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『木馬の騎士 -Ritter vom Steckenpferd-』

飛行機の中で短い夢を見た。

イタリア行きの飛行機に共に乗り込んだブルネットの髪の少年は、離陸後ほどなくして隣のシートで静かな寝息を立て始めた。飛行機の機内は、すねに傷持つ身でも比較的安全に休息が取れる貴重な場所だ。彼に倣ったわけではないが、窓の外が鈍色の雲に塗りつぶされ頭上の灯りが消える頃、重くなり始めたまぶたに逆らわず目を閉じる。

マフィアを稼業としてからというもの、深い眠りについた記憶はほとんどない。畢竟、浅い眠りの中では夢を見る回数が多くなる。しかし普段の益体もない夢と明らかに違っていたのは、まず夢と自覚できたことがひとつ。そして、もうひとつ。

「ご苦労様でした」

気がつくと、目の前に見様によっては群青色にも見える艶やかな黒髪を持つ青年が立っていた。

前も後ろも上も下も右も左も定まらない、足元に影すら落ちない、めまいを覚えるほどにどこまでも白い白い空間の中。

彼だけが、黒。
彼だけが、有色。

「結局、僕の声は最後まであなたに届かなかった。にも関わらず期待通りの働きをしてくれるとは、さすがは僕の先輩です」

口元にわずかな笑みを浮かべて流れるように言葉をつむぐ、痩躯の青年。

「僕に近しい者たちを助けてくださり、ありがとう」

忘れようはずもない、そのあまりにも特徴的な、左右で異なる色の瞳。

思わず指が震えた。

「おまえと話すことはない」

自分の発した声が彼の耳に届く。それを想像するだけで身震いするほどの寒気が自分の身体を覆うのを感じた。それが「怒り」なのだと自覚するまでに数秒のタイムラグがあった。

「去れ」

脳裏に甦るのは、彼の手によって奪われた、もう還ることのない人々。
そのひとりひとりの笑顔そして亡きがらの顔。それもまた忘れようもなく。

「つれないですね」

大げさに両手を広げ、これは驚いた、とでも言いたげな仕草で臆面もなく言い放つ、その鈴を振るような声音はまるで現実感がない。

それは彼の足元に落ちもしない影のためか、その芝居がかった所作のためか。それとも彼が操る術にも似た「うそもの」の気配のためか。幻術を学ばない自分には推測のしようもなかった。

見ようとすれば消え、触れようとすれば逃げ、感じようとすればめまいに取って代わる。
まるで蜃気楼のように儚い像を結ぶ。

「ただ貴方に礼を言いたいがために、深遠から浮き上がってきたというのに」

「在るべき場所に還れ」

気を緩めれば激昂しそうになる衝動を握り締めた拳に逃がして発した言葉は、うめくような声色でこの非現実的な空間に反響しそして消える。

「犯した罪を償え」

「罪、ですか」

不意に手袋に覆われた左手を上げ、その刺すような眼光を隠すようにして彼は微笑む。

「罪を罪とするには裁く法がなければなりませんが、裁かれる僕自身が法を認めない場合はそれは罪と言えるのでしょうかねえ」

「戯言を・・・ふざけるな」

「これは失敬」

蓄積された怒りにあごが震え、長い文節をつむぐことができない。いま目の前の彼に殴りかかることが物理的にも意義的にも無意味だと分かっていても、自制には精神力が必要だった。そしてその心のうちを見透かすように彼はまた口元だけで笑う。

「議論をするつもりはありませんよ」

「黙れ。もう一度言う。去れ」

「言われずとも」

舞台の幕を下ろすかのようにうやうやしく礼をした彼は。
最後までその整いすぎた笑みを絶やすことはなかった。

「・・・殿、ランチア殿」

名を呼ぶ声に両目を見開くと、隣の席で眠っていたはずの少年の心配そうな顔が驚くほど近くにあった。蒼石の星を宿す瞳と視線がかちあう。

ポツポツと灯る明かりが目立つ薄暗い闇のなか、低く断続的なエンジン音が響く。重く気だるい独特の浮遊感に、ああ、ここは機内だったな、と思い出して思わず息をついた。

「申し訳ありません、ひどくうなされていたので」

覗き込んでいた身体を自分のシートに戻し、眠りを邪魔したことを本当にすまなさそうに謝罪する少年に首を横に振ってみせて、少しずり落ちていた身体をシートに引き上げた。
彼の急ぎの帰国に付き合って滑り込んだエコノミーの座席では、この長身は少々もてあます。

「寝心地がいいとはいえませんからね」

自らをボンゴレゆかりの組織に属する者だと紹介していた彼は、ささやくような小声で言うと、眉を寄せて気遣わしげな表情を見せる。マフィア関係者らしからぬ穏やかな空気をまとい、真っ直ぐな気性が見える瞳が好ましかった。

「ああ」

短く頷き、手の甲で額に浮いた汗をぬぐう。
握りこんだ手のひらもまた、じっとりと汗ばんでいる。隣の彼にこれ以上気遣わせるのは心苦しかったので、手袋をする習慣があって良かったと思った。

「悪い夢でも見たのですか」

「いや」

首をひねって視線を逸らし窓の外を見ると、暗い窓に映りこんだ自身の顔はやはり硬く強張っていた。

「忘れた」

養父でもあったボスの家を出る。
抜けるように晴れた空とは裏腹に、足取りは鉛のように重い。

鉄製の扉を閉める手に力が入らず、庭に放されていた小さな犬が人懐こく足元にまとわりついてきても、構うこともできなかった。

久方ぶりに顔を合わせた恩人の妻に告げられた言葉に、ただ、呆然としていた。

(もういいの)

いまは未亡人となった夫人は、そう言って少し淋しそうに笑ってみせた。

(私たち残された家族みんな、同じ夢を見たの)
(あの人が連れてきた、青と赤の目の男の子。あの子が)
(全部話してくれたわ)
(自分はいま牢獄にいる、そしてあなたは『用済み』だそうよ)
(だから、あなたも)

―――――もう自分を責めるのは、およしなさい。

頭を思いきり殴られたかのような衝撃だった。

力を込めた手でどうにか閉めた門扉を背に、自らの黒い革靴のつま先を穴が開くほどに凝視する。もう思い出せないほど昔に買った靴だ。もともとの仕立ても良く、まめに手入れをする習慣もあるため、みすぼらしく見えることはないが、やはり少し縁がささくれ始めている。

そんな細かなことが、なぜかいま、妙に目につく。
食いしばった歯が鈍い音を立てる。それは、そう、

“絶望”という感情。

強い言葉で責められると思っていた。
何を言われても、否定せずに受け入れようと決めていた。

(それでオレを助けたつもりか)

覚悟、していたのだ。

(その権利さえも奪うのか)

犠牲者の家族とて、自分という捌け口があれば、多少なりとも怒りのやり場があっただろうに。真実が知れた今、それでもなお、自分にその怒りをぶつけてくる者がいるとは思えなかった。
優しい、本当に優しい人たちなのだ。

途方もない憤りと無力感。よほど意識が逸れていたのだろう、家の前の道をサッカーボールを蹴りながらこちらに向かってくる少年に気づくのが遅れた。
不意に感じた人の気配に驚き顔を上げると、門扉の前に立ち尽くす自分を不思議そうな顔で見上げてくる少年が一人。その表情に浮かぶまぎれもない養父の面影に息を呑んだ。

「うちに何か用」

自分は彼を知っている。しかし五年前にはまだ幼すぎた彼の方は、きっと会ったことすら覚えていないだろう。
さやかな風に吹かれて、乾いた道を滑るように舞う砂埃。少しだけ逡巡した後、重い口を開く。

「オレは」

「うん」

「おまえの父親を殺した」

もともと口が達者な方ではない。「寡黙」と評されることばかりで、いつしか仏頂面が板についてしまっていた。しかしそんな自分の僅かな表情の変化までも読み取って、優しく接してくれたのが。
今目の前にしている少年の、父だったのだ。

そのかけがえのない存在を家族から奪ったのは、自分の右手。
その右手で上着の下のホルスターから銃を抜き出し、少年の前に差し出す。

「おまえが望むなら」

もしかしたら、そのとき自分は微笑んでいたかもしれない。
与えられるなにかを期待して。

「オレはこの銃で自分のこめかみを撃つ」

一息に言って、浅く頷いてみせる。少年はボールを蹴るのをやめ、目の前に差し出されたその重く冷たい鉄の塊を無言で見つめた。

永遠にも感じられる長い沈黙のあと、彼は静かに口を開く。

「あんたは」

小さく首を振る。そして、少し笑う。

「そんな悪い人じゃない。・・・だから、いい」

言って、少年はまた地面に落とされて弾むサッカーボールを蹴りながら通り過ぎる。
虚を突かれて立ち尽くす自分を残して。

思いもよらない言葉。
投げかけられるのは、二度目。

背後で鉄製の門が閉じる金属質の音が響く。数拍遅れて振り向いたときには、すでに少年の姿は無かった。代わりに聞こえた甲高い犬の鳴き声も、すぐに遠ざかり静かになる。

静かに、なる。

(父さんも)
(たぶん、そう言うから)

すれ違うとき、小さく呟かれた声が耳の奥に残っていた。
胸に焼きついた幼い彼の双眸は淡い炎を宿す琥珀色で、あのボンゴレファミリー次期ボスのそれに、どこか似ているような気がした。

(あんたはそんな悪い人じゃない)

そう言って自分を救ってくれた、二人目の恩人。

視界の端、歩道の縁石の割れ目から顔を覗かせる雑草が小さな花をつけていることに気づいた。
家に足を踏み入れる前は目に入りもしなかった、風に揺れる白い花。

「すまない」

見開いた目を一度まばたく。そのとき確かに感じたのは頬を伝う液体の熱。

もし自分に与えられた罰があるなら。
ただ彼らに詫びるのではなく。ただ自らの命を絶つのではなく。

彼らの力となって生きよう。

頬を濡らす涙。それが心までも浄化してくれることを願って、ぬぐうことはせずに、そっと瞳を閉じる。

この手の中の銃を捨てることは、まだできない。
それでも次に目を開いたとき、この空の色はきっと違って見えるだろう。

そうしたらまず、新しい靴を買いに行く。

心の内で三つ数え、肺いっぱいに息を吸い込んで、ゆっくりとまぶたを上げた。

THE END
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