてるところを起こされた執務机の肘掛椅子に足を組んで座って、ベスターを足元に従えたボスがいる。ボスは床から拾い上げた書類の束を手にして一枚一枚チェックしてる。

センパイとミーを正座させたっきりこちらを見ないで、ときどき、書類の順番を入れ替えたり、向きを直したりしてる。

・・・怒ってる。
確実に怒ってる。

書類のチェックが終わったあとが怖いです。隣に並んで正座してるセンパイにこっそりささやく。

「あの。ミーたちこの後、どうなるんでしょーか?」

二十年近くボスと付き合ってるセンパイ。珍しく首元に汗をかきながら答える。

「ボスのことだから・・・セッカンとか・・・」

「は!?折檻!?」

眉間に思いきりしわが寄ったのが自分でも分かる。
足を崩すことは許されない雰囲気だから、お互いひじでガンガン小突きあいながら小声でヒソヒソ話す。

「や・で・すー!ミーは術士で後方支援専門なんです!痛いのとかやですー!」

「バカ、オレだって嫌だっての!つかこの姿勢がすでに折檻なんだけど!足痛い!」

「センパイは慣れてるんじゃないですかー?野蛮な前線組なんですからー!」

「慣れるか!つかボス怒らせるようなヘマしたことねーし!初めてだし!」

「その記念すべき第一回に、なんでミーを巻き込むんですかー!」

「うるせーよ!貴重な経験できると思えよ!」

「それ自分にもそう言えるんですかー!」

「言えるわけねーだろ!バカじゃねーの!」

支離滅裂な減らず口をたたいてくるセンパイ。誰のせいでこんな事態になってると思ってるんだ。

ミーが言い返そうと口を開いたとたんに、コン、という強い音が響いた。

書類のチェックを終えたボスが軽くこぶしを握って、人差し指の関節でマホガニーのデスクを叩いた音。

ビクッとして背すじが伸びた。手のひらで机をたたいたりしたわけじゃない。ただ一回、指の関節で机を叩いただけ。
それだけなのに、すごい迫力。すごい威圧感。

背すじを伸ばしてあごを上げて、横目でそっと隣のセンパイを見たら。
センパイも、ミーと同じく背中をしゃきっとさせてボスを見ていた。微動だにしない。

「で」

椅子を四十五度回転させてこちらを向いて足を組み、机にひじをかけて頬杖をついたボスが低い声で言う。黒髪の間から覗く紅い瞳が、射すくめるような光を放っている。

「何をしていた?」

至極当然の質問。ミーはまた横目でセンパイを見る。
ここはセンパイが答えるところでしょ。ミーは巻き添えくってるだけなんですから。

ミーの視線に気づいたかどうかは分からないけど、センパイが口を開く。

「えっと、ベスター、が」

「ベスターがなんだ」

あ、その言い方ヤバい。
ベスターが悪い、みたいに言っちゃって大丈夫なんですかー?

冷や汗をかくミー。これ以上の巻き添えはごめんです。
いざとなったら、センパイを生け贄にして、幻術で煙に巻いて逃げちゃおう、とこっそり決意。ひざの上に揃えた指にはめた護身用のリングにそっと触れようとすると、ボスが鋭い視線を送ってきたから慌てて手を離した。

「ベスターが、オレの指輪を、その、食べちゃった、みたい、で」

おそるおそる、といった風に、でも正直に言うセンパイ。
いまさら誤魔化しても仕方ないから、賢明な選択だと思う。ボスは、眉根を寄せていぶかしげな顔をした。

「指輪?嵐のリングか?」

「あ、そーいうんじゃなくて。ノーマルな指輪なんだけどさ」

その言葉に、ボスは鼻を鳴らして腕を組む。

「それで、ベスターの口に手を突っ込もうとしてたのか」

「吐き出させようと思った、から。ちょっと我を忘れてた、かも」

そこまで聞いたボスは、しばらく黙っていた。
尋問は終わりだろうか。もうだめ。足が痛い。しびれて立てなくなりそう。

しばらく思案顔をしていたボスは、やがて大儀そうに口を開いた。

「ベスター」

主人の呼びかけに、ボスの足元に寝そべっていた大ネコがのっそりと起き上がる。ボスは手を伸ばして、デスクの上に置かれていた大空の匣を手に取った。

「戻れ」

短い指令に応えて、ベスターは忠実なしもべらしく瞬時に匣の中に戻った。ぱたん、と軽い音をたてて蓋が閉まる。ボスは、閉じた匣を手に持ったまま、軽く振ってみせた。すると中から、何か硬い物が入っているようなカラコロ、という音が聞こえる。

黙ってその様子を見守っているミーたちに目線を投げて、ボスは口元を少し歪めた。

あれ、もしかして今。
笑った?

内心驚いていると、ボスは指にはめたリングを使わず、匣の蓋に指をかけて、直接開けた。蓋は難なく開いたけど、リングの炎を注入していないから、もちろんベスターは出てこない。

ミーもやってみたことはあるけど、リング無しで匣を開けてみても、中からは何も出てこないはず。

なのに。

ボスは蓋の開いた匣に長い指を差し込んで、中から何かをつまみ出してきた。

「あ」

「あ」

センパイの声とミーの声が重なる。

「この匣は無機物を収納できねぇんだよ」

ボスは、唇を曲げて言いながら、匣の中から取り出したそれを。
センパイに向かって、放った。

慌てて両手を出したセンパイは、軽やかな放物線を描いて飛んできたそれをちょうど胸の前でキャッチ。

横から首を伸ばしてセンパイの手の中を覗き込んだミーは、思わず声をあげてしまった。

「指輪ってこれ?ですかー?」

センパイの白い両手の中にあったのは。
ピンク色のプラスチックの輪に、紅色を閉じ込めた透明なビー玉のついた。
子どもがお祭りで買ってもらうような、安っぽくて小さな。

おもちゃの指輪。

派手好き贅沢好きの堕王子。そんなセンパイが血眼になって探していた指輪。
ミーのイメージでは、もう時価数百万ドルとかの、ダイヤだかなんだかがギラギラついた、たっかい指輪。だったんですけど。

冗談だろう、と思ってセンパイの横顔を窺ってみたけど。
それが目的の物かどうかなんて、表情を見れば分かる。

手の中の指輪をぎゅっと握り締めて、センパイはいつもの何かを企んでいるような意地悪な笑みではなく。
本当に嬉しそうな笑顔で、大きくうなずいた。

「うん。これ」

そのセンパイの宝物にまつわる物語を聞いたのは、そのすぐ後のこと。
ヴァリアーに入隊する前、センパイがまだ家族と暮らしていた頃。街で見かけた、庶民の子どもたちが屋台に群がって、小銭を差し出して買っていたおもちゃの指輪。

太陽の光を反射して、濡れたようにきらきら輝いていたビー玉の指輪。すごくうらやましかったのに、王族の意地だかなんだかで、その場では「ほしい」なんて言えなくて。本物の高価な指輪をいくつも持っていたのに、でもそのまぶしく光るビー玉の指輪のことが忘れられなくて。

こっそり家来に頼んで買ってきてもらった、おもちゃの指輪。

でも。

喜ぶセンパイを見たセンパイのお兄さんが、指輪を、取っちゃった。

もちろん、宝物を取られて黙ってるセンパイじゃない。力づくで取り返して、ついでにお兄さんにハナクソをつけたらしい。
そしたら、お兄さんもハナクソをつけ返してきて、結局、かつてないほどの大ゲンカに発展したんだとか。

オカマの「お兄さんの形見」なんていう勘違いはここから来たらしい。「お兄さんにもらった」じゃなくて「お兄さんから取り返した」じゃないですか。頭だけじゃなく耳までイカレたんですか。

ハナクソのあたりで馬鹿馬鹿しくなったんで、ミーはその先は聞いてないですけど。
そのおもちゃの指輪、ヴァリアーにまで持ち込んでくるくらいですから、よっぽど大切なんですね。
堕王子のご執心されることは、ミーにはよくわかりません。

「とりあえず、金輪際ミーを揉め事に巻き込まないでほしいものです、っと」

まめにつけてる日記。キーボードを打つより、ミーは日記帳にペンで書く方が好きです。
バカ王子へのメッセージじみた一文を最後に、ようやく今日の分を書き終わる。

ぱたん、と日記帳を閉じてサイドテーブルに置き、ベッドにうつぶせになったまま、子どもの飛行機ごっこのようにうーん、と大きく両手足を伸ばす。そのまま脱力して、枕に頬をうずめる。ふかふかの羽毛枕が気持ちいい。

今日は長い一日でした。首を伸ばしてベッドサイドに置いてあるシンプルな時計を見ると、もう日付が変わる時刻。貴重な休日は瞬く間に終わって、明日はまた任務で朝から遠出、と思いながら照明を消そうとしたとき。

ドアベルが鳴った。

「・・・・・・」

底知れない嫌な予感。
ひじをついて上半身を起こし、端末を監視カメラに接続。来訪者確認。

「・・・なんでしょうか」

慎重に声を発すると、ムダに大きな声で返答があった。

「キャラメルマキアート」

「いやオーダーじゃなくて。ミーに何の用ですか」

冷静に切り返してやると、見覚えのある大きなチョコレートクッキーをかじりながらディスプレイの中で愉快そうに笑う金髪堕王子。
あの。食べかすをミーの部屋の前にこぼさないでほしいんですが。

「じょーだんだって。なか入んねーからここ開けろよ」

・・・・・・。

なんなんでしょうかいったい。
この機嫌の良さが怖い。まさか酔ってるんじゃないでしょうね。

「・・・ちょっと待ってくださーい」

不審に思いながらも、ディスプレイをタッチして開錠し、ベッドから起き上がって扉に向かう。
仮にも先輩なので、一応たててるところはあると思う。この「仮にも先輩」という意識も、そろそろヤメてしまいたいと思わないでもないんだけど。自分の礼儀正しさが憎いです。

開錠済みのドアを力をこめて押し開けて、廊下に突っ立っているセンパイの顔を見上げた。
クッキーの最後のかけらを口に入れて、リスみたいに頬をもぐもぐさせている。目を細めてよく見てみたけど、顔は赤くない。鼻をひくつかせて匂いを嗅いでみたけど、アルコール臭もしない。

とりあえず、お酒は入っていないようで安心しました。
酒グセ悪いからヤなんですよ、この人。

「なんですかー」

「これ。やる」

どうやら本当に機嫌がいいようで、センパイはミーに大きな袋を押しつけてくる。
胸にぐいぐいと押しつけられて、仕方なく両手で受けとった。ミーが両手で抱えるくらいの大きさの、赤い包装。妙に柔らかくて弾力のある手触り。

「開けてみ」

頭の後ろで腕を組んで、笑顔で言われる。開けるまで帰るつもりはないらしいその姿に、ミーはため息をついて袋の口を開け、手を入れて中身を引き出すと。
現れたのは、モヘア素材でできた、ミーの身長の半分もある大きなカエルのぬいぐるみだった。

「・・・なんの嫌がらせでしょーかー」

「礼だよ礼」

「は?」

堕王子には似合わなさすぎる言葉に、センパイの顔をまじまじと見返してしまう。

「指輪、みっけてくれてありがとな」

センパイは、照れることもなく、全開の笑顔でしゃあしゃあと言ってのけた。
異様にひねくれてるくせに、異様に直球。ストレート。

あの。これはもしかして。
ほんとーに感謝していて、その上でミーにカエルのぬいぐるみを買ってきたんでしょうか。
これをもらったミーが喜ぶと、心の底から、本気で純粋に、思ってるってことでしょうか。

「・・・・・・」

だとしたら余計にタチが悪いです。嫌がらせの方がまだマシでした。
嫌がらせなら問答無用でたたき返してやるのに、本気のお礼はたたき返せません。

「・・・どうも」

「じゃ、おやすみー」

「・・・おやすみなさい」

両手でカエルを抱いて立ち尽くすミーを残して、さっさと退散していくセンパイ。満足げな足取りで廊下を歩いていく後姿。
ミーは静かに扉を閉めて身体の向きを変え、扉に背をつけてため息をつく。

相手のことなんて全然考えてない、自己満足の贈り物。
そういうところがムカつくんですってば。

腕の中のカエルのぬいぐるみを見ると、つるりとしたガラスの瞳と、目が合った。

ミーとおんなじ、グリーン・アイズ。

緑色と白にきれいに染め上げられたカエル。柔らかいお腹の手触りがかなり気持ちいいのが悔しい。両生類のくせに口元を少し微笑ませたりしていて、純粋にぬいぐるみとして見ればカワイイといえないこともない。かもしれない。

「・・・キミに罪は無いですしねー・・・」

ミーは鮮やかな緑色のカエルを、ベッドの上に放り出した。
言っときますけど、ここミーの特等席なんですからね。

ちょっと離れた場所からカエルの見栄えを確かめて、うなずいて。
ミーは今度こそベッドにもぐりこんで温かい毛布を引き寄せ、端末を操作して部屋の照明を消した。

おやすみなさい。
明日が今日よりもっと、いい日でありますように。

THE END
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後書き(文字反転)

ベルとフランが好きです。

わがままし放題でも、かわいいベルが好きです。
ベルの奇行に振り回されて、でもときどき逆襲する、そんなフランが好きです。

最後まで読んでくださった方、とっても、ありがとうございました!(深々

 
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