『おねだり -Bittendes Kind-』
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「そのブレス、いーね」
予定の時間に三分遅れて執務室に入ったら、部屋の中にボスの姿はなかった。代わりにオレと同じくボスに呼ばれて、こっちは時間通りに来ていたらしいスクアーロがいて、二人でボスを待つことにする。
深い紫紺色のソファに座ってテーブルの上にあごを乗せてぼーっとしていたら、左隣に座ったスクアーロが「猫背になるから起きろ」なんてウルサイことを言ってくる。
返事をするのも面倒で、首をひねって顔だけそちらに向けたとき、袖口から覗く手首に嵌められたフェイクゴールドのブレスレットが目に入った。
少し重そうだけど細かい意匠がきれいだと思った、職人の手彫りのゴールドブレス。ところどころに埋め込まれた鮮やかな青緑色のトルコ石も、高級品ではないけれど、なんとなくセンスがいい。
オレの素直な賞賛に、スクアーロはちらりと目線を送ってきた。あっちはソファの背もたれに寄りかかって座っているから、相変わらずダレた体勢でテーブルにあごを乗せ、テーブルの下で垂らした両腕を揺らしているオレを見下ろす格好になる。
「ね、それちょーだい」
「殺すぞ」
言ってみたら、間髪入れずに返された。
「けち」
「けちじゃねーだろぉ」
呆れた声。
「じゃーさ、どこで買ったのそれ」
「・・・知らねぇ」
「あ、もらいもの?」
返事はない。
嘘やごまかしが人一倍不得手なスクアーロは、答えたくないときはすぐに黙る。
「へぇーーーーえ」
「オレが物もらったらおかしいのかぁ?」
「べーつにー」
どういうわけか、この朴念仁は女にモテる。
一般人はよく知らないけど、とりあえず酒場女や商売女には人気があるらしい。
酒好きのスクアーロは、よく外で飲んでいる。行きつけのバーもいくつも持っているみたいで、その内の一軒に一度連れて行ってもらったけど、そこにも何人か仲の良さそうな女の人がいた。奴は愛嬌があってよく気が付いて、でも口数の少ないタイプが好みらしい。古風な趣味だ。まあ、普段周りに口やかましい連中が揃ってるから(ちなみにオレは除く)、そういう場所では静かに過ごしたいんだろう。
そのときは、せっかくオレが気を利かせて先に帰ってやったのに、次の日の朝には普通に仕事してたからオレはほとんど唖然としてしまった。絶対、泊まってくるだろうと踏んでいたから、コイツもしかして本物のバカか、ヘタレか、ロリコンとかそっち系か、それとも(ピー)なんじゃねぇの、と思ったのはさすがに口には出さなかったけど。親しき仲にも礼儀あり。
でもどうやらそのどれでもないようで(あえて言うならバカでヘタレだけど)、そんなプラトニック系でストイック系なところがかえって女心を刺激するのか、どうも商売っ気以上に気を持たれているようだ。そして結果的に、こいつはよく物をもらっている。それも一人からじゃない様子なのは、物の趣味が一辺倒じゃないことからの推測だけど、成果を見れば明らかな勝ち越し。大人の世界とやらはよく分からない。
そして「もらったからには一度は使ってやらねーと失礼だろうが。モノにも相手にも」とかいうのがこのサメ頭の思考らしくて(カッコつけてんじゃねぇよ)、ときどき、こんな風に見慣れないアイテムを身につけていたりする。自分で装飾品を買っているのは見たことがないから、そういう時はたいてい誰かからのもらい物だ。
要領のいい王子からすると、そんなの普段身につけなくたって、くれた奴に会うときだけつけて行きゃいーじゃん、なんて思うんだけど。律儀なことでご苦労様です。
その装飾品がたとえば指輪だったり、ときどき、じゃなくて常に身につけていたり、ってなったらそれはそれでまたからかい甲斐があるんだけど、今のところそんな隙は見せてこない(つまんねーの)。
「ねーねータラシ隊長」
「妙な呼び方するんじゃねぇ」
「くれなくていいからさ。今度貸して。それ」
腕を伸ばして、スクアーロの右手首のブレスを爪先でつつきながら言うと、ため息をついて身体をこちらに向けてくる。
「言えば貸してやるし」
「ん」
「どこの店で買ったかも聞いといてやる」
「んー」
テーブルにうつぶせたまま、オレはこくこくと頷いた。
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THE END
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