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『rainy day, sunny day』(ツナ小説) 後編

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ずっと恐れていたことが二つある。

ひとつは、
自分がボンゴレを『継ぐ』ことで、大切な誰かが傷つくこと。

ひとつは、
自分がボンゴレを『継がない』ことで、大切な誰かが離れていくこと。

『継ぐ』という決断をすることで誰かが傷つき倒れることともしかしたら同じくらい、『継がない』という決断をすることで、ならばおまえに価値などないと背を向けて二度と振り返ることなく去っていく大切な人たちの姿を考えるのが怖かった。

相反する恐怖。どちらを選んでも遅かれ早かれなにかを失うことになる。

きっといつかは選択しなければならないとしても、まだ先のことだから、まだ、まだ、そうして考えないようにしてきた。一度手にしたかけがえのないものを失う決断を自ら下すことが怖かった。『失いたくない』、そう思う自分を浅ましいとすら思った。

もし十年後の世界を生きる自分と会話できたなら、なぜあなたは継いだのかと、きっと真っ先に聞いていただろう。

その決断の意味を。覚悟を。
たとえばこういう場面をあなたは本当に想像していたのかと。

「バジル君!」

「待てツナ!」

扉の合わせ目から薄く侵入する硝煙。隣室へとつながるドアに飛びつこうとするツナの腕を、ディーノはとっさに伸ばした手でつかみ自分の方へ引き寄せた。素早く目配せされてうなずき扉に向かうのは黒服に身を包むディーノの部下、その背中を見るツナの目に涙の粒が浮かぶ。注意深く開かれようとした扉が、しかし不意に内側から開いた。

扉にもたれかかるようにして咳き込みながら出てきたのは当のバジル。まるで仕事あがりの煙突掃除屋のように、華奢な全身が煤けたように真っ黒になっている。

「あ、沢田殿!すみません起こしてしまいましたか?」

ディーノの腕から解放されて立ち尽くすツナの姿を見止めて、バジルは焦ったように言う。心配していた相手に逆に心配されて、ツナはぶんぶんと首を横に振った。早鐘のように打っていた胸の鼓動が次第に落ち着いてくる。良かった、と嘆息したのもつかの間、バジルの肩越しに隣室の床に残る黒い焦げ跡が見えてまた心臓が跳ねた。

「さっきの荷物か?」

ツナの隣で腕を組んだディーノが険しい表情で問う。バジルはツナに向けていた目線をディーノに移して、顔をしかめながらうなずいた。

「はい」

(荷物・・・)

寝室で目を覚ましかけていたとき、そういえば一度ベルの鳴る音が聞こえた。耳慣れない音だったが、あれが荷物の到着を知らせるドアベルだったのだろう。

「小包爆弾とはまた古風だな」

「そうですね」

焦げ付くようなにおいが漂う中、ディーノの部下の男性が床に残された黒いサークルのそばにひざまずいてなにやら携帯電話で話している。イタリア語なのでツナには聞き取れないが、どこかになにかを報告しているように見えた。

「運び人は見たか?」

「はい。ボーイの格好をしていましたが素振りが不審だったので。外の仲間に後をつけさせています」

「金に困ってるチンピラを使い捨てるパターンも多いからな、主犯につながれば儲けものってところか」

「あ、あの、えっと」

話についていけなくなって、ツナは会話が途切れた隙を狙っておずおずと声をかけた。顔を向けたバジルは淡々とした調子で言う。

「届けられた荷物に爆弾が仕掛けられていました。ボンゴレの処理班を呼んで任せるつもりでしたが、時限式だったようで」

「ここにいる誰かを狙ったか、それともボンゴレの関係者を無差別に狙ったか。雑なやり方からしてたぶん無差別犯、もっと言えばただの嫌がらせだな。バジルが無事で良かった」

言いながらディーノはうーんと伸びをして首を回す。腕を挙げたついでというような自然な動作で手首の時計を確かめ、もうこんな時間か、とつぶやいた。

「ツナ、おまえ飯食ってないんだろ?腹減らないか?」

「え?」

テロの標的にされたことに少なからずショックを受けていたツナは、あっさりと言われて驚いた。

「今日は疲れてるだろうしルームサービスでもと思ってたが、この焦げ臭さじゃな。ラウンジか、近場に食いにいくか。バジルおまえも来るだろ?着替えはあるか?」

「はい、大丈夫です。お供します」

(二人とも、慣れてる・・・)

なんだか笑えばいいのか泣けばいいのか分からなくなって、そうこうしているうちに確かに減っていた腹が切ない音で鳴いて、ツナはなぜだかやっぱり泣きたくなった。

できれば肩肘張らずに食べられる店がいい、というツナの希望が尊重されて、三人はディーノの部下にあとを任せるとホテルから程近い庶民的なピッツェリアに入った。うららかな春の宵、濃いアルコールと焦げたチーズの香り、活気ある雰囲気とにぎやかな音楽が店内に満ちている。適当に頼んだアラカルトがテーブルに届けられる頃、サッカーのハイライトを映し出していた巨大なテレビスクリーンに臨時ニュースが入った。

ホテルでガス爆発、部屋は無人のため被害なし。派手な化粧の女性キャスターが無感動に読み上げたニュースを、ツナのためにバジルが通訳してくれる。すぐ近くで起きた事件に瞬間的にざわついた店内は、しかしまたすぐに贔屓のサッカー・チームのプレイに興味が引き戻されていった。だが四人がけのテーブルにディーノとバジルと向かい合わせに座ったツナは、かじりかけのピザを皿に置いてディーノの顔を見る。

「ガス爆発?部屋は無人?」

事実と違う報道に困惑の表情を浮かべるツナを見て、トッピングを盛大にこぼしながらもなんとか大きなピースを口に入れることに成功していたディーノは、熱いピザをペリエで飲み下しながらうなずいてみせる。

「あのスイートはボンゴレで押さえてる部屋なんだ。あそこで起きた事件がそのまま世間に出ることはまずない」

「そんな・・・」

「そんな顔するなって。あくまで世間的にはって話だ。こっちではちゃんと調べる」

慰めるように言われても胸の中のもやついた気持ちは晴れない。姿の見えない相手からぶつけられた明確な敵意とそこに込められた憎悪の強さがあらためて考えてみても恐ろしかった。自分の皿に残されたピザのかけらをまた手に取ってのろのろとチーズを噛んでみるが、まるで味がしない。

「でも沢田殿。これでもかなり減ったんですよ」

「え?」

エースフォワードの鮮やかなゴールシーンに沸く店の雰囲気とは裏腹にしばらく沈黙が下りていたテーブル。空気を変えるように明るい声を発したのはバジルだった。ツナは知らずうつむいていた顔を上げる。

「マフィア同士の争いです。穏健派の9代目が、周辺のファミリーと同盟を組んだり、貧しい若者に仕事を与えたりして、治安がとても良くなってきています。以前は、それこそ毎日のように抗争や私刑が起きていた時代もあったようですから」

そうだな、とピザと格闘していたディーノもうなずく。トマトソースで真っ赤になった口元を白いナプキンで丁寧にぬぐった。

「だが、そうは言っても9代目は高齢だ。ここでまた2代目のような強硬派が跡を継いだらすべては元の木阿弥になっちまう。だから9代目はおまえに跡を継がせたがってるし、強硬派の先鋒ともいうべきXANXUSとも友好関係を築けてるおまえは、誰にも真似できないすごいコネクションを持ってるんだぜ」

あれを友好関係といえるかどうかはともかく、バジルとディーノの言わんとしていることはツナにも理解できた。はい、と小さくつぶやいて手にしていたピザの最後のひとかけらを口に運ぶ。沈黙をかき消す店の喧騒がありがたかった。

「そういえば、おまえさっきオレになにか言いかけなかったか?」

「あ」

ディーノの言葉に、ツナは爆発のショックで吹き飛んでいたことを思い出した。ピザのかけらを飲み込んで口を開こうとするツナを見て、そっと席を立とうとするバジルをツナは慌てて押しとどめる。

「バジル君も聞いて」

「あ、はい」

青い瞳を瞬かせてうなずき、立ち上がりかけたバジルは再び椅子に腰を下ろす。
数秒間の沈黙。ツナは言葉を探しながら重い口を開いた。

「あの、ディーノさんは、バジル君も、」

「もし、オレがボスを継がなかったら、」

「もう、オレとは会ってくれなくなるのかな、って」

吐き出すようなツナの言葉を聞いて、ディーノとバジルは顔を見合わせた。

「オレ、分からないんだ。ボスにはなりたくない、けど、ディーノさんやバジル君やリボーンや獄寺君や、ボンゴレの10代目としてのオレに関わってきたみんなは、オレがボスにならないって決めたら、もうこうしてオレと会ってくれることもなくなるんじゃないかって。用がなくなるっていうか、その」

「・・・おまえさ」
「・・・沢田殿」

言い募るツナの言葉を優しくさえぎるように言葉を発したのは二人同時だった。また顔を見合わせて、バジルが小さく微笑みながら年長のディーノに言葉を譲る。うなずいて、ディーノは真剣な眼差しをツナに向けた。

「あのな、ツナ」

「・・・はい」

「おまえさ、それ、オレたちも同じこと思ってるって考えたことあるか?」

「え」

同じこと、の意味をとっさに捉えきれなくて、ツナは言葉を返せないままきょとんとする。やっぱりな、とつぶやいてディーノは少し呆れたような苦笑いを浮かべた。バジルも困ったように眉尻を下げている。

「だからな、もしおまえがボンゴレを継がないって決めたら、もうおまえと会うこともできなくなっちまうのかなーって思ってるのはオレたちも一緒なんだ。あのリボーンだって、おまえがダメならはい次の候補者ってあっさり移れると思うか?あいつ相当おまえに入れ込んでるぜ」

獄寺なんておまえに従ってマフィア辞めそうだな、と笑いながら言うディーノ。隣に座るバジルもうなずいた。

「拙者たちは、一般の人々とむやみに接点を持つべきではないです。危険に巻き込みたくはないですから。けど、沢田殿がいいと言ってくれるなら、沢田殿がこちらの道を選ばなかったとしても、拙者はあなたの友人でいたい」

わがままですよね、と言ってバジルは笑った。

「オレたちはおまえが10代目だから好きなわけじゃないんだ」

だからそんなこと言うな、寂しくなっちまう。晴れやかな笑顔で言われてツナは小さくうなずいた。涙がこぼれそうなときは上を向け、という歌をふと思い出して、そっと天井を見る。大きな羽根を広げたシーリングファンがマイペースに回り、夜の雑多な空気をかき回していた。ごまかすようなまばたきを幾度かしたあと、ツナは言う。

「あの、日本って、いま何時ですか」

『もしもしリボーン?そっちはおはようだね、もう起きてた?』

『どうしたツナ。ホームシックか?』

『違うよ』

ディーノに借りた携帯電話を片手に店の入口に立つツナは、相変わらず飄々とした家庭教師の口ぶりにそれでも懐かしい安堵を覚えて息をついた。まだ離れて一日と経っていないのに、と自分で自分が可笑しかった。

『そっちはどうだ?そろそろ寝る時間か?』

『あのさ、いま言いたくて電話した』

ツナは携帯電話を持ち替えて言う。電話の向こうに下りるのはこちらの言葉を待つような沈黙。深呼吸をひとつする。

『オレ、やっぱり高校は日本のに行こうと思うんだよ』

言いながらそっと背中をつけた白い壁はひやりとして冷たかった。

『山本はたぶん高校野球の強いとこ行くから、オレ、獄寺君と一緒に山本と同じとこ行けたらいいなって』

電話を当てていない左耳に届くのは店内の喧騒。耳慣れない調子の音楽。独特のリズムを刻む異国の言葉。頬をなでる冷えた夜風のにおいを感じながら、自分はいま遠い外国にいるんだ、とツナはふと思った。

『ほらオレ学校にこだわりとかないし。獄寺君は頭いいからどこでも受かるだろうし』

『・・・・・・』

『だから、ボンゴレのボスのことはちゃんと考えておくから、だからもう少しだけ、オレに時間をください』

一息に言い切った言葉。一拍おいて返されたのは呆れたようなため息。

『・・・なにも考えず楽しんで来いって言っただろ』

どうしておまえは考えろって言うと考えなくて、考えるなって言うと考えるんだろうな。電話越しに響くどこか遠い声は、それでも少しだけ笑っていた。それは肯定のしるしだと分かった。

『イタリアはどうだ?』

『あ、今日はちょっといろいろあって・・・観光とか明日から少ししてみようかなあって。いいところある?』

『オレ様ゆかりの地だぞ。どこもいいに決まってるだろ』

間髪いれずに返された誇らしげなセリフにツナは思わず口元をほころばせた。

『リボーンってどこで生まれたの?家族とかいるの?オレ会ってみたいなあ』

『秘密だ』

なんだよそれ。苦笑しながらも、ツナは晴れ晴れとした思いで告げた。

『次は一緒に行きたいな。案内してよね。おやすみ』

「・・・とは言ったけどさあ」

翌朝。使えなくなってしまったホテルから移動した、ディーノの住む屋敷の一室で目を覚ましたツナは、朝食をもらいに下りた広間のソファに鎮座する家庭教師の姿に唖然とした。これは夢か幻覚かと頬をつねり目をこすり、そして最初に出てきたのが上のセリフ。

「来てやったぞ。感謝しろ」

昨日の今日でどれだけのジェット機を使って来たやら、と呆れるものの、驚きからの諦めの境地からの立ち直りの早さについては目の前のアルコバレーノに嫌というほど鍛え上げられている。結局こうなるのか、と思いながら、身体が沈むほどに柔らかな向かいのソファに座ったツナは、机に山と積まれた参考書に気づいた。ひしひしと感じる嫌な予感。

「この参考書・・・なに?」

「移動時間に勉強するぞ。受験生になる宣言したじゃねーか」

「え、多すぎるよ!山本そんな頭いいとこ狙ってるの!?」

「もうすでに推薦の話は山ほど来てるぞ。どこでも対応できるようにしておかなくてどうする。本命は了平が行った学校だ、スポーツの強豪校だが普通科もなかなかいいところだぞ。もしかしたら京子も了平と同じ高校に行くかもな」

「えっえっ、そうなの?」

ぽかんとしながらリボーンの話を聞いていたツナは、最後の言葉にハッとした。そうだ、このままではあと一年で京子ちゃんとも離れ離れになってしまうではないか。

「親友の黒川と一緒にそんな話をしていたらしいぞ」

「そうなんだ!」

もしかしたら高校でも、獄寺君と山本とお兄さんと、それに京子ちゃんや黒川と一緒。この上ないエサを目の前にぶらさげられて、どこを掘り返してもゼロだと思っていたやる気がいきなり芽吹いた気がした。今から追いつけるかは分からない、でも行きたい。みんなと同じ高校に行きたい。

「進路調査票のなりたい職業はオレが書いておいてやったからな」

「え・・・なんて?」

「家庭教師」

なんでだよ、と思わず突っ込みながらツナは苦笑いした。家庭教師が職業と言えるのかどうか分からないが、マフィアだの殺し屋だのと書かれるよりは遥かにマシだし、先生に叱られるほど酷い答えでもない。とりあえず今回はこれでごまかして乗り切ろう、と頭の中でせこい計算をしてツナはあえて何も言わずにおいた。とりあえずの一件落着、と息をつく。

オレ、頑張ろうかな。そんなことをつぶやいて抜けるような青空を映す広い窓を仰ぎながら大きく伸びをするツナ。その後姿を見ながら、黒い帽子の上に陣取ったレオンとリボーンは、以心伝心、そっとウィンクを交し合った。

このままずっとずっと一緒に、なんて無理なのは分かっているけれど。
でも今だけは。もう少しだけは。

晴れの日も雨の日も。雨の日も晴れの日も。

平凡でうるさくて輝かしい毎日を、どうか一緒に。

THE END
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(★1/12追記:素敵な挿絵をいただきました!(こちらです♪  )★)

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200万ヒット記念企画で、りりさまにリクエストいただいた「『ツナと管理人の好きなキャラ』で『静かでふっと和むようなお話』」でした。
好きなキャラはたくさんたくさんいますが、ツナとリボーンのコンビ、レオン、ディーノさんロマさんバジル君のイタリア組でいかせていただきました。幸せです!

りりさま、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!(深々)

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