« 『詩人は語る -Der Dichter spricht-』 | トップページ | REBORN(リボーン)標的296の感想(ジャンプ(WJ)2010年31号) »

『鬼ごっこ -Hasche-Mann-』 1

昔から、人に頼るのがとても苦手だった。

ちょっとキツいかな、って思っても、それを打ち明けて誰かに頼るのが嫌だった。
うだうだ説明するよりも、自分でやった方が結局早いし。楽だし。確実だし。
他人に弱みを見せたくないし。借りも作りたくないし。そもそもめんどくさいし。

そんなことを繰り返してるうちに、自分のキャパとかそういうのがだんだんよく分からなくなって。
自分の体調とかそういうのにもどんどん無頓着になって。

それでも生まれつきまあまあ優秀だったから(自分で言っちゃった)、今まで問題なくやってこれた。
だから逆に、だんだん、どんどん、そのクセが治らなくなって。

でもほんのときどき、ああ、失敗したな、って思う。
たとえば今みたいなとき。

(おまえはなんでも一人でやろうとする)

そんな風に言って少し困ったように笑ったのは誰だったっけ。
ああ、たぶん師匠だ。

泥と血に汚れた手のひらを見て。
天井から落ちる水滴を避けて湿っぽく苔むした石壁に背をつけて座って、膝を抱えて、ミーは薄闇の中で小さくため息をついた。

思えば、昨日の夜から少し熱っぽかったんだ。

どこかの堕王子みたいに一週間ぶっ続けで夜遊びをしたわけでもない。どこかの堕王子みたいにシャワー浴びたての濡れた頭で、冷房の効いた談話室のソファにひっくり返って寝ていたわけでもない。

なのに、あのバカ王子は元気にぴんぴんしていて、ミーは季節はずれの夏風邪をひいた。
確かに最近少し任務が忙しくて寝不足だったけど、この不公平。この不条理。

「・・・っくしゅん!」

指令書をチェックする手を止めて思わずくしゃみをしたら、テーブルを挟んで真向かいのソファに座り、雑誌を読んでいたその堕王子が顔を上げてこっちを見てくる。

「なに、フラン風邪?」

「っ、違いま・・・っくしゅん!」

否定しようと口を開いた拍子に、二発目が出てしまった。
隊服のポケットから出したティッシュで鼻をかむミーを見て、楽しそうに口角を上げるセンパイ。

「風邪だろ?風邪なんだ?カエルも風邪とかひくの?」

「違うって言ってるじゃないですかー」

からかうような口調がめちゃくちゃ癪に障って本気でにらみつけると、肩をすくめて、また組んだ膝の上に乗せた雑誌に目を落とすセンパイ。今日はオフなのだろう、黒い隊服ではなくてだぼだぼのシャツに細いジーンズとラフな服装をしている。
少しだけ羨ましく思いながら、ミーはまた資料を再確認する作業に戻った。本当はそんなの、昨日の夜のうちにすっかり暗記してあるから、ただの時間潰しなんだけど。

身支度をして自分の部屋を出てから、時間に少し余裕があったから。談話室で喉に良さそうなハーブティーでも淹れて、時間までソファで横になっていようと思ったのに、この間の悪い先客がいたせいで、ハーブティーはともかく横になることはできなくなった。

このしょうもない堕王子には、ベッドもソファも庭のベンチも屋根の上も、ロクに区別もつけずにネコみたいにどこでも寝る習性がある。一度調理場のテーブルの下で寝てるのを発見したときは呆れて声も出なかったけど、そのくせ、ミーが柄にもなく弱ってソファに寝ているのを見たら、何かろくでもないことを言ってくるに決まってるんだ。

こういうひねくれた考えをしてしまうのも、堕王子がらみですでに数え切れないくらい苦い経験をしてきているから。素直だったミーの心を利子付きで返してほしい、なんて益体もないことを考えている間も手足がダルい。額が熱い。関節が痛い。はあ、と熱を逃がそうとついたため息はやはり熱かった。

薬はもちろん飲んだ。医務室でもらってきた、眠くならないやつ。でもあまり効いていないような気がする。
薬を常用する習慣はないけれど、あまり効きやすい体質ではないのかもしれない、と今更ながらの自己分析。

「じゃ、いってきますー」

掛け時計を見て、立ち上がる。雑誌から目を上げないまま、片手をおざなりにひらひらと振ってくるセンパイを残して、談話室を出た。

(もし)

談話室の扉を閉めて廊下を歩きながら、熱を持った頭で考える。

(体キツいんで今日の任務代わってもらえませんか、って正直に言ったら)

なんだか廊下をまっすぐに歩けていないような気がして、お腹に力をこめて意識して足を前に踏み出す。

(センパイ代わってくれたんでしょうかー)

ぼんやり考えてみるも、今までセンパイに限らずろくに人に頼った記憶がないせいで。そう言ってみた場合の相手の反応がまったく予測できなかった。根拠となるデータが不足しています、最適解が見つかりません。そんな人工知能のような回答しか出てこない自分が少し嫌になる。

冷たい手の甲をまぶたに当てる。ひんやりとして心地よかった。
熱は計っていない。熱があることはとうに自覚しているのに、わざわざ数値で確認したくない。

(さっさと終わらせて帰って、寝よう)

心の中で決意して、頭の上の重いカエルを両手で直して、小走りに廊下を急いだ。

To Be Continued...
************************************************************

2に進む>>

●小説部屋の目次へ

|

« 『詩人は語る -Der Dichter spricht-』 | トップページ | REBORN(リボーン)標的296の感想(ジャンプ(WJ)2010年31号) »

●03-2.小説部屋」カテゴリの記事