« REBORN(リボーン)標的385感想(ジャンプ(WJ)2012年25号) | トップページ | REBORN(リボーン)標的386感想(ジャンプ(WJ)2012年26号) »

『おやすみレッスン』(ベル&スクアーロ小説)

薄い敷き布の上でもう何度目かの寝返りをうつ。

眠れない。暗順応した目に部屋の家具が薄明かりをまとうように浮かびあがって見える。眠れない。うつぶせになっても、ブランケットにもぐりこんでも、枕を抱きかかえても、ベッドに入る前に磨いたナイフの数を思い出しながら数えてみても。

眠れない。

しばらくごろごろしたあと、思い切ってブランケットを跳ねのけ、靴を履いてベッドを出る。しんとして静かな空間。振り子の音もデジタルの光も嫌いだから、寝室には時計を置いていない。だから時間がわからない。

喉が渇いた気がして、水を求めてリビングに入った。幹部に与えられる屋敷内のプライベートルームは、基本的にリビングと寝室の二間続きでどちらもかなり広い。プラス、バスルームとトイレと簡単なキッチンがあって、オレは電気をつけないままそのキッチンの隅にある冷蔵庫を開けてペットボトルの水を取り出し、ふたをひねって直接口をつけた。ひやりとした液体が喉をすべりおちて、食道のかたちを意識させられる。冷たい。よけいに目が冴えてしまいそうだと思いながら首をひねって目を凝らし、リビングの時計を確認すると午前三時前だった。

今日は午後から任務があるが、期待していたような派手な仕事ではなく諜報部に毛が生えたような隠密活動で甚だ不満だった。もっとテキザイテキショってものをさあ、と、その任務を振って寄越した銀髪に内心で文句を言いながらもう一口だけ水を喉にすべりこませると、キャップを閉めて腰の細いボトルをシンクに置いた。

深夜の冷えた空気の中、時を刻む秒針の音だけが静かに響く。ポップな色合いの冷蔵庫の扉を眺めたり、少しだけ伸びた前髪をいじったりしながらしばらく待ってみたが、やはり眠気は襲ってきてはくれなかった。

唇を曲げて頭を振り、寝室に入ってベッドの上でくしゃくしゃになっている空色のブランケットをつかむと、重い扉を押して部屋を出る。

幹部以外の隊員が入る宿舎は、ただでさえ広大な敷地の中でも逆の門を使うほどに離れた場所にあるので、深夜にこの屋敷にいるのは任務から帰ってきた者これから出かける者、もしくは専用ルームで寝泊りしている幹部だけだ。

長い廊下に等間隔で置かれたランプ調の明かり。壁に大きく映る自分の影。夜のにおい。春先でも底冷えする空気。そんなものを感じながら毛布を床にひきずり、石造りの回廊を歩いた。壁の反対側や扉の向こうに薄く人の気配は感じるものの、誰にも会うことなく目的の扉の前まで辿り着く。

両開きの扉の合わせ目、そのわずかな隙間から一筋の光が暗い廊下にもれ出ていて、部屋の主がまだ中で起きていることが分かった。寝ていたらどうしようということはなぜか考えてこなかったし、自身は守ったためしがないけれど、一応、寝るときはオールセキュリティモードにしてセキュリティレベルを一段階上げることになっているから訪問者としては面倒なことになる。そういう意味ではラッキーかも。そんなことを思いながら脇の指紋認証システムの端末に親指を押し付けると、一秒ほどのタイムラグのあとに軽い電子音が鳴って開錠された。

「入る、よ」

扉を両手で押し開けながら自分でもつぶやくようだと思う小さな声音で告げると、脇奥のデスクでパソコンを開いていた部屋の主が顔を上げてこちらを見る。長い銀髪は首下で無造作に束ねられ、珍しく眼鏡を掛けていた。

「どうしたぁ」

細い銀縁の、チタンフレームの眼鏡。その奥から灰褐色の一対の瞳がこちらを睨むように見据えてくる。上げられたパソコンのふたで手元は見えなかったけれど、濃いコーヒーの香りがしたから何か飲んでいたのだろう。

「別になにも」

言葉を返しながら、ブランケットを部屋の中に引きずり入れて扉を閉める。施錠音がして扉がロックされた。自分の部屋とは違う場所にあるけれど、もう無意識に確認できるほどには慣れている場所にある壁の時計を見ると、ちょうど三時になるところだった。

目線だけはちらちらとこちらに向けながら、スクアーロはキーボードを打ち始める。仕事中のようだった。以前はほとんど触らなかったと言っていたパソコンは幹部になってから嫌々覚え始めたらしいが、それが意外とはまったらしくタイピングの音は軽快だ。ちなみにオレも打つのは結構速いし、他の幹部も普通にできる。身体が大きい分指も太いレヴィはときどきやりにくそうにしてるけど、それでもやっぱり速い。結局、ヴァリアーの人間はたいていのことにはハイスペックなんだ。

「ガキは寝る時間だぞぉ」

「オレもう十六なんだけど」

「ガキは寝る時間だぞぉ」

投げられた言葉に口を尖らせて反論を試みるも、間髪入れずに同じセリフを返されてムカついた。引きずって連れてきた手触りのいいブランケットを胸にたぐりよせて大型のカウチソファに勢いをつけて飛び込み寝転がると、死角になった頭の後ろからおい、とか、こら、とかいう大声が飛んでくる。こいつはデフォルトの音声が本当にうるさい。こんな夜中に、少しは近所迷惑ってものを考えたらどうかな。

「寝れないんだもん。いーじゃん」

いさせてよね、と天井に向かって言ったら返事はなかった。その代わりにカタカタタッタッタ、とキーボードを叩く音が再開されたから、つまりは好きにしていいということなんだろう。ひとまず満足して、しばらくカウチの上でごろごろしていたけれど、革張りのソファに少し背中が痛くなっただけで眠気は完全にどこかに去ってしまったようだった。

暇なので首を回して室内を見る。相変わらず物の少ない部屋。

「ねえテレビなくなってる」

また天井に向かって言うと、カタカタは止まないまま返答があった。

「寝室に移した」

「えーまじで」

「見たかったら見てきていいぞぉ。DVDの場所は変えてねぇから勝手に漁れ」

「新しいのある?」

「何本か届いたがなぁ、まだ開けてない、ほおってある」

「何か買ったんだ?えろいやつ?」

「殺すぞクソガキ」

冗談の通じない奴。言葉に殺気って載せられるんだとか思いながら、オレはブランケットを抱いて笑いながら寝返りをしてうつぶせになり、足をぱたぱた振ってデスクの向こうに座るスクアーロを見た。奴はオレがこういう話をするとすぐに怒るからまるで世間で言うお父さんのようだ。

そのお父さんは手探りで取った大きなマグカップに口をつけて、なんだか難しい顔をしながらディスプレイを睨んでいる。眉間にしわが寄っている。ついでに新聞でも持たせたら似合うだろうか。

「視力落ちたの」

「あぁ?」

「メガネ」

「あぁ」

これか、と長い指の先でフレームを押しながらスクアーロは肩をすくめた。

「視力は落ちてねぇ。もともと少し乱視なんだぁ」

「へえーえ。似合わないね」

「あ?眼鏡がか?」

「ううんおまえが乱視ってのが。意味わかんない」

「意味わからねぇのはおまえだ馬鹿が」

呆れたように言って、パソコンのふたを閉じて首を回して立ち上がる。あくびをして伸びをしながらデスクを回り込んでこちらに歩いてくるスクアーロはTシャツにスウェットというラフな姿だった。しかも結わいた髪に眼鏡。普段とは妙に印象が違っていて、正直に言えば少しだけ大人びて見えて、なんだか変なところで差をつけられたように感じてオレは茶化すように口角を上げる。

「わーイメチェンーひゅーひゅー」

「なんなんだてめぇはさっきから」

少しは訳の分かることをしゃべれ、とか言いながら腰に手を当ててカウチに仰向けに寝転がったオレを見下ろしてくるスクアーロ。半袖から見える絞り込まれた筋肉質の腕と骨ばった手首、反対側は鈍色に冷たく光る義手。体温のない腕。もとの腕はどこにやってしまったの、と聞く代わりにオレは身体の前で時計を指差しながら聞いた。

「ねえまだ寝ないの」

「いや、」

スクアーロは壁の時計を見て首を振る。長い髪が流れるように揺れた。

「夕方にもう寝た。三十分後には出る」

「へー」

夜というよりほとんど明け方出発の任務に出るらしかった。夜討ち朝駆けご苦労さん、と内心つぶやきながらまたうつぶせになってソファのひじ置きに顔をうずめると、遠慮のないボリュームが頭の上から降ってくる。

「部屋帰らねぇのか」

「やだ。なんか人のいるとこにいたい」

「てめえはときどきそういうこと言うなぁ」

苦笑するような声。オレは言葉を返さないままひじ置きに当てた額をかしげるように揺らす。しばらく待ってみると、息遣いと同じくらいに小さなため息が聞こえた。

「カマが置いてったチョコドーナツがある、食うか?」

「食う」

「食うのかよ」

提案したくせに呆れた声で言って、スクアーロの足音がキッチンに向かって遠ざかる。オレはブランケットを頭からかぶってドーナツが来るのを待ちながら、声を立てないようにして笑った。

THE END
************************************************************

●小説部屋の目次へ

|

« REBORN(リボーン)標的385感想(ジャンプ(WJ)2012年25号) | トップページ | REBORN(リボーン)標的386感想(ジャンプ(WJ)2012年26号) »

●03-2.小説部屋」カテゴリの記事