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『鬼ごっこ -Hasche-Mann-』 2

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今日の任務は、敵対ファミリーに奪われた匣の奪還。
暗殺よりは幾分、平和的だなーなんて思ってた。

幻術で使用人に姿を変えて、闇に乗じて屋敷に忍び込んで匣を盗んで帰還する、っていう計画だった。早い話が泥棒だけど、余計な騒ぎなんて起こさない方がこっちも疲れないし、正直、このフラフラした頭で血のニオイなんて嗅ぎたくなかったし、それは別によかった。

問題は、諜報部が寄こした事前情報がことごとく間違っていたこと。
もちろん、事前のフレコミと実際とで多少の誤差は出るのは珍しいことじゃない。でも今回はあまりにも酷かった。

まず、人間の知覚を惑わす幻術とはてきめんに相性の悪い、犬が何頭も庭に放されていたこと。屋敷内の見取り図が古かったこと。そしてどこからか情報が漏れていたのか、明らかに屋敷全体の警戒レベルが上がっていたこと。なにしろ、事前情報のおよそ十倍の人数が警備にあたってたんだから、この屋敷の主も相当な臆病者だ。

それでもなんとか奪い返した匣を部下に託して、とにかく安全な場所まで運ぶように言いつけて、ミーは一人、幻術で作ったダミーの匣を手に、囮になって敵をひきつけて、屋敷内を逃げた。

別に自己犠牲とかそういうんじゃない。とにかく追っ手の数が多すぎたし、単純に成功率が一番高い方法を計算して、部下よりも実力のある自分が適任だと判断しただけのこと。

だけど、熱に浮かされた頭で、精神力が物を言う幻術が思うように操れない。敵の中にも、三流とはいえ何人か霧属性がいて細かく妨害してくる。そして逃げる先としてとっさに上階ではなく地下を選んでしまったのが致命的な悪手だったと気づいたときにはもう遅かった。

泥と血に汚れた手のひらを見て。
天井から落ちる水滴を避けて湿っぽく苔むした石壁に背をつけて座って、膝を抱えて、ミーは薄闇の中で小さくため息をついた。

ここは、古い下水道の中。左右に敷かれた細い通路の間に淀んだ水路が横たわっている。今も一応使われているのか、ところどころに切れかけた裸電球が瞬いていて、頼りない光を放つそれを頼りに、四時間あまりも追っ手から逃げ回った挙句に転がり込むようにして隠れたのは石造りの壁が崩れてできた横穴の一つだった。人が並んで座れば三人は入れそうな奥行きの、一番奥に座って、入り口を幻術で塞いでただの壁に見せかけている。

人間の目を惑わすことに支障はない。けど、霧属性の手練れや、あと地上にもいた犬なんかが来てしまうと分が悪い。見つかってしまうかもしれない。

(どうしよう)

この頭の上のカエルは通信機を兼ねていて、もちろん地下でも使用可能。外に出ているはずの部下に救援要請の通信を入れればいいんだけど、数え違えていなければここは敵の屋敷の地下三階、土地勘のない誰かの救援をあてにして待つよりは、なんとか自力で脱出した方がいいんじゃないだろうか。

そう考えて、叩きかけたカエルから手を離す。手首の時計を見ると、もう夜明けが近いことが分かった。日が昇ってしまえば状況は更に悪くなる。言うことを聞かない身体を叱咤して背後のぬるつく壁に手をついて立ち上がろうとしたとき、不意に強烈なめまいに襲われた。

「・・・・・・っ」

思わず片手で触れた額は、自分でも驚くほど熱かった。荒く繰り返す呼吸も息苦しいほどで、肺が口笛のような嫌な音を立ててきしむ。もしかして自分はいま高熱で死にかけてるんじゃないか、という考えが頭をよぎった。

またため息をついてあごを上げ、後頭部を壁につける。暗く闇に覆われた天井が目に入った。泥水に濡れて汚れた隊服は、重い上に身体にまとわりついて気持ち悪い。

「・・・・・・」

耳をすますと、いま隠れている横穴の前の下水通路を横切っていくいくつもの足音や話し声が聞こえる。近づいては遠ざかる。ミーが匣を持っているように見せかけたせいで敵も必死なようで、諦める気配はない。ここは地下三階、とまた反芻。全身を蝕む熱と疲労で、幻術で横穴を無いように見せかけているだけでも精一杯、派手な幻術を使う精神力も体力も今は残されていない。冷静に考えて、脱出できる望みは薄い、というのが結論だった。

(でも、匣は部下に持っていかせたし)

壁に背を預けてなんとか立ちながら、考える。

(ミーがもし戻れなくても、別にいいですよねー)

無理矢理さらわれて入隊させられた組織に忠誠心はない。ただ、誰かに頼るのが嫌なだけだ。なけなしのプライドが許さないし、自身の命に対する執着が人より薄いこともまた、自覚していた。

(追いかけっこにはもう疲れましたー)

ミーの負けです、それでいいです、さよーなら。誰に向けるでもなくそんなことを思って、またずるずるとその場に座り込み、抱えた膝に顔をうずめたとき。

横穴の入り口を封鎖していた幻術が、派手な破壊音と共に破られた。

驚いて顔を上げると、地下通路のわずかな明かりを背に颯爽と立つシルエットが二つ。

「チビガエル、はっけーん」

「こーんなとこに隠れてやがったのかぁ」

「・・・・・・」

そのときのミーは、ひどくぼんやりとした顔をしていたと思う。

だって別に絶望なんてしてたわけじゃない。
してたわけじゃないのに、裸電球の明かり以外は真っ暗な地下下水道の中で、どうして。

どうして。
まるで逆光に照らされたように、この人達の背後に光が見えたりしたんだろう。

「ずーーーーっと通信入れてんのに無視しやがるし。なんなわけ?」

「・・・カエル、どこかにぶつけて・・・受信機能だけ、壊れたみたいで・・・」

「なら自分から発信しろ、救援要請の出し方は教えただろぉ?」

「そーだそーだ、バカバカバカガエル。つかもう何だよここ?足元びちゃびちゃだし臭いし!もう王子つかれた!腹へった!」

「・・・・・・」

勝手な物言いにちょっとムカついた。

けど。

金髪頭と銀髪頭の二人に頭ごなしに怒られて、でもちょっと安心して。
あ、もう少し生きられるんだ、って思って。

死に場所を選べるなんて思ってない。温かいベッドの中で、なんて贅沢は言わない。
でもできれば、空の見える場所で。そんな風に思っていたから。

「こんなカビくさいとこじゃなくて良かった、ですー・・・」

遠くでミーの名前を呼ぶセンパイの声が聞こえたような気がしたけど。
聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいて、そのまま、意識を手放した。

To Be Continued...
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