『怖がらせる -Furchtenmachen-』 3
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農具や用具が入った物置から傘を二本借りて、屋敷の外の庭園に出た。広い果樹園を抜けて、薔薇園を抜けて、オレが行ったこともないような奥に進んでいく。もちろん、人気なんてまったくない。いったい何があるんだ、と思いながら、雨が降る中、フランの後をついていく。オレの傘は赤。フランの傘は青。
やがて、フランは唐突に足を止めた。木立の隙間の、少しだけ開けた空間。その足元にあるのは膝までほどの高さの、小枝を組み合わせて作られた質素で小さな十字架。
「これが『X』ですー」
「クロスのこと?」
「ですねー」
フランは青い傘を持ったまま雨にぬれる十字架の前にしゃがみこんだ。その小さくて丸い背中が話しかけてくる。
「センパイは、自分が殺した人たちのこととか思ってお祈りすること、ありますー?」
「は?あるわけないじゃん」
そんなの、料理人が魚の頭を落とすたびに聖書を朗読するようなものだ。馬鹿げてる。
そう言うと、ですよね、なんて言いながら頷くフラン。
「おまえだってそんなタマじゃねーだろ」
「それはそうなんですけどー」
少し曲がっていた十字架を手でまっすぐに直しながら、フランが続ける。
「でも幻術の世界はそのへんファジーなんで、年に一回か二回、こういうのも大切にしとかないと、いざって時にいろいろ邪魔されたりするんですー」
「こういうの?」
「いわゆる『鎮魂』ですねー」
これも仕事のイッカンっていうか、ほかの属性の人たちには理解しづらいと思いますけど、とか何とか言いながら、カエルは十字架の前にしゃがんで手を祈りのかたちに組んで、なにやらぶつぶつ唱えだした。
その後ろで腕を組んで見るオレ。実は内心、かなり冷めていた。
なんだ。要するに墓参りかよ。
そこに死体は埋まってないわけだけど。
一応ナゾは解けたしもう帰るか、なんて思っていたとき。
不意に、空気が変わった。
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怖い。
はっきり言って超怖い。
誤解のないように言っておくと、オレはそこら辺に転がってるありふれた怪談話や幽霊譚にいちいちビビるような奴じゃない。そういうのは全然怖くない。なぜなら、幽霊というものの存在をカケラも信じてないからだ。
だけど、こうもありありと「いますけど」オーラを出されたんじゃ、「いないものは怖くない」というオレの鉄壁の方程式が危うくなってくる。いや、もうすでにかなり危うい。
だっていま、明らかに五度は下がった気温と、途方もない耳鳴りと、オレら以外に誰もいないはずの周囲からひっきりなしに聞こえてくるささやき声と、オレにべたべた触れてくる見えない手を。
いったいどう説明したらいいんだ。
もし幽霊なんてものが本当にいるのなら。
それも、世界のどこかに、じゃなくて今オレの周りに(しかも大量に)いるのなら。
(超怖いじゃん!)
しかもさっきコイツなんて言った?
自分らが殺した人間の鎮魂だって?
(それって、ばりばりオレらに恨み持ってる奴らってこと?)
固まるオレをよそに、フランはお祈りしながら、ときどき見えない誰かにうんうん頷いて見せたり、ぼそぼそ話しかけたりしてる。なんだコイツ!超怖ぇ!
「な、なーフラン」
「はい?どーかしましたかセンパイ?」
見えない誰かに向かって「ちょっと待ってて」なんて訳のわからないことを言って、フランが顔を上げる。
肝が冷えるってこういうことなんだろうか、なんだか風邪をひいたように酷い寒気までしてきたオレは、せめて声が震えないように喉に力を入れながら話す。
「オレ、先帰るわ。DVDプレーヤー壊れてんの忘れてた。直さねーと」
言ってるそばから、うわ、また誰かオレの髪触った!
もうダメだ。こんな気味の悪い場所には、もうあと一秒だっていたくない。
「そうですかー。あ、じゃあこれどうぞ」
のんびり言いながら、フランはポケットから小さな包みを取り出した。
「なにこれ」
「塩です」
「塩?」
怪訝な顔をするオレに、フランはおもむろに立ち上がってスッと距離を縮め、そばに寄ってくる。
「師匠の趣味なんで東洋式入ってますけど、部屋に入る前にこれ肩にかけてくださーい。でないと・・・」
フランは色の薄い瞳を上目遣いにして、言った。
「憑いちゃう、かも」
「!!!」
オレはそれを聞くなり脇目もふらずに全速力で走って屋敷に逃げ帰り、階段を駆け上がって自分の部屋の前で肩に塩を振りかけた。そのまま部屋に入ろうとしたけど、なんだか寒気が治まらない。塩が足りないんだろうか。身をひるがえしてまた階段を飛び降りるように下って一階の調理場に駆け込む。
オレの、いつになく凄みがきいていただろう「塩、ありったけ全部出せ」という要求に、おろおろしながらもコックは倉庫のストックから一抱えもある塩の袋を十袋も持ち出してきた。封を開いてオレの言う通りに十袋分の塩を全部頭から浴びせかけ、最後の袋の底にたまった塩をオレに振りかけたところで、オレの気が変わる前にとでもいうのか、カラの袋を放り出して一目散に逃げ出していく足音が聞こえた。その頃にはオレは足の先から頭のてっぺんまで塩に埋まっていたから、聞こえたのは音だけで。
(塩辛っ!)
見た目には、調理場の床に巨大な塩のピラミッドができたようになっていたことだろう。その中に埋もれたオレは目にも唇にも塩が染みて、ほとんど涙目になりながら頭をピラミッドの頂点から出す。水に濡れた猫のようにぶるぶると頭を振って塩の粒を払ったところで、調理場の入り口に唖然とした顔で突っ立っているレヴィと思いっきり目が合った。
「げ」
「・・・ベル?何をしているのだ・・・?」
ぽかんと口をあけてこちらを見ているレヴィ。
首から下を塩の山にうずめて、頭にも塩の帽子を被っているオレ。
恥ずかしさで耳が熱くなるのが分かった。口をぱくぱくさせて言葉を選び出す。
「も・・・」
「も?」
「元はといえばおまえが任務にてこずるからこうなったんだよ!」
怒鳴り声を上げたら、レヴィが細い目をまん丸にした。
「に、任務?先週のことか?何を言ってるんだ!なぜオレの戻りが先週一日遅れたことでおまえがいま塩まみれになっているんだ!」
「DVDプレーヤーが壊れて映画が見れなかったんだよ!」
「それはオレのせいではないし何の説明にもなっていない!」
「うるせー!オレが祟られたらおまえのせいだからな!祟ってやる!」
完全にかんしゃくを起こしてるのは自分でも分かっていたけど、一度頭に血が上ったら止められない。塩山から首だけ出してレヴィとぎゃあぎゃあ言い合ってたら、その騒ぎに何事かと顔を出してきたのは、こちらも任務から戻ってきたばかりといった様子のスクアーロだった。また揉め事かとウンザリしたような顔で調理場の入り口に立った奴は、塩の山から抜け出そうと両手を出してもがくオレを見て一瞬固まり、それからあのドでかい声で大笑いし始めやがった。
「ぎゃはははは!ベル!なんだそのナリは!塩漬けのベーコンにでもなるつもりかぁ!」
酸欠になりそうな勢いで、涙を流しながら腹を抱えて笑うバカザメに本気で殺意を抱きながら、オレはますます頬が赤くなるのを感じる。
「ううううっさい!あっち行け!レヴィが悪い!全部悪い!」
「だからなぜオレなのだ!まるで納得がいかんぞ!」
「こりゃボスさんに報告だなぁ!いい酒のサカナになるぜぇ!」
「うあ、こら、写真撮んな!てめーマジで殺す!」
必死で塩の山から這い出そうとするオレ。げらげら笑いながら携帯用の端末で写真を撮りまくるスクアーロ。顔を真っ赤にして説明しろと怒鳴るレヴィ。
結局、二人に両腕をつかんで塩の山からひっぱり上げてもらって、オレの「お清め」は終わった。
その頃には寒気は完全に治まっていたけど、それが大量の塩のおかげなのか、それとも単に喚き騒いだからなのかは、分からないまま。
とりあえず、次の休みには不用意に霧の術士に絡むのはやめて、部屋でおとなしくDVDを見よう。
そう決意するオレだった。
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(おまえ、やっぱり怒ってたんだろ)
(なんのことかミーにはさっぱりですー。ハイこれオカマのお土産のマカダミアンナッツー)
(あ、これ好き。・・・ってごまかすな!)
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THE END
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