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『夏色ノスタルジャ』(ディーノ&スクアーロ小説) 後編

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「だから言ったじゃねぇか」

「ごめんなさい」

夜回りの誰かが鍵を閉め忘れたのだろう、裏庭に向かってわずかに開いていたキッチンの窓を閉めるとすすり泣くように響いていた風雨の音がぴたりと止んだ。静寂。すわった目で思いきりにらみつけられて、勘違いでケガ人を夜半に起こしてしまったディーノはひたすら謝罪の言葉を並べる。腕組みする同級生の肘上までまくられた袖から覗く、真新しく白い包帯が目に痛い。

「だから言ったじゃねぇか」

「ごめんってば・・・」

体を縮こませて謝るディーノを見ながらフンと無感動に鼻を鳴らして、どうやらすっかり目が冴えてしまったらしいスクアーロは手近な椅子を引き寄せどっかりと腰を下ろして足を開く。立ったままおろおろしているディーノから目線を外し、唇から呼吸とも吐息ともつかない空気音を漏らすとあごを上げて天井をにらむとそのまま動かなくなった。

「えっと、寝る?」

虚空を見つめたきり固まったように無言になる同級生に、ディーノはおそるおそる声を掛ける。それには答えずにしばらくの沈黙を落としたあと、スクアーロはおもむろに口を開いた。

「おまえ、危なっかしいな」

「え・・・え?オレ?」

突然の言葉。姿勢を変えないまま瞳だけを動かしたスクアーロの銀の虹彩に映るのは、戸惑ったような表情の自分の姿。確かに道を歩けば転ぶし階段があれば落ちるし犬がいれば追いかけられるし、と内省しているとだんだん気分が落ち込んでくる。深夜という時間帯のせいもあるかもしれないし、寝ていた彼を無理に起こすという失態をしたばかりだからかもしれない。

「将来ここを継ぐんだろ?」

もう少ししっかりしろよなぁ、と続けるスクアーロの少しかすれたような低い声。なにか言おうと思うものの謝るのもいい加減しつこいような気もして、結局何も言えずにパジャマのすそをつかんでうつむき、ディーノは明るい水色のルームシューズに包まれた足先を見つめた。

二年ほど前に色が気に入って買った柔らかな室内履きはつま先が少しほつれてきているが、きつくなる気配はまだない。年齢の割に小柄な身長と小さな足。このまま背が伸びなかったらどうしよう、とあまり考えないようにしてきた悩みがいまなぜか急に頭をもたげてきて、ディーノは振り払うように頭を振った。

「・・・わかん、ない」

「あぁ?」

小さく発した言葉に返される怪訝そうな声。家業を、マフィアを継ぐということ。物心ついたときから、その意味を理解する遥か前から、否応なしに意識させられてきたその言葉の重み。

「継ぐとか、その、オレは正直、嫌、なんだけど」

「だけど、なんだよ」

「うん・・・」

自信がないとますます声が小さくなってしまう。迷いの原因は分かっている、嫌だから、の一言で切り捨ててしまうにはあまりにも大切な家族と慣れ親しんだファミリーの存在。せめてマフィアでさえなければと思うものの、結局はリーダーというポジションそのものにまったく向いていないのだから同じこと。胸中にうずまく思いを言葉にできないまま黙るディーノの耳に、スクアーロの強い舌打ちが届く。

「へなちょこ野郎が。ファミリーのボスは一に血統、二に血統だ。逃げられねぇんだからガタガタ抜かしてんじゃねぇよガキが。腹くくれ」

「なっ」

まるで投げ捨てるような言葉をぶつけられた瞬間、ディーノの胸の中で何かが破裂した。
怒りほどの発火力はなく、ただそれでも、細い細いニードルのような何かが心の臓に突き刺さる小さくも確かな音。気づいたときには口を開いていた。

「・・・うるさい」

「はぁ?」

「う、うるさいって言ったんだ!きみにオレの気持ちなんか!」

わからない。
イタリア最強のファミリーにおいて剣帝にさえ勝利し、学校中の羨望の的でありながらなんのしがらみも持たないきみなんかには一生わからない。

その強さも。
その自由さも。
そのどちらもが、自分が渇望しながら手に入れられないものそのものだというのに。

「オレはマフィアのボスになんてなれないしなりたくない。嫌だ、嫌なんだよ!なにも知らないくせに勝手なこと、」

「っだああああああ!!!」

拳を握りしめて堰を切ったように叫び言い募るディーノの声をさえぎるかのように突然大声を上げて、スクアーロは椅子を蹴り倒すようにして立ち上がる。驚いて言葉を切り立ち尽くすディーノにずかずかと近づくと強い力で華奢な手首をつかんだ。

「なにするんだよ痛い!」

ディーノのとっさの抗議にも構わず、スクアーロは無言でディーノの手首を引いたまま乱暴な足取りでキッチンを出た。そのまま長い廊下を抜けて正面玄関に向かい、片手で器用に錠を外して扉を開く。

「え、ま、待って!外、雨、ってわああ!」

屋敷の前庭をまるで瀑布のように覆う雨を目の当たりにして慌てて口を開くディーノの言葉が終わるのを待たずに、スクアーロはディーノの身体を雨の中に思い切り突き飛ばした。川のように流れる泥の中にしりもちをついて水を散らし、バケツどころかイタリア中のバスタブをひっくり返したような豪雨にあっという間に全身びしょぬれになったディーノは、碧の瞳を見開き扉の前に仁王立ちになるスクアーロを見る。

「ごちゃごちゃうるっせえんだよへなちょこがぁぁ!」

耳にうるさいほどの雨の音もかきけす、通り過ぎるほどに通る怒鳴り声。

「そんなに嫌だ嫌だ言うんならいますぐ出てけ!二度と帰ってくんじゃねぇ!」

言い捨てられるやいなや、あっけにとられるディーノの目の前でバタンと大きな音を立てて扉が閉まる。前庭にぽつぽつと立つ常夜灯の明かり、その僅かな光の届く範囲の外を満たす暗闇と滝のように降る雨。たちまち塗りつぶされる視界。閉じた扉。流れる泥に手をついたまま呆然としていたディーノは慌てて身を起こし正面玄関の扉に飛びつき開けようとするが、中から鍵が掛けられたのか扉は貝のように閉じてびくともしない。

(うそ、追い出された!)

オレの家なのに、オレの家なのに!赤の他人である同級生に身もふたもなく放り出されてディーノは青くなった。まだ夜明けまでは何時間もある。誰かを呼ぼうにも携帯電話も持っていない。ディーノはこぶしで扉を叩き必死に声を張り上げた。

「ス、スクアーロ!開けて!入れて!助けて!」

「はぁ?嫌なんだろ?ぬくぬく飯食ってねぇで今すぐ出てけ!」

扉の内側から返される怒鳴り声。まだそこにいたと分かって安堵する気持ちが少しと、だからここはオレの家だしきみは関係ないしと叫びたい気持ちがたくさん。なのに声が出ないのは今まで誰も言わなかった、言ってはくれなかった、「嫌ならやめていい」という言葉。

(まさかきみなんかに)

言われるなんて。あまりにも乱暴に差し伸べられた、いやむしろ払いのけられた手にぐらつく情けない自分と、素直にうなずくことのできないぎりぎりのプライドがせめぎあう。プライド。継ぐものとしてのプライド。そんなものが自分のなかにまだあったことに驚いている間もなく、無情にも中の明かりが消されて闇がまた一段と深くなった。

「え・・・ホントに?」

扉に拳をついたまま思わずつぶやくディーノの頭上に、容赦ない量の雨が降り注いだ。

比較的雨を避けられる玄関前にうずくまって座り、立てた膝の間に顔を埋めていたディーノは、雲間から差し込む朝日と前に立つ人の気配に重く閉じていたまぶたを上げた。

「起きろへなちょこ」

「なんだよ暴力鮫」

蚊の鳴くような声でぼそぼそと悪態をつくディーノ。腰に手を置いて仁王立ちしていたスクアーロはおざなりな声を返す。

「あぁ?」

「信じられない。ほんと信じられない。ここオレの家なんだけど。意味わからない」

「チャンスをやったんじゃねぇか。どーせ家出のひとつもしたことねぇんだろ?」

揶揄するような言葉にディーノは不安と混乱と疲労と寝不足でぐちゃぐちゃの涙目になった顔を上げてスクアーロを思い切りにらみ上げる。涙をこぼさないように奥歯をかみ締めて堪えたのは男としての一応の矜持で。

「人の話っ・・・聞きもしないでこんな乱暴なやり方するし!」

「その乱暴者をお招きしたのはおまえだろ?」

だから足元すくわれるって言ったんだぜぇ、とそ知らぬ顔で言われてディーノは悔しさで真っ赤になった顔を隠すように雨にぐっしょりと濡れた金髪の頭を抱え込んだ。伏せた唇が動いて小さな声で言葉をつむぐ。

「オレは」

「あ?」

「オレはファミリーのみんなが好きだよ。本当の家族と同じように思ってる。でもだから怖いんだ。オレなんかが、オレなんかに、大切なみんなの命を預けちゃいけないって。ただ逃げたいわけじゃない。そうじゃないんだ。でもどうしたらいいのか分からない。本当に、オレには分からない」

吐くような言葉を残して立てた膝の間に顔をうずめるディーノをしばらく無言で見下ろしていたスクアーロは、やがてディーノの頭に手にしていた大きなバスタオルを落下させた。手探りでつかんだタオルをのろのろと引きおろすディーノの耳に届く、スクアーロの妙に静かな声。

「あのなぁ、他人のオレが言えた義理でもねぇけどよ」

うつむいていた顔をそっと上げたディーノの視界に、目線を合わせるようにして足を折ってしゃがみ、膝の上に組んだ腕を置いたスクアーロの顔が映る。

眉間に深い深いしわを刻んだ猛禽類を思わせる鋭く強い瞳。そこに迷いの色はない。出会ったときから、ずっと。

「昨日、オレがあの路地裏でへばってたときなぁ。おまえが来るまでに何人も目の前を通り過ぎてった。どいつもこいつも、ゴミでも見るような目をしやがってなぁ」

「・・・・・・」

「あんな夜中にオレを起こしやがったのも、ファミリーの誰かが泣いてんじゃねえかって青臭せえ心配してたんだろ?」

どこか気だるそうに言いながら、スクアーロは折った膝に置いた自らの両肘で口元を隠すようにして長い指を組んだ。その仕草のせいで、次いでもらされた言葉はディーノには少し聞き取りづらかったが、うぬぼれでなければ、この大人びた同級生は確かにこう言った。

(おまえはもう少しばかり、自信ってやつを持ってもいいんじゃねえのか)

碧緑の瞳を二、三度またたかせて、何か言わなければ、と、言葉もまとまらないまま焦って口を開きかけたディーノの前でふう、とひとつ深いため息をついて、スクアーロはおもむろに立ち上がった。

「帰る」

「え、あ、う、うん」

肩透かしを食らって、ディーノは慌てて立ち上がると歩き出すスクアーロの背中を追った。
言われた言葉を頭の中で何度も何度も反芻しながら。

「そんなことがさ、あったなーって」

「てめぇ・・・わざわざ直電よこして・・・黙って聞いてりゃ・・・」

くだらねぇ話を長々聞かせやがってどこのヒマ人だこの馬鹿クソ野郎が。電話の向こうから届くのは不機嫌を通り越して殺気すらはらむ低い声。本題に入る前のブレイクにしては確かに長すぎたかもしれない。朝から悪いな、からのそういえばこの間言いかけたあれさ、からの、柄にもない長電話。なんとなく興が乗ってしまっていたディーノは、悪い悪い、と相手には見えないことを知りながら顔の前で手を立てて謝る。

「この前の情報の礼に飯おごるって、XANXUSに伝えてくれ」

一言だけで済んでしまう用件。メールではなくて電話をするのは、すぐにレスポンスがほしいときと、なんとなく気分で声を交わしておきたいとき。たとえそれがかりそめのコミュニケーションだとしても。

「ただの飯じゃねぇだろうな」

「もちろん」

用意してあるのはとっておきの情報。耳に届くのは浅く長いため息の音。

「メールで返す」

「はいはい」

手の中の端末をタッチして通話を終え、待受画面に表示される時間を確認して五分後に来客の予定があることを思い出す。

(もし、最初に友達とケンカしたのはいつかって聞かれたら)
(オレはあの日のことを答えるんだろうな)

聞かれる見込みもない問いとその答えをふと想像してくすくすと笑いながら、ディーノはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと本日最初の仕事を果たすべくデスクから立ち上がった。

THE END
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200万ヒット記念企画で、りんごさまにリクエストいただいた「(ブログ主が)こんな二人だったらいいな、と思うディーノとスクアーロ」でした。この元同級生2人の組み合わせが大っ好きなので、学生時代の彼らを書かせていただけてすごく幸せです。
また、小説、ドラマCD、アニメの彼らについての情報をくださったフォロワーHさまにスペシャルサンクスです^^

りんごさま、ここまで読んでくださった方、とっても、ありがとうございました!(深々)

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