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『春のつぼみ』(花&京子小説) 後編

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昇降口の扉を突き飛ばすように開けて中庭に走り出る。気分とは裏腹に青々と晴れた空の下、大きな桜の幹に手をついて深呼吸し、息を吐いた。

雲ひとつない晴天、さやかな風に揺れる枝、花びらをはらんで鮮やかに舞い散る桜色、でもそのどれにも見とれる余裕はなかった。ぎゅっと音がしそうなくらいに強くまぶたを閉じて、片手でおそるおそる頬に触れる。よかった、涙は出ていない。私としたことがこんなことで泣くなんて屈辱だと気丈さを保とうとしても、ついさっき自分の身に起きたことを思い返すだけで鼻の奥がツンと痛くなった。

もろすぎるプライドに逆に笑えてくる。でも本当に笑えるわけがない。打たれ弱い自分は嫌いなのに、また泣きそうになる。急いでスカートのポケットからティッシュを取り出して鼻をかんだところで、背後の扉が勢いよく開く音がした。

驚いて振り返ると、見えたのは重い防火扉を華奢な両手で押し開いて飛び出してくる小柄な女子生徒の姿。

私の目の前まで一直線に駆けてきて止まり、彼女はスカートから伸びた小さな両膝に手をついて、息せき切って言った。

「ごめん、様子が」

走ったせいで真っ赤になった顔を上げて、少し苦しそうに咳き込みながら言葉をつないでいる。

「おかしかったから」

息切れをおさえて呼吸を整えて、中庭にまかれた細かい砂を踏むその足元はまだ汚れひとつない白い上履きのままで。
よほど走ったのか、その目尻には微かに涙までにじんでいて。

「どうし、たの。なにがあった、の」

いつもいつも、屈託のない優しい笑顔で他人に接する彼女の、こんなに真剣な目を見るのは初めてだった。

気づける優しさ。
追いかけられる強さ。
胸が苦しくなった。

(私は、どうして)
(この子のことを幼いなんて思っていたんだろう)

つまらないことを気にして勝手に距離を取っていた、友達ともいえない自分のために靴も履かずに走ってきてくれた人。

――――幼かったのは私の方なのに。

そして今思い返せば少し大げさかもしれないけど、そのとき私は。

もしいま、この子を100%信じて、それで裏切られるようなことになったら。
私はこれから一生、誰のことも100%信じるのはやめよう。

そんなことを思って、口を開いた。

「先生!」

職員室の戸が勢いよく引き開けられた。室内中の視線が一気に集まるのが分かって、私は思わず首をすくめる。こちらに気づいた担任が、デスクの間をすり抜けて慌てたように近づいてきた。

「なんだ、どうした笹川」

新入生が突然職員室に乗り込んできたものだから、先生も面食らっている様子だった。その顔を気丈に見上げる彼女と背後に立つ私を交互に見て、目を白黒させている。

有無を言わせぬ勢いにほとんど引っ張られるようにして職員室まで来てしまった私は、すっかり呆けた頭のまま、後ろから彼女の細い肩と襟元からのぞく白い首筋を見ていた。

「これを見てください、先生」

丁寧な仕草で、でも受け取らざるを得ない力強さで、彼女は先生の目の前に教室から持ってきた私の社会のノートを差し出す。

「黒川さんのノートです」

静かな迫力に気おされるようにして受け取った先生は、難しい顔をしながらページをめくる。人に見せるために作ったんじゃない、字も雑な暗記用のノートだから私は少し恥ずかしかった。でもそれを持って行こう、と主張してくれたのも、目の前の強い彼女。

「すごく努力してるんです」

先生にも、彼女の言わんとするところが伝わったようだった。分かった、とりあえずこちらに来なさい、と促されたとき、背後で小さな声がした。

「あ、の」

ん、と首を伸ばして私達の背後に目をやった先生の顔がまた険しくなる。

「どうした。いま大事な話をしているから、明日にしなさい」

「あ、その話なんです、けど」

消え入りそうな小さな声に肩越しに振り向くと、そこには意外な姿があった。肩幅のない華奢な体格、少し癖のある茶色い髪、いかにも自信なさげにおどおどした仕草。誰だっけ。確か入学早々、酷いあだ名で呼ばれてるクラスメイトだ。

チビで成績も悪くて運動神経も悪くて目立たない。友達もいない。

「黒川じゃありません。オレ、一昨日のホームルームの後、黒川がまっすぐ帰ってくの見ましたから」

そうだ、思い出した。

“ダメツナ”。

「確かなのか」

「はい」

今思えばかなり頼りない援軍だったけど、そのとき「京子」はとてもとても、嬉しそうな顔をした。

「沢田」

次の日。帰りのホームルームが終わって、一人でさっさと教室を出て行こうとする後姿を追いかけた。言葉を交わすのは多分初めてだ。教室を出てすぐの廊下で追いつく。

「ありがとね、昨日」

「ご、ごめん」

お礼を言ったのにいきなり謝られた。私の怪訝そうな顔に気づいたのか、弁解の言葉を探すように目線を泳がせる彼の背丈は、私と同じか少し低いくらいだ。

「なんで謝るのよ」

「それは、えっと」

腕を組む私を見て急に焦ったような顔になって、言ってしまった言葉を取り消したそうにもじもじしている。

「オレさ、黒川のためだけに言えたら良かったんだけどさ」

「なるほど、『京子ちゃん』のためってわけね」

居心地悪そうにしている姿にピンときて言ってみると、真っ赤になってうつむいた。どうやら図星のようだ。
こんな気弱そうな奴まであの子の虜か。全方位すぎる。

「バカね。そんなこと言わなきゃ分からないのに」

「う、うん、そうなんだけど」

言いながらますます赤くなって、足元を見たり窓の外を見たり。そわそわとして落ち着きがない。その様子を眺めながらへえ、とか、ふうん、とか言っている私に、沢田は顔をあげて気を取り直したように言った。

「でも、黒川じゃないとは思ったよ」

「本当にぃー?」

「ほ、本当だって!本当!」

ちょっとからかっただけで、むきになる。私はその率直すぎる反応に、ほとんど咳き込むようにして笑ってしまった。

「わ、笑うことないだろ!」

照れているのか怒っているのか、湯気が出そうなほどに顔を赤くして抗議してくる姿がますますおかしくて、私は体を二つ折りにして笑い続けた。目の前の彼が知るはずもないけど、私が声を出して笑うのはちょっと珍しい。下校するク ラスメイト達が、一様に不思議なものを見るような顔をして脇を抜けていく。

『黒川のためだけに言えたら良かったんだけどさ』

黒川のため『だけに』って言った。
私のため、も少しは入ってたってことじゃない。

「・・・結構」

「へ?」

「結構、優しいじゃん」

「ええ?オレが?な、なにが?」

混乱しながら返事を求める声には答えず、私は。
引く手あまたのあの子の相手が誰になるかなんてまだ分からないけど、もしかしてもしかするかも、でもまさかな、なんてその時、考えていた。

「黒川さん、この前の数学の課題ね」

「ねえ」

「ん?」

それから一週間後のお弁当の時間。机を合わせて正面に座った彼女がマカロニを刺したフォークを持った手を止めて、首をかしげる。

あの『事件』の次の日、お弁当を一緒に食べよう、と誘ったのは私の方。二つ返事で引き受けたのは彼女の方。あまりグループグループしていないのがこのクラスの女子のいいところで、この昼餐に他の子が混ざる日もあれば二人だけの日もある。そして一週間目の今日は久しぶりに二人だけ。一世一代のチャンス到来。私は箸先でつまんだ唐揚げを見つめるふりをしながら、つぶやくように言う。

「花、でいいよ。京子」

声のトーンが、いつもより少しだけ高かったかもしれない。
昨日の夜のシミュレーションでは、もっとサバサバ言い切る予定だった。愛の告白でもあるまいし改まって言うなんて恥ずかしすぎる。でもこのとき顔を上げたおかげで見ることができた京子の笑顔を、私はきっと一生忘れない。

まるで大輪の花。

この笑顔を知っているのは、家族以外ではきっと今はまだ、私だけ。
そんなとてもとても些細なことを、とてもとても誇らしく大切に思う自分がいる。

花の名前を持つ私と、花の笑顔を持つ彼女。
悪くない組み合わせなんじゃないかな、私たち。

そんなことを思いながら、私もそっと微笑み返す。
校庭の浜茄子のつぼみがようやくほころび始める、春の日だった。

THE END
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原作:ネオさま
書いた人:ねじまき鳥

100万ヒット記念企画でネオさまにリクエストいただいた「『花ちゃん視点の小説』で、『京子と花の出会い』について」でした。

ネオさまに、そして企画におつきあい下さったみなさまに改めて心よりお礼申し上げます。
本当に本当に、ありがとうございました。

あとがき(文字反転)

リボーンがツナの前に現れる6月、それより前の、4~5月頃のお話です。

ネオさまは、標的41のツナの『黒川って独特の大人っぽさがあるんだよな~ なんで無邪気な京子ちゃんの親友なんだろ』というセリフからインスピレーションを得られたということで、ストーリーもほぼネオさまが考えてくださいました♪

<↓ネオさまよりいただいた素敵ストーリー↓>

・出会いは小学生か中学の時。(小5~中1希望)(できれば中学に入学、数日後)
・子どもが嫌いな花は、無邪気でどこか幼い京子を苦手に感じていた。しかし京子は毎日のように話しかけてくる。正直関わりたくない、と思っていたころ、花にとって悪い事件が起こる。
・現実的な花はその事件について諦めかけていた。
・だが京子は、「大切な友達(クラスメイト)・花のために」持ち前の天然さ・優しさ・明るさで花を導き、事件を解決する。
・そんな京子の姿を見て、『こーゆー純粋(素直)な子も、悪くないかも』と、二人の間に友情が芽生える……。

・・・ということで、未来編での2人の友情エピソードが大好きな自分としても、とても楽しんで書かせていただきました。

「ツナを出そう」というのは、リクエストに多かったということでネオさまが提案され、私もできればそうしたいと思っていたので、このようになりました。
初期ツナなのであんまり格好よくありません、でもそんなツナも好きな私です(笑)

あと山本も同じクラスにいるはずですが、彼はHRの時間は基本寝てると思うので(←)今回のストーリーには完全ノータッチということで(酷)

読んでくださった方、とっても、ありがとうございました!(深々)

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