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『幸福な獣』(獄寺&ベル小説)

「よー」

地下鉄の出口を抜けて数十歩、不意に投げられた気安い声に顔を上げると、目線の先に見知った顔があった。

車通りの少ない道路をはさんだ反対側に広がるのは、初夏の芝生に覆われたなだらかな丘陵が続く大きな公園。その片隅の木陰に置かれた小さなベンチを占領し横柄に足を組んでいるのは、声音からして予想はしていたがやはり暗殺部隊所属の王子殿下だった。眉をひそめて嫌そうな表情を隠そうともしない獄寺に笑顔で手を振っている。見知ってはいるが会いたい顔ではない、と獄寺は内心舌打ちした。

そのまま無視して行き過ぎることもできたが、広い意味では一応の仕事仲間、なにか用事があるのなら好きだ嫌いだといった気持ちを抑えて聞いておかなければならない、かもしれない。不愉快な計算結果を振り払うように深呼吸をひとつ残し、スーツの袖から覗く腕時計を確認して獄寺は革靴に包まれたつま先をベンチの方に向けた。

「なんだよ」

雨ざらしで青銅がところどころ擦り切れるように剥げたベンチ。その前まで近づきつつも適当な距離を取り、獄寺は背もたれに両肘を乗せてふんぞり返るように座る金髪の暗殺者に不機嫌な声で問う。金糸のような髪に隠された瞳は相変わらず見えないが、きれいな歯並びを見せて笑顔を作る青年はおもむろに腕を上げると、伸ばした指で獄寺の背後を差した。

「あそこの通りの角にさ、あるじゃん」

「あ?」

「ジェラート屋。あるじゃん」

「知らねえよ」

唐突な言葉に顔をしかめる。やはり仕事の話ではなかったかと悟り、近づいたことを後悔する気持ちと、さっさと話を切り上げられそうだという安堵とがないまぜになって獄寺の胸中を満たす。

「レモンとピスタチオ」

「は?」

「ジェラート。買ってきて」

「死ね」

軽口に付き合うつもりも時間もない、とばかりにこの上なく短く言い捨てて立ち去ろうとする獄寺の背中を追いかけるように陽気な声が投げられる。

「あっちの芝生んとこにさ、いるじゃん」

「はあ?」

強引に続けられる会話に足を止めて肩越しに振り向くと、相変わらずベンチに浅く腰掛けて手を頭の後ろで組んだベルが笑顔で続ける。

「女の子。いるじゃん」

眉間にしわを寄せて、獄寺は背後を振り返って視線を送る。ベルの言葉通り、柔らかな日差しを跳ね返して青々と光る芝生の上、四、五歳といった年頃の幼い少女が毛の長い大きな犬とじゃれあって遊んでいた。小さなエナメルの靴。オフホワイトのワンピース。少女の頭についた大きなリボンが風に揺れている。

どこの街角にもある、平和な朝の風景。

「おまえがジェラート買ってきてくれないならさ、オレあの子殺しちゃうよ」

「は?」

獄寺はあまりの言葉に顎を落とす。正直、耳を疑った。
しばしの絶句の後、ボリュームを落としながらも怒りを込めて言い返す。

「なに言ってんだテメーは!」

「え?だからさ」

ふわああ、と両腕を突き上げてあくびをしながらベルは軽い口調で言う。

「オレいま寝起きで機嫌悪いの。甘いもの食べるか誰でもいいから殺すかしないと収まんない気分なの」

「マジで言ってんのか」

「マジマジ。大マジ」

どーすんの、とブーツに包まれた足を揺らしながらベンチにふんぞり返って座るベル。呆気に取られて言葉を失う獄寺。

ベンチを覆い二人分の影を隠すように枝を伸ばす大きな楡の木の上で、幾羽かの小鳥のさえずる声が聞こえる。散歩中の老人や舗道を足早に歩くビジネスマンが公園の中を思い思いの速さで行きかい通り過ぎていく。

動いていると少しだけ汗ばむ、初夏のにおい。
涼しげに吹き通る、さやかな風の道。

どこの街角にもある、平和な朝の風景。
そこにまぎれこんだ、気まぐれな暗殺者。

まるで絵画に一滴だけ落とされた漆黒の絵の具のような、不吉。

「・・・フザけんなよ」

冗談であってほしい、と思いながらもその期待はできないかもしれないことをほとんど本能的に感じ取って、獄寺は目の前の年上の青年を睨みつける。その顔を楽しそうに見上げながら、相変わらず飄々とした態度でベルは続ける。

「フザけてないって。ジェラート屋まで歩くの面倒だし、ナイフ投げるだけならここ座ったままでできるし、やっぱこっち?」

胸元から抜き出したナイフの薄い刃先を、羽織ったジャケットの影でちらつかせる。

「いまならイノチのオンジンってやつになれんじゃん。ジェラート買うだけでヒーローとかお得だね、ひゅー」

「いっぺん死ね」

「うんいつかね」

怨恨をこめた捨て台詞を吐いて、獄寺は荒々しい足取りで芝生を踏み散らしながら公園を出て行く。口笛を吹きながら機嫌よく身体を揺らして、ベルはその皺一つないスーツの背中を見送った。

「おら」

目の前に鋭く突き出されたジェラートのカップを両手で受け取って、ベルはさっそく氷山のような形に盛られたジェラートの中腹にスプーンを差して口に運び始める。ベンチの前に立って腕を組み、その様子を苦虫を噛み潰したような顔で見ている獄寺に、ベルはスプーンを口にくわえたまま言う。

「すわったら」

正直一秒もそばにいたくなかったが、相変わらず犬と戯れているリボンの少女を横目で見て、念のためもう少し様子を見ようと獄寺は乱暴な仕草でベルの隣に座った。足を組んでそっぽを向いた拍子にベンチの影に灰皿が立っているのを発見して、胸ポケットからタバコの箱を取り出す。二、三度振って飛び出した一本を唇にくわえ、ジッポを鳴らして火をつけた。煙を細く吐き出しながらつぶやく。

「おまえマジ狂ってんな」

「オレだけじゃないって」

「ヴァリアーの連中はみんな似たようなもんか」

「おまえらもだし」

当然のように返されて、灰皿に向かって話しかけていた獄寺は顔をベルに向ける。

「一緒にすんじゃねえよ」

「ねえ知ってる」

カップの中でスプーンを回して、午前中の柔らかな陽光と手の熱で溶け始めたジェラートを練りながら、ベルは言う。

「フツーの奴らってさ。一生のうちに一人も人殺さないんだって。信じらんなくね」

スプーンについた甘いクリームを、舌を出して舐めとりながら続ける。

「あの子から見たらさ、おんなじ」

先ほどまで殺すとうそぶいていたリボンの少女をスプーンの先で示して、ベルは薄く笑った。

「オレもおまえも。オレのボスもおまえのボスも。おんなじ」

「おまえほんとムカつくな」

獄寺は、まだ三分の一も吸っていないタバコを唇から外して灰皿にねじ込むと、ベンチを蹴るようにして立ち上がった。ベルが目線を動かして見ていると、芝生を大またで横切り、犬と遊ぶ少女の方へ近づいていく。顔を上げる少女に何事かを話しかけて、遠くを指差していた。もっと遠くで遊べ、とでも言っているのだろうか。少女が大きく頷き、犬を従えて身軽に駆けていく、その姿を見送ると獄寺はそのまま振り返ることなく通りへと消えていった。

「ムキんなっちゃってさ。おもしれー」

空になったカップと用済みのスプーンを遠くのゴミ箱に正確にシュートして、ベルはくすくすと笑った。

「っつーことがあったんだよ。今朝」

「・・・そりゃ、災難だったな」

フォークの先に突き刺した肉を口の中に放り込んで、獄寺は不機嫌な表情を崩さないまま顎を動かす。明るい陽光の下、石畳の歩道に出されたオープンテラスでテーブルを挟んで対面に座った山本は苦笑しながら返した。ほかになんと言えばいいのだろう、昼に顔をあわせたときから虫の居所が悪そうだったその原因がいま分かった、と、十年来の付き合いになる友人に降ってわいた災難に心の中でそっと手を合わせる。

平日の昼下がり、ランチを楽しむ客でにぎわうトラットリア。朗らかな笑い声、調理場から響くフライパンを返す軽快な音、料理を載せた皿を手にテーブルの間を身軽に行き交うウエイターの足音、様々な音が美味そうな香りと共に表通りまで流れてくる。

平和だ。

「まー、騒ぎにならなくて良かったじゃねーか」

「こんなボンゴレのお膝元で騒ぎなんて起こせるわけねーだろ」

十代目にご迷惑が掛かる、と口の中でつぶやいて、獄寺は忌々しげにテーブルの下で主のない隣の椅子を蹴った。

「よっぽどジェラート食いたかったんだなー」

フォークの先にロングパスタを絡ませながらうんうんとうなずく山本に、殺気のこもった視線が向けられる。

「だからなんでオレなんだよ。つーかいい大人が我慢しろよそれくらい。あの野郎、完全にナメてやがる」

ベルはカードか端末ばかり使って財布を持ち歩く習慣がない、と以前スクアーロが言っていたことを山本は思い出す。電子マネーの使えない店では自動的におごる羽目になる、とぼやいていたその難儀な先輩剣士とは、このあと剣の鍛錬に付き合ってもらう約束があって、もしかしたらその関係でベルもこの街に来ていたのかもしれなかった。

だとすると自分にもこの件の責任の一端はあるのだろうか、などと考えながらも、真正直に言ったら機嫌の悪い獄寺に自分まで怒られそうな気がして、ここはとりあえず黙っておこう、でもスクアーロに会ったら早速この話を聞かせてやろう、などと内心で企む山本だった。

(ま、懐かれてんだろーな)

あの一見ボーダーレスに見えて実は結構警戒心の強い、と、山本には見える、王子様が通りすがりの誰にも彼にも構わず声をかけてジェラートをねだっているとは思えなかった。プライドの許す数少ない相手でもあるのだろう。友人同士とはちょっと呼び難い、ここの関係性につける名前募集中、と心中でつぶやきながら山本は笑顔でパスタを咀嚼する。

「だからテメーも鮫野郎に言っとけよ。後輩の手綱くらいしっかりシメとけって」

ぶつぶつ言いながら最後の肉片を飲み込んだ獄寺は、グラスの水を一息に飲み干して立ち上がった。フォークの先でベーコンの欠片を集めていた山本は顔を上げる。

「行くのか?」

「3時からジェノヴァで会議。今度払うからツケとけ」

短く言い置いて足早に立ち去る後姿にひらひらと手を振って、山本はのんびりとランチの続きに取り掛かった。

THE END
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