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『It's・so・Far』(スクアーロ&ベル小説)

ある冬の夜。
カウンターバーや数台のビリヤード台やグランドピアノを備えた広い娯楽室で、スクアーロは一人ダーツを投げていた。

ヴァリアーのアジト内にも似たような部屋があるが、いまスクアーロがいるのはボンゴレ本部内の一室だ。昼に訪れ、夕方には片付けて帰れるとふんでいた用事が長引いた。また折からの予報どおりに雪が降り始めたため、一泊して明日の朝に帰ることになったのだ。

(なにが遅れて申し訳ない、だか)

ゆりかごから五年が過ぎた今もなお、ボンゴレの人間からスクアーロたちに向けられる視線は快いものではない。今日、二時間待たされた挙句に帰れなくなったことも偶然ではないだろう。そんな些細な嫌がらせにはもうとうに慣れて、待ち時間に備えて雑誌を持ち歩く習慣までできているスクアーロだった。

あいにく悪評をいちいち気に病むほど繊細にはできていないし、それが風評ではなく事実ならなおさらだった。

しかし元来頭に血の上りやすいスクアーロは、姑息な足止めを食らったことはやはり気に入らなかった。自身が竹を割ったような性格だということもあり、言いたいことがあるならはっきり言え、と相手を怒鳴りたくなったのも久々だった。かといって身内相手に剣を振り上げるわけにもいかない。代わりの舌打ちと共に鋭く放ったダーツは見事にインナーブルに命中したが、突き立つ音は軽く、心は晴れなかった。

時刻は日付が変わる少し前。何十本目かのダーツを手にして的に狙いを定めたとき、不意に後方のドアが開く音がして集中力をそがれる。息をついて腕を下ろした。

「なんだ、スクアーロだったの」

聞き慣れた声に名前を呼ばれて振り返ると、白いガウンに淡いピンク色のケープを羽織ったルッスーリアがドアの隙間から顔を覗かせていた。彼はスクアーロとは別の用事で、ベルと共に数日前から本部に滞在している。顔を向けたスクアーロを見て、あからさまに落胆したような声を出した。

「なんだとはなんだぁ」

「ダーツの音がしたから、ベルちゃんかしらって」

ルッスーリアの言葉に、スクアーロは鼻を鳴らす。

「クソガキじゃなくて悪かったなぁ」

口の悪いスクアーロの言葉に、ルッスーリアは苦笑いする。

「見てないわよねぇ?」

「ベルか?」

眉根を寄せてうなずくルッスーリアに、首を横に振って見せる。

「電話にも出ないし。心配になっちゃって」

「ほっとけよ」

ガキじゃねぇんだ、と続けようとして、彼がまだ十三歳になったばかりであることを思い出す。

ベルは、八つの年から仕事をしている経験と天性の才能とが合わさって、任務の成功率は隊の中でもトップクラスだ。しかし任務以外の部分では、むしろ同年代の少年達よりも幼いといえるかもしれない。

「チョコあげる約束だったのよ」

「チョコ?」

廊下は冷えるのだろう、ルッスーリアが爪を伸ばした両手をすり合わせながら娯楽室に身体をすべりこませてドアを閉じた。話はまだ終わっていないのかと、スクアーロはダーツを構えようとしていた腕を再び下ろす。代わりに脇に据え置かれているグランドピアノの上に置いていたロックグラスをつかんで琥珀色の液体をすすった。

娯楽室に入ってきたルッスーリアは、手前のビリヤード台にひじをかけて指先でボールを転がしながら、続ける。

「今日、街でお夕飯一緒に食べてね。お客に珍しいチョコをもらってたのを思い出したから、お酒入ってないのだけあげるわねって約束したのよ。ベルちゃん、一度部屋に戻ってからすぐ行くって喜んでたのに」

もう三時間もたつのに、来ないのよ。ルッスーリアは言いながらボールから指を離し、自分の頬を両手で包んで心配そうな表情を作った。スクアーロは少し考える。

確かに、ベルがお菓子に関する約束を忘れるというのは珍しい。夏に季節はずれのインフルエンザにかかって四十度近い高熱を出したときも、見舞品として要求したのは銘柄指定のチョコレートドリンクだったくらいだ。

しかし、だからといって何人もで探し回るほどの事態だとは思えなかった。だいたいが気まぐれな王子様のことだ、約束したものの、部屋に戻ったら気が変わってしまっただけのことだろう。

「寝ちまったんだろ」

面倒になったスクアーロは勝手に結論付けると、新たなダーツをつかみ取った。金属のバレルを軽く指に挟んで片目を細め、的に狙いをつけた、そのとき。

「部屋にいないから言ってるんじゃないの!」

ダーツを指から放とうとした瞬間、ルッスーリアのいらだったような声と共に肩甲骨に鈍痛が走った。不意をつかれたスクアーロは、ほぼ同時に放っていたダーツが的を大きく外して壁に当たるのを見て思わず舌打ちする。次いで、自分の背をしたたかに打って落ち、床に転がる赤い三番ボールが目に入るなり、険しい顔で腕を組んでいるルッスーリアを振り返って怒鳴り声をあげた。

「うるせぇな!本部のどっかほっつき歩いてるだけだろーが!ケータイ出ないのもあのガキはいつものことだろ!そんなことでいちいち騒いでられるかバカバカしい!」

「まぁ冷たい人!心配じゃないの?」

「オレに関係ねぇだろ!てめぇも心配とか言うな気色わりぃ!」

「心配にもなるわよ!あの子、たまに突拍子もない無茶するじゃない!」

ルッスーリアの言葉に、スクアーロは言い返そうとして開いた口を閉じる。

部屋の片隅に据えられたアンプから流されていた音楽はずいぶん前に鬱陶しくて止めてしまったので、部屋の中はしんとして静かだ。暖かな空気を吐き出す空調のうなりだけが聞こえる中、角の溶けた氷がロックグラスの内側で崩れる音が響く。

からん。

照明を映して透き通るウィスキーが、グラスの中でかすかに気泡を立てて揺れた。

スクアーロのわずかな表情の変化を読んだように、ケープの前を両手で合わせたルッスーリアが続ける。

「ほら、先月だって」

「・・・・・・」

「まだ小さいんだし」

「・・・オレにどうしろってんだ」

スクアーロがため息をついて手の中のダーツをピアノの上に置いたのを見て、ルッスーリアはきっぱりとした口調で宣言する。

「探して。見つけたら、アタシに連絡してちょうだい」

(不良息子に手を焼く夫婦か!)

娯楽室でのやりとりを思い出して、内心つっこみながらスクアーロは足音高く廊下を歩く。

耳に押し当てている携帯電話は無機質なコール音を繰り返すばかりで、手のかかる後輩の元へと電波をつないではくれない。いや、つないでくれてはいるのだが、相手が通話ボタンを押してくれなければ、それはただの振動する箱でしかないことを思い知らされる。

携帯電話を手元に置いていないのか、それとも表示される発信者の名前を見てわざと無視しているのか。後者だった日には許さねぇぞクソガキが、と心の中で悪態をついて、スクアーロは荒々しい手つきで携帯電話を切った。

ボンゴレ随一の怪力でボールを投げつけられた背中が、ひりひりと熱を持って痛む。その背中をさすりながら向かっているのは、地下三階の部屋。ボンゴレ関係者でも、その存在を、そして中に何があるのかを知る者は少ない、隠し部屋だ。

地下へと続く階段を下りていく。ひやりとした空気に呼吸が弾む。自分の靴音が狭い壁に低い天井に反響して、奇妙な音階となって耳を刺す。そんな些細なことが気になるのは、自分の心が少なからず動揺しているためだろうか、と考えて、スクアーロは自分の思考に舌打ちで返した。

螺旋状の階段を下りきって、最下層に着く。わずかに明滅する照明を頼りに、自分の影が石造りの壁に大きく投影されるのを見ながら、大またに廊下を横切って目的の部屋の前に立つ。

天井にまで達する、両開きの巨大な扉。古めかしいかんぬきは、この古い城が数百年前に建てられたときからあるもので、城がボンゴレの手に渡って久しい今ではただの飾りだ。扉脇の壁に張り付いた小さな箱のような形の機械。そこに薄く開いたスリットに、内ポケットに収めているカードキーを取り出して飲み込ませる。

数秒後、緑色のランプが点灯して軽い電子音が響き、扉の錠が外れた。戻されたカードを抜き取ってまたポケットに入れる。

そのカードの、持たされていることすら自覚させない軽さに、スクアーロは少しだけ苛立ちを感じた。

こんな薄っぺらいカード一枚で、
オレたちは、
遠く遠く、
隔てられているんだ。

スクアーロは扉に手を掛けて強く押した。

廊下よりもなお薄暗い室内のほぼ中央に、人の身長をはるかに上回る高さの壁で四方を覆われた領域がある。

五年前に起きた、いや起こした、クーデター。その後、この地下の部屋は一人の男と共に厚く深く、封印された。

生々しい銃跡が残る床と石柱。それらが特に集中して残っているこの部屋の中央部分に位置するその領域の中には。
幾重もの鎖で巻かれたこの領域の中には。

「ベル」

声を出して後輩の名を呼ぶ。鈍く反響する声に、応えはない。

「いねぇのかぁ?」

ゆっくりと室内を一周するが、人影はなかった。気配もしない。目的の人間がいなかったことに、しかしスクアーロは安堵の息をつく。

(ここはヤバい)

内心つぶやいてきびすを返そうとして、ふと鉄の鎖に巻かれた壁を振り返った。

「・・・・・・」

無言で近づき、鉄の鎖を避けて壁に両手をつく。その壁の冷たさに、右手の皮膚が震える。

素手で氷に触れるのにも近い感覚。指先にわずかに痺れるような痛みを感じながら、スクアーロは壁に額をつけて銀の双眸を閉じた。

五年、待った。

何度嘆願書を出しても、ボンゴレ上層部からの返答はなく、なしのつぶてだった。今は大人しくしていろと暗に諭されたこともあり、数年前からはそれもやめて、目の前の任務に打ち込んできた。目立つ真似をしてボンゴレを放逐、もしくは処分されては元も子もないと思い直したのだ。

しかし結局何の変化もないまま。
スクアーロは春には十九の年を迎えようとしている。

このまま十年後も二十年後も、目覚めぬ主を待ち続けるのだろうか。
それとも、そのときを待たずに自身が命を落とす日が来るのだろうか。

声は、
まだ、
届かない。

(冷てぇなぁ)

冷えた空気を含んだ壁からそっと額を離して瞳を開いたとき、上着の内ポケットで携帯電話が振動した。

傘を広げて、積もった雪の上にブーツに包まれた足を踏み出す。

降り続く雪。空気は凍てつくように冷たく、唇の隙間から白く煙るような息がもれる。

傘を上げて空を見ると、暗い空から雪の欠片があとからあとから舞い落ちてきていた。なぜ一点から降るように見えるのだろう、と、スクアーロは幼い頃に抱いた疑問を今またふと思い出す。いつか調べてやろうとそのときは思ったものの、その謎はいまだに解明できないままだ。

背中まで伸びた髪では、氷点下の空気から身を守るには充分とはいえない。フェイクファーの縁取りのついたフードを頭にかぶって身を切るように冷たい外気から耳と首を覆うと、耳に届く、雪を踏み分ける自分の足音が少しだけ遠のいたような気がした。

夜目の頼りは、点在する常夜灯と右手で持った懐中電灯だけだ。足元の雪に懐中電灯の丸い明かりを散らしながら、無言で歩く。

ボンゴレ本部が擁する敷地を歩くこと数分。目の前の暗闇に、小さな光が見えた。庭園の片隅に設けられた東屋。丸太を組み合わせて作られた簡素なつくりの小屋の中、天井から吊り下げられたカンテラの火の下に小さな人影。まるい帽子のシルエット。

ため息をついて近づく。四角く切り抜かれた東屋の入り口に立つと、 丸太作りのベンチに腰掛けた少年の脇に、メタリックブルーの携帯電話が無造作に放り出されているのが見えた。小さな影がゆらりと顔を上げる。

「・・・すくあ、ろ?」

「おまえはバカか」

耳に届くかすれた声に、眉間にしわを寄せて返す。

「任務で来てんだろ。風邪ひいて仕事に穴あけるつもりか」

「なんだ、ぁ」

自分なりに真摯に諭したつもりが、顔を見るなり言われた言葉。どいつもこいつも、と顔をしかめるスクアーロ。

「なんだとはなんだぁ」

「・・・だと思った」

「あ?」

「ボスだと、思った、のに」

小さな声でつむがれる台詞。スクアーロは嘆息する。

「呼び出しといて何言ってやがんだ」

「うそだけど」

寒さに震える手を見つめながらも憎まれ口を叩く少年に、呆れる。

「立て。帰るぞ」

傘をさしたままアゴで示してやるが、灰色の毛糸で編まれた帽子をすっぽりとかぶり大きめのダッフルコートに身を包んだ金髪の少年はうつむいたまま腰を上げようとしない。スクアーロは舌打ちして言う。

「さっさと立て。手間かけさせんじゃねぇ」

「なんでカサ赤いの」

関係ないことを聞き返されて、スクアーロは鼻の頭にしわを寄せる。

「これしかなかったんだぁ」

「昔のオンナのプレゼント?」

「バカか」

「こうやって、さ」

ベルが小さな声で言った。

「雪よ止め、って命令してもさ」

「あ?」

「雪は止まない。王子の言うとおりにならない」

うつむいて自分の指先を見ながら。

「ボス来て、ってお願いしてもさ」

小さな爪をいじりながら。

「電話してくんのおまえだし」

降り込む雪に濡れた携帯電話を見て。

「ときどき、こうやって、王子の思い通りになることばっかりじゃないって」

また指先に目線を戻して。

「思い出さないと、いけないから」

独白のようにつぶやかれる言葉。黙って聞いていたスクアーロは、ため息をついて赤い傘を閉じると東屋の外壁に立てかけた。

「あのなぁ」

言いながら頭をかがめて東屋の中に入り、ベルの正面のベンチに座って足を組む。

「おまえ一人がどう思ったって、雪は止んだりしねぇよ」

「うん」

ベルがこくりとうなずいた拍子に、帽子からはみだしている金色の髪が揺れた。

「賭けてもいい。絶対に止まねぇ」

「うん」

「雪は止まねぇし、ボスの氷も溶けねぇ」

「うん」

「けど」

ベルが顔を上げ、スクアーロの顔を見る。

「けど、なに」

「冬は終わるし、あいつの氷もいつか溶ける」

「・・・うん」

ベルの背後を塵のように舞う雪片を見ながら、いつか、という単語を使うのは珍しいな、とスクアーロは自分で自分に思う。

「だから信じろ。オレをじゃねぇ。ボンゴレの上の連中でもねぇ。ボスをだ」

「うん」

「わかったら、帰るぞ」

「うん」

ベルはうなずいて、両手で反動をつけて立ち上がった。

二人分の足跡を残し、雪を踏み分けて無言で歩く。
傘を持っていないと言う少年に傘を差しかけて自分の肩を濡らしながら、スクアーロは思い出す。

一ヶ月前、共同任務でやはり本部を訪れた日。ベルは割り当てられていた重要任務を無断でさぼった。異変をいち早く察したスクアーロの立ち回りが効を奏して幸い任務は成功したものの、本来なら到底許されることではない。

逃亡かそれとも裏切りか、などという声もささやかれながらの一日半の行方不明騒ぎのあと、どこか夢うつつのような表情でふらりと姿を現したベルに処罰がくだらないように事を収めるのは、スクアーロとしても容易なことではなかった。いったいどこに行ってやがった、と怒鳴りつけるスクアーロに、ベルは小さな声でぽつりと言った。

(ボスんとこ)

虚をつかれて黙るスクアーロに、ベルはうつむいて続けた。

(昨日、ボスが)

(処分される夢、見たんだ)

(だから)

だから。

(オレが、ボスを)

―――守ろうと思った。

そのとき、スクアーロは気づく。
行き場のない思いを抱えて闇の中をさまよっているのが、自分だけではないということに。

XANXUSをめぐる『ボンゴレの上の連中』の動向を、組織の末端にいるスクアーロたちが知ることは叶わない。解放の方向なのか処分の方向なのかすらも、知るすべはない。そして、勢力の天秤のほんの僅かな傾きが暗殺の命をいとも簡単にくださせることを一番よく知っているのは、皮肉なことに暗殺を生業とする自分達だ。

奪われる恐怖。
手の届かない領域。
明日をも知れない焦り。
手の施しようのない痛み。

生きて、また会えるのか。
おまえに。

生きて、また会えるのか。
オレは、おまえに。

口をついて出そうになる独白を、唇を強く噛んで飲みこみ、深呼吸する。
肺に落ちる息が刺すように冷たく重く、痛かった。

なぜ、一点から降るように見えるのだろう。

なぜ、こんなにも。

はらはら、

はらはらと。

なぜ、こんなにも。

遠い場所で眠る主人に。

祈りを。

闇の中で伸ばした手はただ、虚空をつかむばかりで。

なぜ、こんなにも。

なぜ。

骨のように白く深く、舞い落ちる雪のもと。

いつか。

いつか差す光を信じて。

THE END

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後書き(文字反転)

雪降った記念に。
読んでくださり、ありがとうございました(深々

ここにコソッと書かせていただきますと、小説部屋の更新をしばらくお休みいたします。

REBORN愛は相変わらず燃え盛り続け、書きたいお話もたくさんあるのですが、別件でナケナシの文章脳をフル稼働させる必要が出てきましたので、しばらくそちらを優先させていただきたいと思います。もともと更新遅いので気にする方はいないと思いますが・・・一応お知らせ、です。

お休み期間は未定ですが、またいずれ再開するつもりですので、そのときはひとつよろしくお願いします(深々

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