『グリーン・アイズ』(フラン&ベル小説) 中編
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なりゆき、まきぞえ、とばっちり。
そんなあれこれのせいで、センパイが無くした指輪を探すことになったミー。
オカマが「お兄さんの形見らしい」なんて余計なことを言うから、柄にもなくほだされてしまったけれど。
さっさと見つけて、さっさとミーの休日を取り戻そう。
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センパイの部屋はもはや惨状ともいうべき散らかりようだったので。そしてミーの部屋には基本誰も入れたくないので。
二人で連れ立って隊員の共用スペースである談話室の扉を開ける。
特に頻繁に訪れるわけではないけれど、この部屋に入るといつも思う。中央に釣り下がった豪奢なシャンデリアといい、大きな暖炉といい、まるでちょっとした貴族の応接間みたいだなって。
でもそれもそのはずで、このヴァリアーのアジトは、そもそもが古い城を改築して建てられたんだそうだ。内装や調度品もほとんど一緒に譲り受けたとかで、部屋の造りも家具もルネサンス調の豪華な物で揃えられている。懐古趣味というのか、初めて連れてこられたときはその瀟洒なしつらえに結構驚いた。
でも、刺繍の入った高そうな生地が張られたアンティークのソファセットに今日は座らない。立派なアンプセットにも今日は音を入れない。毛足の長い絨毯を踏んで、センパイと向かい合って立つ。
「じゃー、まずその指輪のこと考えてくださいー」
「ん」
「形も色も大きさも、あと手触りとか硬さとか、できるだけ具体的にお願いしますねー」
「ん」
神妙な顔をして、素直にうなずくセンパイ。
なかなかレアな絵です。
「オッケーですかー?」
「ああ」
「じゃあ両腕を頭の上に上げて」
「ん」
伸ばした腕を、ぴっ、と上げるセンパイ。
「片足立ち」
「ん」
バレエのポーズのように、左足を床から浮かせて片足立ちになるセンパイ。
ミーはマジメな顔でうなずきながら、内心、笑いをこらえるのに必死です。
だってそんなポーズ、ぜんぜん必要ないんですもん。
「はい、じゃーそのまま右回りに回ってくださーい」
「ん。・・・って、はぁ!?」
首肯しかけたセンパイが、両腕を上げたまま大声を出す。
ちっ、さすがにうなずかなかったか。
「どーしたんですか?ほら、くるくる~」
草の葉にとまったトンボにするように、立てた人差し指を回してとぼけていると、センパイが顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。
「くるくる~、じゃねーよ!なんでオレが回る必要があんだよ!」
「これがトレースバッキングなんですー。見つけたい物を思い浮かべながら、腕を頭の上に上げてくるくる回るっていうー」
「なんだよそれ!意味わかんねえ!」
「イヤならいいんですよー別に。ミーは帰りますさよーならー」
扉に向かって後ずさりするフリをすると、やがてセンパイはムスっとした顔のまま、左足で床を蹴ってコマみたいにくるくる回りだした。
わ、本当にやってる。
ミーの言いなりになるセンパイが新鮮すぎます。端末の動画機能で撮影してやりたいけど、嘘がバレるからガマンしよう。
回ってるセンパイをしばらく眺めたあと、ミーはようやく目を閉じて精神を集中した。
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トレースバッキングこと失せ物探しは、ミーの得意技。
目の前の人間の精神にチャネルを合わせて、波長を通して、流れ込んでくる思念を具体化していく作業。
水あめを練って何かを作っていくイメージが浮かびます、って言ったら、師匠に笑われたけど。
でもこの、水鳥がふわり、と羽を収めて着水するような。魚が尾をきらめかせて水底に消えるような。心が静まりかえる感覚が好き。
トレースバッキング、別名『グリーン・アイズ』。
名前の由来は、これを得意とする術士には緑の瞳を持つ人が多いからだと聞いた。ミーも例外じゃなかったってことです。
それでも、やりやすい相手とやりにくい相手がいる。季節とか気温とか時間帯にも多少左右される。でもセンパイの思念は、意外にもスムーズにミーの中に落とし込まれてきた。暗い闇の中でまばゆい光を放って輝く思念のエネルギーが、そのものの現実の在り処を教えてくれる。そしてこの光の強さは、センパイが思い描くイメージの強さ。頑張って指輪のことを考えてる証拠。
へぇ。
ほんとに大切なんですね。その指輪。
うまくチャネルが合わなかったら、続けて腹筋に背筋に腕立て伏せにスクワットでもやってもらおうかと思ってましたけど。
この精度なら、もうすぐ見えてくる。
三・・・二・・・一・・・
ばちん。
目の前で白く弾けた炎球が光の尾を引いて一直線に飛び立っていくイメージ。目的の物は、白熱の玉が向かうその先で持ち主に見つけてもらえるのを待っているはず。なんだけど。
・・・・・・。
あれ?
あれれ?
「センパイ。ストップ」
言ったとたん、センパイが床にひっくり返る大きな音がした。
一人コーヒーカップも限界だったみたい。目を開けて見ると、絨毯の上に大の字になって、あごを上げて舌を出している。
「うええ・・・気持ち悪い」
「おつかれさまですー。それで指輪なんですけどー」
ミーは、あおむけになって寝転がっているセンパイの脇にしゃがんで顔を覗き込んだ。
少し困った顔をしていた、かもしれない。舌を出してはあはあ言ってるセンパイは、首だけ曲げてミーを見て、訝しげな表情をした。
「どーしたんだよ。見つからねーの?」
「いえ、それはないんですけどー」
ミーは首をかしげて指を一本、立てた。
「センパイの指輪、移動してるみたいなんです」
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指輪の位置を探知しながら、センパイと並んで廊下を進む。
在り処を探りながら移動するリアルタイム・トレースバッキングは一時間くらいしかもたないから、いつもよりちょっと早足。
「アジトの中にあるんだよな」
ブーツのかかとを鳴らしながら横を歩くセンパイが確かめるように言ってくるので、ミーはうなずく。
「あります」
「移動してるってどういうこと」
「さあ?誰かが持ち歩いてるんじゃないですかー?」
のんびり言ったら、センパイが小さく、そいつぶっ殺す、とつぶやくのが聞こえた。手がかりが出てきたことで少し安心してるみたいで、いいのか悪いのか、だんだん普段の調子に戻ってきてる。
センパイにぶっ殺されるらしい不運な誰かさんを追って歩いていくと、廊下のつきあたりにあるバルコニーまで出てしまった。
「行き止まりじゃん」
バルコニーの手すりに手をついて、金色の髪を風に流しながら頬をふくらますセンパイ。
「でもこの先にまだ気配が続いてるんですよねー」
ここは三階フロア。ヴァリアーの隊員なら飛び降りてもなんともない高さだけど、任務中でもないのにバルコニーから飛び降りるって、結構変わった人だ。
眼下に広がる庭を覗き込んでいると、後頭部を上から小突かれる。
「ぼけっとしてると狙撃されるぜ?」
「バカにしてますー?」
しつこく小突いてくるセンパイのこぶしを片手で払って、ミーは手すりを身軽に乗り越えて眼下の庭に飛び降りた。
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・・・一時間後。
「どんだけ歩き回ってんだよ!ぜってー仕事してねーコイツ!」
キレたセンパイが叫び声を上げる。
「自分のコトは棚上げですかー」
そういうミーもへとへとです。もう一時間も引っ張りまわされて、指輪の持ち主にはまだ追いつけない。
尋常じゃない素早さ。三十秒前にはいたはずの場所に急行しても、もういなくなってるってどういうことですか。
果樹園を通って池の周りを一周して建物の間をすり抜けて。腹が立つくらいに広い庭を駆けずり回った挙句、もといた城に戻ってきて。門の前の石段に二人してへたりこんだ。
「なんでいねーんだよ・・・」
「三十秒前まで、ここにいた、はず、なんですけどー」
マラソンよろしく走り回って息が切れた。二段ほどの浅い階段に座って手を後ろについて、あごを上げて呼吸を整える。太陽の光が目を刺して、やけにまぶしい。
「そろそろ・・・トレースバッキングの効果が切れちゃいますー」
「まじかよ。オレまた回んの?」
「あー、それはー」
もう一度回らせておこうか、それとも最初の一回だけでいいんです、とか適当に言ってやろうか、と少し考えていると。
「まー仕方ないけど。回るけど」
石段に腰掛けて、そのまま後ろにひっくり返って腕を投げ出して胸を上下させているセンパイが諦めたような口調で言ってきたので、少し驚いた。
「・・・センパイ」
「・・・んだよ。いま回復してんだから話しかけんな」
顔を上げないままぶっきらぼうな返事をしてくるセンパイ。
「指輪、ホントに大切なんですねー」
「じゃなかったら探さねーよ」
「お兄さんの形見ですもんねー」
天上天下唯我独尊傍若無人、ワガママ言い放題の堕王子にも。そこそこ人間らしいところがあるじゃないか。
初冬独特の、澄んだ空気で高く見える空を見上げながらちょっとしみじみして言った。のに。
「はあ?なに言ってんのおまえ?」
センパイが呆れたような声を上げる。
「何って?」
「何が形見?」
「違うんですか?だってオカマがー」
首をかしげていると、センパイが盛大な舌打ちをした。
「あの変態が何言ったか知らねーけど、指輪はオレの」
「はー?」
「オ・レ・の」
「・・・まじですか」
あっさり言われて、脱力してしまった。
考えてみれば当たり前だ。当然の帰結だ。この堕王子がそんなカワイイ理由で動くわけなかったんだ。
ちくしょう。
ミーの休日を返せ。返せ返せ返せ。
「あのアホオカマ、なんでそんな勘違いするんですかねー」
恨みをこめてつぶやくと、センパイが口の端を上げて笑う。
「ま、わからないでもないけど。聞きたい?」
ニヤニヤされたのがカンに触って、ミーはそっぽを向く。
「結構ですーキョーミないですー」
「つまんねー奴」
「あーあ、一気にやる気なくなったんですけどー」
思わず本音をもらして、もう帰ろうかな、なんて思ったとき。
石造りの階段についていた手に、なにかふわふわした物が触れた。
何気なく目をやって、思わず目を見開く。
「・・・センパイ」
「聞く気になった?」
「白い、毛が」
「なに?白髪?」
「いや、そうじゃなくて」
つまみあげた毛のカタマリを、腕を伸ばして寝ているセンパイに見せてやる。
気の無いそぶりでそれを見たセンパイは、一瞬の間のあと、がば、と起き上がった。
「これって」
「はい」
人間の髪じゃなくて、獣の身体を覆っていただろう毛。
陽光を通して、純白にも銀にも見える毛。
「・・・白い毛の動物なんて、ここには一頭しかいないぜ」
「・・・ですねー」
ミーとセンパイは、顔を見合わせた。
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時間切れで薄くなっていく気配を追うのはやめて、センパイとミーはまっすぐにある場所に向かった。
ボスの執務室。
私室ではないので、指紋認証の必要はない。わざとドアベルを押さずにそっと扉を押し開けると、幸か不幸か部屋の中に主の姿はなかった。
その代わり、主の留守を守るかのように執務机の足元に堂々と寝そべる純白の獣。
静かに開いた扉に敏感に反応して、厚いまぶたを持ち上げてこちらを一瞥してくる。太い尻尾をわずかに揺らす、それは友好のしるしではない。
そんな獣ことベスターを見て、舌打ちするセンパイ。
「あいつマジでボスにしかなつかねーんだよな」
「センパイのスカンクだってそーじゃないですかー、って痛っ」
こぶしで後頭部をどつかれた。痛いです。
「オレの指輪、あいつが持ってんの」
「間違いないですねー」
消えかけた最後の光。それが、まさに眼前の白い獣を指していた。
「なんであいつが持ってんだよ」
「一番考えられるのは、落ちてたところを食べちゃった、とかじゃないですかー?」
のんびり言ったら、センパイがふざけんな、とつぶやいて一歩前に出た。
「ベスター」
名前を呼びながら、飄々とした足取りでセンパイはベスターに近づく。探し物の在り処は分かったんだし、ミーはもう帰ってもいいんでしょうか、と扉を振り返ってぼんやり考えていた、次の瞬間。
耳をつんざくベスターの咆哮が、室内に響き渡った。
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ほとんど脊髄反射で振り返ったミーは、そこに信じられない光景を見て、不覚にも思わず悲鳴を上げる。
「ぎゃー!なにしてんですかアンター!」
「うるせー!こいつ、オレの指輪食いやがって!吐け!吐かせてやる!」
センパイが暴れるベスターの背中に馬乗りになって、両手で無理やりあごを開かせようとしてるじゃないですか。
冷静沈着を自負するミーも、これには驚きを通り越して呆然としてしまった。バカ王子バカ王子と思っていたけど、ここまでバカな行動に出るとは思いませんでした。ていうか思えるわけがない。なんて思ってる場合でもない。
ベスターは、センパイの理不尽な暴力にあごを振り回して暴れてる。尻尾を狂ったように床に打ち付けて、背中のセンパイを振り落とそうと吼えながら全身で抵抗。ひときわ大きな咆哮をあげて太い前足を振り上げた拍子に、ボスのマホガニーのデスクに当たってデスクが大きな音を立てて倒れた。机上の書類やノートパソコンやスタンドライトやペン皿や、といった物たちがばらばらと床に散らばる。ミーは滅茶苦茶に荒れ狂うベスターの前足を間一髪でかわしながらセンパイに近づき、夢中で服の袖をつかんだ。
「なにしてんですか堕王子ー!ボスに殺されますよー!」
「見つからなきゃいーんだって!てかおまえボーっとしてないでベスターの口に手つっこめ!」
「やーでーすー!」
袖を引っ張っていた腕を逆につかまれて、そのままベスターの口につっこまれそうになる。吼えたてるベスターの内あごに生え揃った牙の一本一本はナイフのように尖って、鋭く光っていて、そんな刃の群れに手をつっこむなんて腕一本さしあげますと言ってるのと同じだ。正気の沙汰じゃない。でもセンパイのミーの腕をつかむ力は信じられないくらい強くて、離してくれない。
幻覚を使って逃げようにも、腕はセンパイに引きずられてるし目の前では怒り爆発のベスターの爪がミーの顔の数ミリ前を飛び交ってるしで全然集中できない。
「はなせバカ王子!むしろ死ね!」
「いーからやれって!」
「やですー!」
「何をしている」
「!」
突然割って入った第三者の声に、思わず飛び上がった。
ベスターが吼えるのをやめて尻尾を落とす。センパイがミーの腕を離す。けど助かった、なんて思う心の余裕はなかった。残念ながら。
跳ねる心臓を押さえておそるおそる振り返ると。
扉の前に立って腕を組み、冷たい目でこちらをにらんでいる、長身のボスの姿があった。
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一難去ってまた一難。
神様。
ミーは何か、前世でそこまで悪いことをしたんでしょうか。
あ、違うか。
それを言うなら。
現世か。
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To Be Continued...
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