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『その街は花の下にて』 (ベル&フラン小説) 前編

※この小説は、小説部屋にあるスクアーロ&ベル小説「咲かずの王国」の後日譚にあたります。本文中にざっくりした説明があるので前作を未読でも読めますが、意味が分からない箇所もあるかと思います。申し訳ありません。。

街の中心部に位置する広場に面したトラットリア。ガラス張りの窓から差し込む明るい日差しを少しだけ避けるようにしながら奥の席で一人フォークを握り皿に向かっていたフランは、テーブルを挟んだ向かいの椅子が引かれて誰かが腰掛けるのに気づいても食事の手を止めることはしなかった。フォークの先に刺したペンネを小さく開けた口に入れて、咀嚼。程よいアルデンテに茹で上げられたショートパスタにほのかな辛味のトマトソースがよく絡んでいて、美味しい。

「こら」

ペンネを飲み込んでしまってから、同じ皿に彩りよく付け合わされたブロッコリーを突き刺す。料理が運ばれてきてからすでに二十分程が経過しているため、皿の中はほとんど空になっていて、反比例的に腹の中は心地よく満たされていた。今日は久しぶりの休日、このあとは本屋に寄って取り置きしておいた本を受け取って夜に食べるためのパンもどこかで買って、とのんびりプランニングしながら左手で葡萄ジュースの入ったグラスをつかもうとした瞬間に、正面から伸びてきた手に素早くグラスを奪われた。むっとして顔を上げると、こちらも不機嫌そうな顔の見慣れた姿が目に入る。

幅はそれなりにあるけれど厚くはない肩、白い顔、相変わらず下ろされた前髪に隠された瞳。表情が読みにくそうだなと思ったのは出会った頃だけで今となってはむしろ分かりやすくすらあるが、それで得をしたことはほとんどない。初秋らしい温かそうなニットの上にこげ茶色の薄いトレンチコートを羽織ったままなのは注文する気も長居する気も無いという意思表示だろうか、と厄介な先輩の本日の風貌を観察しながら無言で相手の出方を待つ。そんなフランを見返して、右手に濃紫色の液体をたたえたグラスをつかんだ堕王子センパイことベルフェゴールはおもむろに口を開いた。

「無視してんじゃねーよ生意気カエル」

「あーすいません全然気づきませんでしたー」

「嘘つくな」

「嘘じゃないですー」

もちろん嘘だった。声をかけられる前から、勝手に椅子に座られる前から、もっと言えば店のドアが開けられたときから気づいていた。たとえ黙っていたとしても気配がうるさすぎるのだ。そんなことを思いながらジュースを返せと目で訴えると、ベルは汗をかいたグラスを面倒くさそうに押し返してきた。食べ終えた皿にフォークを置いて取り返したジュースをすするフランの不審そうな目線を避けるように、ベルは身体を後ろにひねりカメリエーレを呼ぶと一言「会計」と言った。

「センパイ」

「なんだよ」

不吉な予感に声を上げるフランにぞんざいな返事をして、ベルはテーブルにやってきたカメリエーレにジャケットの内ポケットから取り出した財布からカードを抜いて渡した。待ってください怖すぎますからこれ、とフランは急いで口を挟む。

「なにやってんですか奢ってくれなんて頼んでませんー」

言いながら自分の財布から抜いた紙幣を突き出すフランの手をうるさそうに払って、ベルは再びやってきたカメリエーレが差し出した伝票にさっさとサインしてしまった。眉をひそめるフランにふと顔を寄せて、ベルは潜めた声で囁くように言う。

「ちょっと付き合えよ」

やっぱりだ。見返り前提の押し売り詐欺。このコミュニケーション不全王子。フランが口の中でつぶやく悪態をきれいに無視してベルは席を立つ。仕方なくフランもジュースを飲み干して立ち上がると意味もなく壁に掛けられた時計を見た。十二時少し前だった。

店を出たところで追いつくことはできたが、付き合え、と言った張本人は振り向きもせずにそのままどこかへ向かってさっさと歩き出してしまう。この状況から逃げるタイミングを窺いながらもひとまず小走りでその隣に並んだフランは、眉間にしわを寄せてベルの横顔を見上げた。歩幅の合わない二足のブーツが踏みしめる石畳、そ知らぬ顔で吹き抜ける秋風が肌に冷たい。

「付き合えって何にですか」

「任務」

「は?ミー今日お休みなんですけどー」

「分かってるっての。貸し1やるから黙って来いよ」

「貸し・・・」

貸しを作ること自体は悪くない、とフランは思う。いつも理不尽なことばかり仕掛けてくる上に生活態度もはなはだいい加減な堕王子だが、一度した約束を反故にするようなことはしない。意外と律儀だ。しかし問題はそこではない。

「やですよ、ていうかなんですか任務って」

「届け物。別の街のお偉いさんに手紙届けに行っておしまい」

「めんどくさいんで質問誘う話し方やめてくれますー?」

だからなぜそんな軽い任務にミーがつき合わされなきゃならないのかさっさと教えろ、という圧力をこめて肩上の横顔を睨むと、ベルは目線は前に投げたまま早口で言った。

「その街、ちょっと会いづらい奴らがいるからオレのこと幻覚で隠して」

「え?会いづらい奴らって?」

「客車で話す」

予想していなかった答えに思わず声が出るフランをそれきり無視して、ベルは雑踏の中を足早に歩いていく。フランは頭の中に様々に浮かぶ疑問をひとまず押し隠して後を追い、ロングコートの背中に声を投げた。

「本」

「あ?」

「客車で行くなら本取ってきますから。ちょっと待っててください」

肯定の返事のつもりだった。どうやら伝わったらしく、数歩先を歩いていたベルは首を曲げて顔だけで振り向くと、フンと鼻を鳴らして小さく頷いた。

お互い言葉少なに乗り込んだ客車のボックスシート。無言で進行方向の席に座ったベルは窓に肘を置いて目線を外に投げ、その姿勢のまま動かなくなった。前髪に隠された瞳は見えなくても眠っていないのは気配で分かる。「客車で話す」はどうなったんだと思いながら向かい合わせの席に腰を下ろしたフランはしばらく様子を伺った後、諦めて袋から取り出した本を開いた。目次を追って前書きを読んで、ちょうど本文に入り込みかけたところで頭の上から声が降ってくる。

「聞く?」

「聞いてほしいんですか?」

目を伏せたまますぐに聞き返すと軽い舌打ちの音がした。それきり沈黙が下りる。十秒。心の中で小さなため息をついて、フランは仕方なく口を開いた。

「話していいですよー聞いてますから」

だいたいの場合においてこちらが聞いていようがいまいが、本を読んでいようが報告書を書いていようが明らかに嫌そうな顔をしていようが半分寝ていようが。全くおかまいなしにどうでもいい話題を吹っかけてくる堕王子の様子がなんだかおかしい。乗りかかった船。毒くらわば皿まで。そんなことわざが脳裏をよぎる。

「そもそもどこ行くんです?このままミラノまで行くわけじゃないでしょう?」

本のページを繰る手を止めないまま遥かな終着駅の名前を出して問うと、ベルは呟くようにひとつ単語を落とした。聞いたことがない街の名だった。フランスの田舎から拉致同然にヴァリアーに連れて来られたフランには、イタリアの地名はまだ馴染みが薄い。知りません、とフランが言うと、ちっせー街だから、とベルは返した。

「昔住んでた。隊長と初めて会ったのがそこ」

へえ、とフランは思う。この戦闘狂の堕王子がヴァリアーに入隊したのは八歳のときだったと聞いているが、スクアーロとの出会いについては初耳だった。ざっと計算すると十八年ほど前になる。自分の生きた時間とそう変わらない年月。腐れ縁、という単語が躊躇なく思い浮かんだ。

「会いたくない人は?元カノとかですか?」

どうせ酷い捨て方したんでしょ、と適当に言ってみると、ちげーよバカ、と面倒くさそうな声が返ってきた。

「じゃあ誰ですか」

「国民」

「はあ、センパイの生まれた国のですね」

「違うオレの。オレの国民」

「は?」

思わず出てしまった間の抜けた声と共に、頭半分で読んでいた本からとうとう顔を上げるフラン。視界に映るのは最初と全く変わらない姿勢で窓の外を見ているベルの白い横顔。目線の先にはぽつぽつと民家の建つ殺風景な、よく言えばのどかな、淡々と流れていく田舎の風景。寂しそうに並び立つオリーブの木。透くように晴れた空を渡っていく黒い鳥の群れ。ああもう訳わかりません、と頭を振って、フランはぱたりと音を立てて本を閉じた。

「あの、聞きます。聞きますから順を追って説明してください」

客車の中でベルが語った短い話をまとめると、ベルには生まれた国を出奔してヴァリアーに入隊するまでの僅かな期間に住みついていたある街があるらしい。そこでベルは同世代の子ども達、彼の言うところの『国民』を従えて日々の生活を送っていたという。従える方も従う方もどうかしている、と呆れるフランだったが、得意の毒舌で揶揄するにはどうも深刻な空気が漂っていたのでひとまず口は噤むことにする。そして要するにその『国民』達と今さら不用意に顔を合わせたくないということらしい。傍若無人の四文字を背負って生きているような堕王子にしては珍しく繊細な理由だと妙に感心したフランだったが、ベルがつぶやくように付け足した「時効も適用外だろーしな」という物騒な一言が耳に入った瞬間にこれ以上の深入りはやめようと心に誓った。今さら余罪がどうこう言える身ではないが、面倒ごとに巻き込まれるのはとにかく御免だ。

「で、どんな幻覚にします?サービスで聞きますよー」

「どんなんでもできんの」

目的地となる街が近づいてきた頃、フランの問いかけにベルは質問で返してくる。

「んー、目とか鼻とかパーツからひとつひとつ作るよりは、誰か実在する人の見た目を借りて一気に再現する方がホコロビは少なくなりますねー」

嘘ではないが、フラン程の腕があれば実はほころびなどはほとんど出ない。既存のイメージを使えば労力が少なくて疲れないというのがなによりの理由だったが、もちろんそんな余計なことは言わない。

「幹部の誰かの借ります?術士と被術者のイメージが一致する方が何かと動かしやすいですよー」

たとえば隊長とか、と言うと、ベルは首を振った。

「隊長はオレと一緒で面割れてるからだめ」

「マーモン先輩・・・はちょっと小柄すぎていろいろ不便ですねー。ボスはさすがにまずいですしルッス先輩かレヴィさんにします?」

「ぜってーやだ」

「じゃあ守護者の人たちとか・・・でもミーあんまり顔の細かいとことか覚えてないですけどー」

まあ瓜二つにする必要もないしそのあたりの誰かをベースにして覚えてないパーツは適当に作ればいいか、と考えて口に出そうとしたところでベルが口を開いた。

「おまえでいいじゃん」

「は?」

意味を図りかねて問い返すフランに、ベルは面倒くさそうに言う。

「いーよ、おまえで」

「ミーはどうするんですかー」

「誰か知ってるやつに化ければ」

「二人分出し続けるとか無駄に疲れるんでやですー」

こうなったらとことん疲れない方向で貸し1をもぎとってやろうと、生まれつきの省エネ思考を発揮してフランは言う。もともとが最小限の労力で結果を出すのがポリシーだ。それを聞いたベルは肩をすくめた。

「じゃあいーじゃん別に。双子っつーことで」

オレもともと双子だし、と関係ない上にいらない発言をはさんでくる堕王子に一度ため息をついてみせて、フランは結局その案を採用することにしたのだが。望みどおりの扮装で列車を下りた結果、ものの十分後には自分の決断を後悔することになった。

「あのーセンパイー」

「なんだよ」

「なんかミーたち微妙に目立ってる気ーするんですけどー」

ベルは小さな街だと言っていたが、降り立った駅を出た先は思いのほか賑やかだった。広場には市が立ち、色とりどりの花や絵画、古道具、野菜や果物を売る店が軒を連ねている。そして人々が行き交う大通りを肩を並べて歩くのは、小柄な背丈も透き通るような翠色の髪も瞳も何もかもがそっくり同じ二つのシルエット。すれ違う通行人から一様にちらちらと好奇の目線を送られているのは明らかに気のせいではない。元々目立つの好きじゃないし、とイヤそうに顔をしかめるフランに、気にせず飄々と歩くもう一人のフラン。もといベル。

「双子で出歩くとなにかと見られんだよ。慣れろ」

「ええー・・・」

服装くらい全然別にすればよかったと地味な後悔をするフランの視界に、午後の風にふわふわと揺れる翠緑の髪が映る。そろそろ髪を切りに行こう、と関係ないことを考えて自分の姿を映す鏡のような存在がすぐ隣に肩を並べて歩いている違和感から無理やり意識を外すことにした。もう始まってしまったのだから嘆いても仕方がない、できるだけ早く終わらそう、と心に強く決めながら。

To Be Continued...
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200万ヒット記念企画で、Keiさまにリクエストいただいた「『咲かずの王国』の続編」です。もう少しだけおつきあいいただけたら嬉しいです(深々)

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