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『放課後フォトグラフ』(山本&雲雀小説)

(あーもーなにこれなんだこれ全っ然わかんねー・・・)

右手で握ったシャーペンの先を指の腹にちくちくと刺しながら悲痛なうめき声をもらす。

午後のHRが終わって同じクラスのツナと獄寺に手を振って別れて、いざ部活へ、と勇んで廊下を歩いていた山本に災厄の神からお声が掛かったのは今から二時間前のこと。階段の前で手招きする担任を見てとっさに感じた嫌な予感は、こんなときばかり見事に的中する。そして今、目の前に鎮座するのはほぼ白紙状態のプリント。付箋も書き込みもないきれいな教科書と表紙の色が気に入って買ったこれもきれいなノートを交互にただ眺めたあとにプリントの空欄を睨んでみたが、もちろんこの窮状を突破する答えが浮かびあがってきてくれることはなかった。

薄く西日の差し込む放課後の教室に一人きり。開け放たれた窓から見える校庭には部活にいそしむ生徒達の姿が散っていて、バックネット側を占める野球部は輪を大きく広げて投球練習に入っているようだった。掛け合う声と共にボールがミットに収まるパシンパシンという小気味いい音が山本の耳に届く。バットがボールを打ち返す快音と並んで耳の奥にしみついている、山本の好きな音だ。

そんな些細な音がひときわ大きく聞こえるような気がするのは参加できなかった練習への未練からくる錯覚かもしれない、と恨めしげに思いながら、またシャーペンの先で指先をつつく。少しだけ伸びた親指の爪を見ながらため息をつき、机につっぷして誰か助けて、と心の中で叫んだとき、それに応えるかのようなタイミングで教室の前方のドアが開く音がした。

驚いて身を起こすと、そこにあったのは更に意外な姿。

眉間にしわを寄せて訝しげな表情を隠そうともしない、夜を映したような漆黒の髪と瞳。決して大柄とはいえないが均整の取れた立ち姿。なにしてるの、という無言の問いかけが聞こえるようだった。

「あ、えーっと、居残り課題、ってやつ?」

とりあえずおどけた笑顔で言ってみると、雲雀は少し目を細めて首をかしげ、赤い腕章に飾られた腕を組んだ。無言。説明が足りなかったかな、と山本は急いで頭の中で言葉をまとめる。

「えっと、数学の居眠りで追加課題、あと英語の宿題忘れで追加課題、あと国語の小テストが赤点で追加課題」

指折り数えながら正直に言うと、返ってきたのはいかにも呆れたといった風なため息と一言だけ。

「6時には施錠するから」

感情のこもらない通達を残して、雲雀はさっさときびすを返す。校内の見回りの途中だったのだろうか。山本は反射的に顔を上げて教室の壁にかかった丸い時計を見る。現在午後5時34分、予告の6時まであと30分もなかった。慌てて声を上げる。

「え、あ、ちょっと待って!」

引き戸に手を掛けたまま立ち止まる細い背中。しかし肩越しに振り返る切れ長の目は冷ややかだった。

「待たない」

「悪ぃ、けどムリ!終わんない!」

「関係ない」

この上なく冷たい一言で跳ねつけられて、山本は本気で頭を抱えた。英語と国語はできばえはともかくなんとかマスを埋めていて、残るは数学だけなのだが、なにしろ数学は苦手中の苦手。しかも応用問題ときた。

「ヒバリ頼む、ちょっとだけ教えて!助けて!」

わらにもすがる思いで言った山本の救援要請は予想通りきれいに無視された。構わずドアを引こうとする雲雀の後姿に、山本は無自覚なまま呟く。

「そっか、ヒバリも数学苦手かー」

残念、と思いながら仕方なく手元の答案用紙に目を落とす。白紙提出はまずいから、とにかく今日のところはなにかそれらしいことを書いて提出してしまうしかない、と腹をくくる。その場合、明日にでも更なる追加課題を課されることは必至で、また1日部活を休んでしまうことになると思うと内心涙が出そうだったが。

用紙を握りしめて落胆のため息をつく山本の耳に教室の引き戸が閉まる無情な音が響いた。雲雀が出て行ったんだな、とぼんやり認識しながら答案用紙を不毛ににらみつけていると。

「どこ」

「うわっ」

急に頭の上から低い声が降ってきて、山本は驚いて顔を上げた。目の前に音も気配もさせることなく立っていたのは、白シャツの学生服に身を包んだ風紀委員長。

「わからないのはどこ」

あと24分、さっさとしなよ。言いながら華奢な指で背後の時計を指し示す仕草をして、雲雀は山本の前の席の椅子を片手で引き、横座りに腰掛けて足を組んだ。しわひとつない学生服に汚れひとつない上履き。怜悧な光を放つ対の瞳。黒と白のコントラストだけで形作られたようないでたちの中で腕章だけが赤い。モノトーンと赤。浮き立つような色彩。夕日差し込む教室の中にあって、まるで現実感がなかった。

「教えてくれんの」

内心驚きながら言うと、不機嫌な声で返答がある。

「明日もいつまでも残っていられたら迷惑だからね」

つまりは肯定ということなのだろう。思わぬところから差し伸べられた救いの手に、山本は一も二もなくすがることにする。

あと23分。

「でーきーたー!おーわったー!」

喜びの声をあげて天井に向かって両手を突き上げる山本を、雲雀は呆れの色を浮かべながら見る。それもそのはずで、広い回答欄を埋めているのはほとんど雲雀の字だった。彼自身の気性を表すような、少し筆圧の強い、整った字。

「君、本当に勉強できないね」

たまらず、といった風にもらされた言葉に、山本は頭をかく。無意識に足を組んだ拍子に脛がズキズキと痛んだ。一度、目を伏せて几帳面な計算をしている雲雀の頭を眺めながら、ツナみたいな微かな汗のにおいもしないし獄寺みたいな淡い香水のにおいもしないし、などとぼんやり思っていたらつい眠くなってあくびをしてしまって机の下でむこうずねを思い切り蹴られたのだ。きっと制服の下でアザになっているだろう。

「オレ頭悪くてさ、ごめんな」

申し訳なく思いながら手のひらを立てて謝る、その言葉を聞いた雲雀は少し首をかしげて片眉を上げた。

「僕は勉強できないって言っただけだ」

「一緒じゃねーの?」

「さあね」

君自身がそう思うならそうなんじゃないの。無駄のない動作で機敏に椅子から立ち上がり、座ったまま首をひねる山本を軽く見下ろしながら雲雀は小さな声で言った。そのまま腕時計を確認する仕草をしたので山本も顔を上げて壁の時計を見る。5時55分。セーフ、と息をつき、あくびをして肩を回す。

「6時には施錠するから」

先ほどと同じセリフを繰り返してさっさと背を向ける雲雀を見ながら、山本は机に片手をついてそっと立ち上がり、明るい声を投げる。

「ヒーバリー」

呼び止められて振り返る白く小さな顔に、山本は軽い呼吸と共に左ストレートを放った。目の奥に不意をつかれたような色が一瞬だけ浮かぶが、身体の軸をずらして雲雀は山本の突然の攻撃を難なくかわす。

「なんの」

つもり、と形作られようとしたその口を狙って、山本は間髪いれずに右手を突き出す。

「へへっ」

きょとんと目を見開く風紀委員長、なんていうレアな存在を一瞬だけでも見られたことに山本は満足する。虚をつかれた、といった風の雲雀は、漆黒の視線をゆっくりとおろして自分の口にくわえさせられたものを見た。

ポッキー、1本。

「お礼!」

作戦成功、と満面の笑みを浮かべる山本に送られたのはこの上ない殺気を含んだ目線だった。バキ、と悲痛な音を立ててポッキーがまっぷたつに噛み砕かれる。

「咬み殺す」

黒い死神の短い宣告を聞くか聞かないかのタイミングで、山本はバッグを肩にひっかけ机上のプリントをぐしゃりとつかんで脱兎のごとく駆けだした。教室のドアを引き開け一足飛びに廊下に逃げ出して、一度振り返ると教室の雲雀に大きく手を振りながら怒鳴る。

「ヒバリありがと!助かった!ほんとありがと!」

言いたいことだけを叫んで、そのまま背を向けて職員室の方角に走って行く長身の後姿はあっというまに死角に入って見えなくなる。

「・・・・・・」

静寂。

秋の日が落ちるのは早い。窓の外に広がる校庭はすでに深い夕闇に沈み始め、部活動を終えて引き上げる生徒達を照らす常夜灯がかすかに瞬いている。

静寂。

「菓子の持ち込みは、校則違反だ」

教室の中に残された雲雀は聞き手のいないつぶやきをもらすと、口の中に残ったスナックを咀嚼し喉を鳴らして飲み込む。

甘すぎたチョコレートの香りがした。

THE END
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