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『きみにいえるただひとつの。』 (修&遊真小説)





手探りで電気のスイッチを押すと部屋の照明がついた。食事やミーティングに使われているらしい玉狛支部のリビング的存在のこの部屋の名前を修は知らなかったが、今のところそれで困ったことはまだない。部屋の中央に進み出て冷えたソファに腰掛け、体を背もたれに沈ませて目を閉じる。知らずため息が出た。

ここ数日の出来事が、走馬灯のように、というと少し違う気がするが、脳裏を駆け巡る。空閑遊真と名乗る少年が転校してきて、学校がトリオン兵に襲われて、嵐山隊と知り合って、街が爆撃されて、本部で昔の恩人と再会して、B級に昇格して・・・そして今日、日付が変わっているので正確には昨日、いくつかのアクシデント的な事件を経て修は玉狛支部に転属した。つい一ヶ月も前には想像もできなかった世界が自分の前にどんどん開けていくようで、性格上、大慌てしたり取り乱したりすることが少ない修にとってさえ、めまぐるしい、という表現がふさわしい日々。そしてこれからはチームの二人と共に訓練に励む毎日が待っている。厳しいトレーニングになるだろう。長かった一日が終わり今後に備えて十分に休養をとるべきだと頭では分かっているものの、昼間からの興奮が残っているのか目が冴えてしまって客用個室のベッドに横になってもまったく眠れなかった。

ならばいっそ、と起きてきたはいいが行くあてもなく、とりあえずあまりうろうろするのも怪しいのでこの共用スペースらしき部屋にたどり着いた、というのがことの経緯である。いまだ襲ってきてくれない眠気を誘うように眼鏡の下の目をこすって天井を見上げてぼんやりしていると、不意に背後のドアが開く音がした。

驚いて振り向くと、立っていたのは大きめのシャツとジャージのズボンに身を包み白い髪を悪戯にハネさせた姿。

「なんだ、オサムか」

電気がついてるのが見えたからな、などと独り言のように言いながら小柄な級友は飄々とした足取りで当たり前のように修のそばに寄って来ると、よっこいしょ、などと爺くさい掛け声を発しながら向かいのソファに腰掛けた。暖房が切れた部屋で寒そうに身体を丸めて両手をこすりあわせ、そのくせ床に届かない足は素足のままで、こんな夜半でも部屋を出るときにはきちんと靴下とスリッパを履いてきてしまう修とはその足元だけを見ても対照的だった。

「空閑・・・どうしたんだ?」

壁にかかる時計を確認すれば、針は二時四十五分を差している。真夜中といって差し支えのない時間に同じ部屋に二人が揃う不思議。

「やっぱり大きいなーこれ。ちびすけやしおりちゃんのよりはって思って迅さんの借りたけど」

修の質問には答えず、遊真は口をとがらせながら不服そうに服のすそを引っ張っている。いくら小柄とはいえ陽太郎のパジャマではさすがに無理だし女性である宇佐美のパジャマを借りるのには抵抗があったのだろう、しぶしぶ迅に借りたパジャマ代わりになりそうなシャツはいまだ十一歳のままの体型の遊真にとってはだいぶ布があまる結果になっていた。

「・・・空閑」

「ん?」

名前を呼ばれた遊真は、口をとがらせた表情のまま顔を上げる。同じ年齢にも関わらず幼さの残る顔立ちは、それでも目だけは鋭い、と修はいつも思う。

「ありがとうな」

「へ?」

なにをまた改まって、と言いたそうな顔で大きな目を瞬かせる遊真に、修は少し照れながらも言葉をつむぐ。

「僕と千佳とチームを組んでくれたことだ。このさき何度も言うのもしつこいから今のうちに言っておく。ありがとう、空閑」

夜中に書くメールは恥ずかしい、などという言葉を聞いたことがあるが、確かに昼間には言いづらいことも夜なら言えることが時々ある。言ってしまってからまた少し恥ずかしくなったが、出してしまった言葉は取り消せないし、何より本心には違いなかったので修は眼鏡を押さえながら遊真の顔を伺った。当の遊真は、しばらくきょとんとしたあと、ニヤリ、という表現が似合いそうな笑みを浮かべる。

「風呂のあと、廊下でチカと会ったんだけど」

「は?」

首をかしげる修に、遊真は言う。

「同じこと言われたぞ。しつこいかもしれないけど本当にありがとう、だってさ」

「・・・僕も言われた。さっき、寝る前に」

「そっか」

ニッと笑って、遊真は床に着かずにぶらぶらさせていた足をソファの上に引き上げた。体育座りのように両手で抱えこんだ膝の上にあごを乗せて口元を緩ませている。

「そんで?オサムはなんて答えたの?」

野暮なら聞きませんけど、などとからかうような口調で言いながら体を前後に揺らす遊真に、うるさいそんなんじゃない、と返しながらも修は自分の頬が熱くなるのを感じた。ごまかすようにまた眼鏡を直す。

「僕にしたら、千佳にも『ありがとう』なんだって言ったよ」

「ほう?」

「僕がボーダーに入ったきっかけは千佳だし、だから今おまえともこうしていられる。大変なこともあるけど、自分の人生がなんとなく張り合いのある賑やかなものになっていってる気がするんだ」

だから、千佳にもありがとうって言ったんだ。顔を紅潮させながらも言い切る修を見て、遊真は楽しそうに唇を曲げる。

「やっぱりオサムは変わってるな。おれたちの年で、自分の人生が~なんて言わないぞふつう」

「なっ・・・うるさい!僕はおまえが聞いたから答えただけで」

「はいはい」

「・・・っ!もう寝る!おまえも早く寝ろ!」

ニヤニヤと笑われて、修は照れくささのあまりソファを蹴るようにして立ち上がった。そのままきびすを返したとき、背中に投げられる遊真の少しだけ高い声。

「あのな、オサム」

さっきまでの茶化すような言い方はなりを潜めた真面目な声音に、ドアノブに手を掛けていた修は足を止める。

「なら、おれからも二人に『ありがとう』だ」

「・・・空閑?」

思わず振り向いた修の視界に映るのは、広いソファの上で小さな膝を抱えてこちらを見据えてくる紅い一対の瞳。

「近界民のおれを受け入れて、引き止めて、チームに誘ってくれて」

言いながら遊真は目を細めて笑う。

「このさき何度も言うのもしつこいから今のうちに言っておく。ありがとう、オサム」

射抜くような瞳。迷いも嘘も恐れもそこにはなくて、レプリカに聞かされた彼の凄惨な過去を思えば、彼がいまだ正気を保ち自分に対してそんなセリフを投げかけてくれることはまるで『奇跡』。そんな非日常的な言葉が修の頭をよぎった。

「・・・ああ」

おまえのすべてを信じる、なんて簡単に言えることじゃないからまだ言わないけれど。
出会ってから今までこの目で見てきたことなら、信じられるから。

僕はおまえを信じる。おまえが僕を信じてくれたように。

胸中にうずまく思いを肯定の言葉に乗せて、修は口元に笑みを浮かべて頷いた。

THE END
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