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『Shall, we, リンゴ?』(ベル&雲雀小説)

暇に飽かして城の中を一周して最後に玄関ホールの扉を開けると、甘酸っぱい香りがふわりと漂った。見ると、揃いの黒服に身を包んだ四、五人の男達が忙しそうに立ち働いている。開け放された門扉の外、前庭まで寄せられたトラックから一抱えほどの大きさの重そうな木箱をいくつも下ろして城の中に運び入れているようだ。すでに運び込まれた木箱が、広いホールの一角にうず高い山を作っていた。

「なにこれこれなに」

角砂糖を運ぶ働きアリを連想しながら頭の後ろで手を組んでぶらぶら近づくと、長身を屈めて木箱のひとつに向かっていた特徴的な髪型の男が振り返った。向けられたのはいかつい面立ちに似合わない柔和な笑顔。

「りんごですよ」

「りんご」

へえ、と興味をそそられてホールの隅に山と積まれた木箱のひとつに近づく。ふたを開けて中を覗き込むと、梱包された1ダースほどの赤いりんごが新聞紙の間からつるりとした顔を覗かせていた。

「日本語じゃん」

りんごを包む新聞紙を指で示しながら聞くと、風紀財団の長の腹心は、ああ、と口元を上げてまた笑顔を見せた。

「並盛からの届け物なんです」

故郷の名を出して、彼は懐かしそうに目を細める。主君と共に海を渡りこの異国の地に来て、もう六、七年は経つのだろうか。ヴァリアーと風紀財団はボンゴレという巨大組織を介してそれなりに近しい関係にあるので、その多忙さも音に聞こえている。きっと里帰りの余裕もないんだろう。ごくろーさん。郷愁、という感覚はオレにはよく分からないけれど、想像だけならまったくできないわけでもない。

「うちにくれんの」

「ええ。豊作だとかで、それはもうたくさん届いたんです。おすそ分けですよ」

ボンゴレ本部にも届けましたし、キャバッローネにも行かないと、と言いながら自分も手ずから箱を寄せて作業にかかる草壁の背中を見ながらオレは小鼻をひくつかせた。それにしても甘酸っぱいいい香りだ。

「今もらっていい」

「どうぞどうぞ」

やり。オレはふたの開いた箱の前にしゃがんで、我こそはと肌を照からせているりんごを順番に眺めて品定めした。あっちよりもこっち。こっちよりもあっち。しばらく悩んだ末に、気に入ったりんごに手を伸ばして掴み取る。手の中の硬い質感。漂う甘い香りが服に髪に移り香のように残りそうな気がした。

「もっとどうぞ」

胸にりんごをひとつ抱えて立ち上がるオレを見て遠慮していると思ったのか、草壁は手のひらで箱を指し示したが、首を横に振る。見たところ、大食いぞろいの幹部や隊員が思う存分食べてもそうそう片付かないほどの量だ。焦ることはない。生で食べるのもいいし、ルッスに焼きりんごやパイにしてもらうのもいいし、と甘いお楽しみを心中に描いて、オレは自分の機嫌指数が急上昇するのを感じた。オフ日の気楽さも手伝ってテンションが上がる。上機嫌ついでに聞いてみた。

「来てんの?」

「恭さんですか?ええ、いまは貴賓室に」

オレの主語のない問いかけからも聡く察して頷く彼に手を振って、オレはりんごを抱いたまま肩で扉を押してホールを後にした。長い廊下を歩きながら腕の中のりんごを手に落とし、伸ばしたボーダーの袖で軽く皮を拭いてそのまま一口かじる。

一国の王子の食べ方にしてはだいぶラフだけど、でも、きれいに皮をむかれて銀のフォークを添えられたりんごよりもこの食べ方の方が美味いと感じてしまうほどには、今ではオレも俗世に染まってしまった、というのは半分冗談だけど。

本当は、ヴァリアーに入隊したばかりの頃にスクアーロがすごく自然にこういうりんごのかじり方をしていて、それがなんだか少しだけかっこよく見えてしまって、それから真似し始めたのが本当のところだったりする。誰にも言ったことはないけれど、いつのまにかすっかりクセになってしまった。そんなことをつらつら思い出しながら前歯でもう一口。硬くしまった果実が口の中でクラッシュして甘い果汁が広がる。外の気温に当てられてかよく冷えていて、美味しい。

果汁を飲み下しながらたどり着いた貴賓室の扉をノック無しに開けると、果たして目的の人物は中にいた。内装も調度もアンティークで揃えられたヴァリアーの城、その中でも特段に豪華なしつらえのこの部屋がオレは嫌いじゃない。紫紺のソファに浅く腰掛けて足を組み、長い指で端末を叩いていた彼は、ドアの開く音に顔を上げてオレを見ると、僅かに片眉を上げた。

「いただいてまー」

かじりかけのりんごをつかんだ手を上げて挨拶代わりにそう言うと、雲雀は黒い瞳を細めてスーツに包まれた足を組み替え、キーボードを叩く指を止めた。ついでに思い出したように脇に置かれていた金の装飾に縁取られたコーヒーカップに手を伸ばし、オレから目をそらさないまま口をつける。相手の一挙手一投足を無意識にでも観察してしまうクセはきっとオレにとっても彼にとっても息をするより自然なことだ。カップを持つ手の爪は短く、形がいい。

薄いジャケットは裏地を見せた状態でソファの背に掛けられていて、今日は細いストライプのシャツに紫のタイ。上着に包まれていない肩は相変わらず細い。この風紀財団の長がブラックスーツ以外の服を着ているところを、そういえばオレはまだ見たことがなかった。いったんトンファーを手にすればそれこそ野生の獣のように豹変するくせに、こうしてただ大人しくソファに腰掛けている姿はむしろ落ち着いた貴族の青年のように見えるのがいまだに不思議といえば不思議だ。

「美味いね」

気安く話しかけてくる相手だとは思っていない。けど、鋭い目線をこちらに投げたまま手を止めているのなら適当に何か話してみようという気になる。なんといっても甘いりんごのおかげで今のオレはすこぶる機嫌がいいから、こんな提案もしてみることにする。

「ランチは?まだー?」

「きみたちの上司は時間を守るという概念が無いみたいだね」

無表情のまま答えになってない答えを返される。適当に意訳すれば、要するに昼食を取らずに待っているけれど相手は、おそらくXANXUSは、まだ姿を見せないということらしい。つまりは「イエス」だ。

「りんご届けに来たの」

「冗談」

「仕事?」

「当然でしょ」

軽く鼻白むような表情になる雲雀。まあプライベートでボスと待ち合わせってこともないか、とオレは頷いた。

「ヒマなんだろ、行こーぜ。オレの隠れ家教えてやっからさ」

実を言うと本当の隠れ家じゃない。そうほいほい人に教えてたら隠れ家とは言えない。強いて言うなら隠れ家レベル1、ただの路地裏にある分かりにくい、けど抜群に美味いトラットリア。オレは手近なカウチに座ってりんごの最後の一口をかじりとると、残された芯を勢いよくダストボックスに放り捨てた。鈍い音を立ててりんごの残骸が視界から消える。ごちそうさま。

「腹をすかせた草食動物に混ざる気はないよ」

「へーき。四席しかない店だし」

顔の前で手を振りながらカウチの上、おしりでぽんぽん飛び跳ねるオレを漆黒の瞳でじっと見たあと、彼は小さなため息をついた。

「僕をアポ無しで食事に誘う人間は、赤ん坊と跳ね馬と山本武、あと」

言いながら端末のふたを閉じて立ち上がり、雲雀はソファの背に掛けていた軽そうなジャケットを取って回しながら腕を通すと、両手で襟を整えて少し唇を曲げてみせた。

「きみくらいだ」

なかなかの顔ぶれだった。あえて共通する言葉を捜すなら「豪胆」あたりだろうか。オレは軽く反動をつけてカウチから立ち上がると、機敏な仕草で扉を押して出て行く雲雀の後にゆっくりと続いた。

(おもしれーの)

彼がジャケットを羽織った瞬間、黒いそれをそれこそ羽根のように錯視した。それは彼のファミリーネームが日本語では鳥の名に由来すると知ったのがつい最近のことだからかもしれない。確かに白いスーツそして白い羽よりは黒いスーツそして黒い羽の方がサマになるな、とオレは奇妙な空想をした。

いつもいつも気安く話をする間柄じゃない。飯なんて食いに行かない。時折姿を見かけても気が向かなければ会釈もしない。それは彼も同じことで、ただ、それでも思い立ったときに適当に声を掛けて、相手にもその気があれば適当に会話が成立する。それはそれで貴重なことだった。気の置けない相手。結局オレも彼も自分のやりたいことがいつだって一番で、それ以外のことは比較的どうでもいいんだ。

「な、今度一戦やろーぜ」

「今からでもいいけど」

廊下を前後に並んで歩きながら、羽根のない黒髪黒服の背中に気楽な声を投げる。肩越しに振り向いた彼の鋭い目が剣呑な光を放つのを見て、やっぱり好戦的だとオレは内心ニヤッとしてしまう。王子から見たってじゅうぶん異常だよこれ。

「今はだめ。四席しかないっつったじゃん」

「なら仕方ないね」

一応の良識とやらに合わせて言ってみると、彼はあっさりと引いた。どうやら空腹のようだ。空腹であればあるほど獣は凶暴化するものだけど、相手を捕食するつもりがない以上は食事優先とはさすがに人間か。そんなことを思ってクスクス笑うオレを見て不審そうに眉根を寄せる彼の横顔を眺めながら、オレは今日のランチのメニューに思いを馳せた。

THE END
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王子様とエース君。

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