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『二人の話』(スクアーロ&XANXUS小説)

深夜の病室の中、白いシーツに包まれて浮かび上がるようなベッドの上を見回す。

見回したところで、持ち忘れた物も、そもそも持っていきたいと思う物もろくにないのだけれど。肩に掛けた粗野な袋の中には、現金とカードの入った財布。電源を落とした端末。リングと剣。名前も年齢もでたらめなパスポート。少しの着替え。それくらいだろうか。もともとあまり物に執着がなく、物欲も薄い方だ。その自分の性質を少しでもありがたく感じるのは、掃除のときと、たとえば今のようなときだな、とスクアーロはふと思った。イタリアに飛べさえすればいいのだ。

部屋の対角に置かれたもうひとつのベッド。そこに眠る人物に短く目礼して背を向け、そっと扉に向かって足を踏み出したとき。

背後でカチ、と音がした。

ほんのわずかだけ空気を揺らす、小さく硬質な音。しかし深夜の静寂の中、広くはない病室でそれはことさらに耳に響く。びく、と肩を跳ねさせてスクアーロは立ち止まった。

思わずそばだてた鋭敏な耳に、気だるいため息のような音が届く。正確には音ではない。人の呼吸と体温の通う、細く吐き出すような息。肩越しに振り返ると、薄闇の中、暗順応した目にベッドを囲む薄いカーテンの向こう側で小さな灯りが瞬間揺れてふと立ち消えるのが見えた。ついで、霞のような煙とハッカに似た匂いがふわりと漂う。

「・・・病院で煙草はどうかと思うぞぉ」

身体ごとベッドの方に向き直って、スクアーロは小さな声で諭すように言う。声を出すときはいつも腹から出すのが習慣だが、見咎められた後ろめたさを隠そうとすると自然とささやくような声音になった。たしなめるような言葉はもちろん本気ではない、しかしとっさに出てきた内容はおかしなほどに普段通りで、スクアーロは主君に気づかれずに病室を抜け出せるとわずかでも信じていた己の甘さに内心舌打ちしながら相手の反応を待った。

しかし数秒待って返されたのはライターの蓋を閉じる金属的な音と二度目の嘆息。淡い煙がまた少し香る。

無言。

話すならお前からだという意思表示だと思われた。気づかれた以上は走って逃げるわけにもいかないと、スクアーロは瞬時に腹をくくる。八年の時を捧げた主君に残していきたい言葉がないわけではもちろんなかった、ただ、それをすべて伝えずに去ることを選択したのもまた思いあってのことだったのだけれど。

最初の言葉を探すのに少しだけ時間が必要だった。
スクアーロは一度首を振ってから重い口を開く。

「・・・あるじを守れねえ剣なんざ、いらねえだろぉ」

数日のあいだ外の空気を吸っていないためか、改めて発した声は意外なほどにかすれていて、自分がことさらに敗残兵のように感じられて、スクアーロは少し腹に力を込めた。

もう三度目、だ。自らがそばにいながら、他人に主君を傷つけられるのは。

今まで切り捨てられなかった方が不思議なのだ。しかしだからといって生ぬるく縋り続けるほどみっともないことはないように思えた。なら、自分から。それが潔さというものではないか。

仕立てのいい剣のように、折れるときは自分で選びたかった。そしてそれはきっと、今を置いてほかになかった。

「医者の言うことは聞けよ。世話んなったなぁ」

出て行く理由と、感謝と。渡す言葉はそれだけで充分だと思った。引かれたカーテンの向こう、姿の見えない主に再度の目礼をしてスクアーロはきびすを返す。肩に掛けた袋に入れた少ない荷物が、少し軽くなったような気がしていた。病室の扉に手を掛けて引こうとしたとき、重く気だるげな声が耳に届く。

「てめぇ、死ぬつもりだろ」

目を見開いた。

言うつもりなどもちろんなかった。それとなく匂わすこともあってはならなかった。死体を人目にさらすような無様な真似もしないつもりだった。ただ、人知れずどこかへ消えたと思われてそのまま誰の記憶からも忘れ去られてしまいたかっただけ。それなのに、

誤魔化せない。

「・・・ああ。マーモンには悪ぃがなぁ」

借り物の腕を曲げて、借り物の心臓の上に手を当てる。
いまも血液を送り出しこの身体に体温を与え続けてくれている、おもちゃの心臓。

すでにドナー候補のリストが上がってきていることも知っていた。しかしそこまでして守られる価値のある命だろうか。自分の中の答えは否だった。

用済みの身体だと、言われる前に自分からXANXUSの元を去って、しかしその後の人生など考える余地はなかった。新たな主君を得ることなどありえず、かといって剣の腕を磨こうにももはや目的もない。忠誠か、さもなくば死か。それがすべて。八年前に出会ったあの日から、自分の人生はまるで荒野を裂いて地平線に向かう一筋の道のように、啓示のごとく定められたのだ。

XANXUSの剣として生きる。その意義を失っては生きる意味などこの世界のどこにもない。

「随分と身勝手な物言いだな」

低く響きのいい声がゆっくりと発されるのを聞いて、スクアーロは身体を少し斜めにしてXANXUSのベッドに目を向ける。カーテンの向こう側で小さく赤い火が揺れるのが見えた。

不遜の赤。主君はヘビースモーカーではないがときどき思い出したように火をつけている。彼が煙草に手を伸ばすときがどういうときなのか、それはスクアーロにも分からない事項だった。

「ああ、そうだな」

身勝手、という部分は大いに自覚していたスクアーロは、薄闇の中で意味がないと知りながらも小さく頷き肯定を返す。

「まあ、ルッスもレヴィもいるしなんとかやれるだろぉ・・・ベルはまだまだガキくせえがそのうちそこそこモノになるだろうし・・・マーモンもいるしなぁ。ボンゴレのガキどももちったぁマシになってきたようだからせいぜい仲良くしろよぉ」

それとてめぇは肉以外も食え、酒を控えろ、と続けたかったが自分で自分に水を差しそうで、逡巡した末に腹に収めておいた。不摂生なボスの健康管理については、ルッスーリアがいれば問題ないだろう。そこまで考えて、スクアーロは今日初めて、ふと口元を緩ませる程度に笑った。

「長生きしろよ、ボス」

別れの挨拶代わりに、そう言い置いた。それだけ言ってしまうと、もう伝えるべき言葉も残すべき言葉もなくなって、脳も胸もおよそ「心」があるとされている場所はすべてかつてなくクリアになってしまって、気分はまるで新しい朝を迎えた子どものように清々しかった。正直、両手を挙げてはしゃぎまわりたいくらいに高揚していた。

自殺を決めた人間の心持ちってのはこうでなきゃなあ、とスクアーロは一人満足する。その耳に煙草の火が消される音が聞こえて、主君がまた一眠りするならば会話も潮時かと扉に向き直ろうとしたスクアーロの耳に再度の言葉が届いた。

「てめぇが死のうが生きようがどうでもいいが」

あくびまじりの声が少し揺らいで、寝返りを打つ気配がした。

「オレは生きる」

「・・・?ああ」

ぜひそうあってほしいし、そう言っている。スクアーロは意味を図りかねて訝しげな返答をした。

「盾は何枚あってもいい。剣になれねえってんなら盾にでもなってそして死ねカスが」

「・・・盾じゃ」

「あ?」

「盾じゃだめなんだぁ・・・オレはあんたの剣でいたい」

返す言葉でふと漏れた本音。
発したスクアーロ自身が驚いて、次ぐ言葉を失っていた。

剣でいたい。
剣として生きたい。
剣として死にたい。

自分も、そして主もまだ生きているのに。頭を強い力で殴られたようだった。つかみかけた安寧、清々しかった感覚はあっという間に指の間をすり抜け夢と消えて、スクアーロの眼前に薄暗い病室に立つ現実が戻ってくる。

現実。
靴の下で踏みしめたリノリウムの床。この現実。そしてそれすらも切り裂く主君の言葉。

「なら剣でいればいいだろうが。出来の悪ぃ頭でごちゃごちゃ考えてんじゃねぇよカスが。いいか、腕一本心臓一個残らずかっ消えるまで」

嘆息とともにXANXUSは言った。もう煙草の火はとうに消えていたから、嘆息に間違いはなかった。そしてスクアーロの耳に誤りがなければ、主君は少しだけ、

笑っていた。

「ここにいろ。引導ならいつでもオレが渡してやる」

「・・・収まった?」

「・・・収まったわね。セリフは全然聞こえないけどひとまず大丈夫そうよ」

気配を限界まで消しながらも病室のドアに張り付いて中の様子を伺っていた人影のかたまりが、とりあえずの息をついて四つに分かれ、蛍光灯またたく廊下を歩き出す。

「ボスの手をわずらわせおって・・・なんと羨ましい・・・」

苦悶の涙を流すレヴィに、飛んで行こうとしたマーモンの足を引いて自分の胸に収めたベルが口角を上げて笑いながら言う。

「へえ、じゃあ王子がおまえの心臓と、あとついでに腕一本吹っ飛ばしてやろっか?」

「・・・た、頼む!」

「頼むなよ。つーかやっと解放されたーホテルのベッドで寝れるー」

苦渋の選択といった声を出しながら両手を合わせるレヴィに呆れた声で突っ込みながら、ベルは最後尾を歩くルッスーリアを振り返って言葉を投げる。

「じゃあフォーメーションAは中止かあ。ルッスが囮になってレヴィが隊長はがいじめにしてマーモンが幻覚で出口塞いでオレがナイフ投げまくって足止めっていう」

「ないよ。ないない」

顔の前で小刻みに手を振るマーモンに、ベルはふくれっつらを返して、お返しとばかりに抱きしめる腕に力を込めた。ぐえ、と潰れたカエルのような声を上げるマーモン、その後ろを大またで歩いていたレヴィは細い目を見開いて足を速め、ベルの隣でいきり立つ。

「なんだその作戦は!オレは聞いてないぞ!」

「言ってねーもん。ていうかさあ」

マーモンを抱いて歩くベルは歩く速度を少しだけ落としてルッスーリアに並んだ。ん?と小首をかしげて見下ろしてくる長身の顔を見上げながら小声で聞く。

「ねえ本当にもう大丈夫?隊長いなくなんない?」

「そうねえ」

頬に指を当てながら、ルッスーリアはサングラスの下の目を細めて微笑んだ。

「大丈夫でしょう、もう」

THE END
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