『その瞳に映る世界』 (出水&佐鳥小説)
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・
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「先輩ー」
「・・・・・・」
「ねー先輩ー」
「・・・・・・」
覇気のない間延びしたトーンでしつこく呼んでくる声を綺麗に無視して、出水公平は手元の英文に意識を集中した。一ヶ月も前に出されている英語の長文読解の課題、防衛任務を言い訳に提出を遅らせてきたのは事実半分、サボり半分。だがその言い訳もそろそろ限界、明日には提出しなければまずいことになりそうなこの局面。頭は文章の区切り目を探すのに、左手は電子辞書をたたくのに、右手は訳文を書き取るのに忙しい。向かいの席でだらだらぐだぐだと机に頭を転がしている後輩の相手をしている暇などない。どこにもない。
「いーずーみーせんぱーいってばぁー」
「・・・・・・」
「ぃいーーずぅーーみぃーーせんぱぁぁーーいぃぃーー」
だが、この異様に打たれ強く前向きかつポジティブ思考な後輩は、いっさい返事が返されないにも関わらずもう十分以上も牛のような声を発し続けている。構ってほしいのだろう。それは分かっているが、こちらにもこちらの事情というものがある。
「ぃいーーずぅーー」
「うるっせえええ!!!」
ダァン、と机を思い切り拳で叩いて、出水は大声を出した。同時にがば、と顔を上げた佐鳥の顔に浮かぶのは満面の笑み。なんだその散歩に連れて行ってもらえる犬みたいな反応は、と出水は怒鳴りつけておきながらも呆れてため息が出そうになった。
「わ、やった!先輩起きた」
「寝てねえよバカ!」
どこをどう見たら寝ていたようにそして今起きたように見えるのか。勉強してんだよおれは、と憤慨しながら出水はシャーペンの芯をカチカチと鳴らす。この馬鹿な後輩の無自覚に毒気を抜いてくるところは嫌いではない。長所と言ってもいいだろう。しかし繰り返すが、こちらにもこちらの事情というものがある。
ここはボーダー本部にある資料室、その一角にある調べ物用のスペースで、机がひとつに向かい合わせの椅子が二脚用意されている。静かで自習にいいから、と出水にその場所を教えてくれたのは同じ学年の奈良坂だったが、彼の姿をこの部屋で見かけたことはまだない。代わりに今日はこのうるさい後輩が自分の前の席に、先ほどから何をするでもなく陣取っては牛のような声を上げ続けているというわけだ。
「なにしてんだよさっきから。もう帰れおまえ」
「そんなあ」
情けない声を出す佐鳥をそれきり放置して、出水はまた顔を伏せてノートに目線を落とす。あと三ページ。先はまだ長い。
「先輩ー」
「・・・・・・」
「先輩オレ、シューターに転向しようかと思うんだけど」
「・・・・・・はあ!?」
不意に耳に飛び込んできた言葉に、出水はさすがに驚いて顔を上げた。パキ、と小さな音を立ててシャーペンの芯が折れ飛ぶ。
「なに言ってんのおまえ」
「え、だめ?」
「だめとかじゃなくて」
広げていたノートを思わず閉じて、出水はやっと佐鳥の顔を正面から見た。広い額を見せるように上げた前髪。初対面の頃から視力がいいと自慢していた目。今は少し拗ねたように曲げている唇。いつもの佐鳥だ。いつも通りすぎる佐鳥だ。
「狙撃手でA級まで来たのに。なんで今さら」
「あのね出水先輩」
机に両肘をついて手のひらにあごを乗せ、佐鳥は軽く頬を膨らませて唸るように言う。
「狙撃手って結構しんどいとこあるっていうかさあ、出水先輩とか前線組の人たちがドカドカやってるときに後ろにこそっと潜んでる感じでさあ、味方が絶賛ピンチ中でもダイレクトに割って入って守るとかできなくてさあ、じっと我慢して機を窺うっていうの?してないとでさあ」
もどかしいときあるんだよね、と佐鳥はいつもの顔でいつもの声で、いつもの明るさを残したまま、言った。
「でもうちの隊には優秀なオールラウンダーが三人もいるし?だったらシューター考えるっしょ普通」
「本気なのか」
出水は少し混乱しながらも慎重に言葉を探す。英文読解と同じくらい苦手な作業だが仕方がない。これは思ったより深刻な相談なのかもしれない、と少しだけ焦る気持ちもあった。
「嵐山さんには言ったのか」
出水の目を真っ直ぐに見返していた佐鳥は、それを聞いて首を横に振る。言えないよ、という言葉が唇から小さく漏れた。
「出水先輩にしか言えない。言えないよ・・・こんな嘘」
「・・・はあ!?」
憂いすら帯びての真剣な横顔から漏らされた最後の単語。耳に届くなり目を見開いて大声を上げる出水の目に映る佐鳥、その顔がみるみる楽しそうに歪み、一瞬の間の後には背もたれにのけぞって大笑いし始めた。
「ひっひひっ・・・!出水先輩の顔・・・顔!ちょっほんとマジ・・・やばい腹痛い!オレが狙撃手やめるわけないじゃん!うわ先輩こういうの弱いんだ!」
「さっ・・・」
佐鳥てめえ殺すまじ殺す、と呟いて蹴るように席を立ち、出水は机を回り込んでイーグレットちゃんマジ愛してるしさあ、などと言いながら涙を流して笑い転げる佐鳥の隣に立った。
「ついていい嘘と悪い嘘があんだろ!小学生か!」
「だ、だって」
その顔を見上げて服の袖で涙をぬぐいながら、佐鳥は口をとがらせる。
「だって先輩オレのこと本気で無視するし!いーじゃんちょっとくらい可愛い後輩に騙されてくれたって!」
「だ・れ・が・可愛い後輩だ?死ね今すぐ死ね!」
「わっわっ、ちょっと待っ!」
振り上げられた両手、そのまま頬を思い切りつかまれたのち左右にめいっぱい引き伸ばされて、佐鳥は痛い痛い痛い、とわめきながら足をばたつかせて、鬼の形相の出水に向かって手を合わせる。
「ご、ごめんなひゃい!ごめんなひゃい!ひずみへんぱい!」
「奢れ」
「へう?」
「なんか奢れ。でなきゃ殺す」
笑いすぎの涙と頬の痛みの涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、がくがくと首を縦に振る佐鳥の両頬からようやく手を離して、出水はフンと鼻を鳴らすとまた机を回り込んで自分の腰掛けていた椅子まで戻ってきた。机上に散らばせていたシャーペンと消しゴムをペンケースに突っ込み、教科書とノートと電子辞書ごと乱暴な手つきでバッグに放り込む。
「え、先輩もういいの?勉強は?」
「もーいい。やる気失せた。腹減った。パンケーキ食いたい」
「あ、うん、パンケーキいいねパンケーキ」
「店で一番高いの頼んでやるから覚悟しとけクソガキ」
鋭い眼光で思い切り睨みながら言い捨てて、バッグを肩に掛けてさっさと出て行く出水。その背中を、佐鳥は慌てて追いかけた。
・
・
・
「おまえあれ本気で言ってんじゃないだろうな」
三門市屈指の名店と誉れ高いパンケーキ専門店。窓際のテーブルに座り運ばれてきた焼きたてのパンケーキにナイフを入れながら、出水は聞いた。
「へ?あれって?」
トッピングほぼ「全部乗せ」状態でホイップクリームだのイチゴだのバナナだのアイスだのベリーだの、がてんこ盛りになったパンケーキを前にした佐鳥は、出水の言葉にきょとんとしている。へ?じゃねえよ馬鹿、と思いながら出水はいらいらとパンケーキを咀嚼して飲み込み、水のコップに手を伸ばす。
「狙撃手やってるともどかしい、ってやつだよ。本気で言ってんじゃないだろうな」
嘘と知れてしまえばいかにも白々しかった佐鳥の態度だが、あの部分だけは妙にリアリティを感じて、それですっかり騙されたのだ。掘り返すのもなんだが一応聞いておこう、と考える出水。もし本気でそう思っているなら根が深い。そう感じたからだ。
「あーあれね」
口の周りをホイップクリームまみれにしながら、佐鳥はくすくすと笑う。
「そんな風に思って、嵐山さんに言ったことならある。昔だけど」
「嵐山さんに?」
「そう」
ナプキンで口を拭きながら、佐鳥はうなずいた。
「まだ今ほど実戦に慣れてないときでさ。年下の木虎とか同じ年のとっきーとかがボロボロになって戦ってんのに、オレなんで隠れてんだろうって。オレも弧月とかスコーピオンとか持ってみんなを守りながら戦えるようになった方がいいんじゃないかって」
「へえ」
莫大なトリオン量を持ち、性格的にも前線向きと判断されて前評判通りA級1位チームの隊員にまで上り詰めている出水には想像したこともない悩みだった。少し興味を引かれて、佐鳥の次の言葉を待つ。
「そしたら嵐山さんがさ。賢は真面目だなーって笑ったあとに、おまえが後方を固めてくれるから俺たちは思い切り戦えるし、作戦が何倍にも広がるんだぞって言ってくれて」
「・・・普通だな」
「普通でしょ」
佐鳥は笑いながら、大きないちごにフォークを突き刺す。
「でもその『普通』がオレには嬉しくてさ。あーもうオレらの隊長最高、って」
太刀川さんはそういうこと言わなさそうだよね、といちごにかじりつきながら言う佐鳥に、まあな、と返しながら、出水は頬杖をついて窓の外を見た。冬の夜は早い。暗い窓に映る自分が、真っ直ぐに自分を見返している。
「・・・太刀川さんは」
「え?」
「嵐山さんや風間さんみたいに後輩の面倒すごく見るタイプじゃないし、どっちかって言うとオレについてこれる奴だけついてこいみたいなとこあるけど」
「あーそんな感じ」
フォークをくわえたままうなずく佐鳥。その目の前の皿いっぱいに盛られていたはずのスイーツは、いつの間にか影も形もなくなろうとしている。対して、シンプルにメープルシロップだけが添えられた出水のパンケーキはまだ半分以上が残されていた。パンケーキが本当に好物なのは、実は出水ではなく佐鳥だ。
「でもそれはそれでいいかなって。太刀川さんについてける奴なんてそういないし。おれはおれで強くなるし、あの人はあの人でもっと強くなるし」
「うんうん」
佐鳥はうなずいて、スプーンで皿のクリームをきれいにすくい取って口に運ぶ。
「結局あれだね。『うちの隊長がいちばん』!」
「恥ずかしいこと言ってんなよ」
出水はテーブル越しに伸ばした手でぺち、と佐鳥の額をはじく。痛い、とつぶやきながら佐鳥はなんだかとても嬉しそうに笑った。
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「先輩ー」
「・・・・・・」
「ねー先輩ー」
「・・・・・・」
覇気のない間延びしたトーンでしつこく呼んでくる声を綺麗に無視して、出水公平は手元の英文に意識を集中した。一ヶ月も前に出されている英語の長文読解の課題、防衛任務を言い訳に提出を遅らせてきたのは事実半分、サボり半分。だがその言い訳もそろそろ限界、明日には提出しなければまずいことになりそうなこの局面。頭は文章の区切り目を探すのに、左手は電子辞書をたたくのに、右手は訳文を書き取るのに忙しい。向かいの席でだらだらぐだぐだと机に頭を転がしている後輩の相手をしている暇などない。どこにもない。
「いーずーみーせんぱーいってばぁー」
「・・・・・・」
「ぃいーーずぅーーみぃーーせんぱぁぁーーいぃぃーー」
だが、この異様に打たれ強く前向きかつポジティブ思考な後輩は、いっさい返事が返されないにも関わらずもう十分以上も牛のような声を発し続けている。構ってほしいのだろう。それは分かっているが、こちらにもこちらの事情というものがある。
「ぃいーーずぅーー」
「うるっせえええ!!!」
ダァン、と机を思い切り拳で叩いて、出水は大声を出した。同時にがば、と顔を上げた佐鳥の顔に浮かぶのは満面の笑み。なんだその散歩に連れて行ってもらえる犬みたいな反応は、と出水は怒鳴りつけておきながらも呆れてため息が出そうになった。
「わ、やった!先輩起きた」
「寝てねえよバカ!」
どこをどう見たら寝ていたようにそして今起きたように見えるのか。勉強してんだよおれは、と憤慨しながら出水はシャーペンの芯をカチカチと鳴らす。この馬鹿な後輩の無自覚に毒気を抜いてくるところは嫌いではない。長所と言ってもいいだろう。しかし繰り返すが、こちらにもこちらの事情というものがある。
ここはボーダー本部にある資料室、その一角にある調べ物用のスペースで、机がひとつに向かい合わせの椅子が二脚用意されている。静かで自習にいいから、と出水にその場所を教えてくれたのは同じ学年の奈良坂だったが、彼の姿をこの部屋で見かけたことはまだない。代わりに今日はこのうるさい後輩が自分の前の席に、先ほどから何をするでもなく陣取っては牛のような声を上げ続けているというわけだ。
「なにしてんだよさっきから。もう帰れおまえ」
「そんなあ」
情けない声を出す佐鳥をそれきり放置して、出水はまた顔を伏せてノートに目線を落とす。あと三ページ。先はまだ長い。
「先輩ー」
「・・・・・・」
「先輩オレ、シューターに転向しようかと思うんだけど」
「・・・・・・はあ!?」
不意に耳に飛び込んできた言葉に、出水はさすがに驚いて顔を上げた。パキ、と小さな音を立ててシャーペンの芯が折れ飛ぶ。
「なに言ってんのおまえ」
「え、だめ?」
「だめとかじゃなくて」
広げていたノートを思わず閉じて、出水はやっと佐鳥の顔を正面から見た。広い額を見せるように上げた前髪。初対面の頃から視力がいいと自慢していた目。今は少し拗ねたように曲げている唇。いつもの佐鳥だ。いつも通りすぎる佐鳥だ。
「狙撃手でA級まで来たのに。なんで今さら」
「あのね出水先輩」
机に両肘をついて手のひらにあごを乗せ、佐鳥は軽く頬を膨らませて唸るように言う。
「狙撃手って結構しんどいとこあるっていうかさあ、出水先輩とか前線組の人たちがドカドカやってるときに後ろにこそっと潜んでる感じでさあ、味方が絶賛ピンチ中でもダイレクトに割って入って守るとかできなくてさあ、じっと我慢して機を窺うっていうの?してないとでさあ」
もどかしいときあるんだよね、と佐鳥はいつもの顔でいつもの声で、いつもの明るさを残したまま、言った。
「でもうちの隊には優秀なオールラウンダーが三人もいるし?だったらシューター考えるっしょ普通」
「本気なのか」
出水は少し混乱しながらも慎重に言葉を探す。英文読解と同じくらい苦手な作業だが仕方がない。これは思ったより深刻な相談なのかもしれない、と少しだけ焦る気持ちもあった。
「嵐山さんには言ったのか」
出水の目を真っ直ぐに見返していた佐鳥は、それを聞いて首を横に振る。言えないよ、という言葉が唇から小さく漏れた。
「出水先輩にしか言えない。言えないよ・・・こんな嘘」
「・・・はあ!?」
憂いすら帯びての真剣な横顔から漏らされた最後の単語。耳に届くなり目を見開いて大声を上げる出水の目に映る佐鳥、その顔がみるみる楽しそうに歪み、一瞬の間の後には背もたれにのけぞって大笑いし始めた。
「ひっひひっ・・・!出水先輩の顔・・・顔!ちょっほんとマジ・・・やばい腹痛い!オレが狙撃手やめるわけないじゃん!うわ先輩こういうの弱いんだ!」
「さっ・・・」
佐鳥てめえ殺すまじ殺す、と呟いて蹴るように席を立ち、出水は机を回り込んでイーグレットちゃんマジ愛してるしさあ、などと言いながら涙を流して笑い転げる佐鳥の隣に立った。
「ついていい嘘と悪い嘘があんだろ!小学生か!」
「だ、だって」
その顔を見上げて服の袖で涙をぬぐいながら、佐鳥は口をとがらせる。
「だって先輩オレのこと本気で無視するし!いーじゃんちょっとくらい可愛い後輩に騙されてくれたって!」
「だ・れ・が・可愛い後輩だ?死ね今すぐ死ね!」
「わっわっ、ちょっと待っ!」
振り上げられた両手、そのまま頬を思い切りつかまれたのち左右にめいっぱい引き伸ばされて、佐鳥は痛い痛い痛い、とわめきながら足をばたつかせて、鬼の形相の出水に向かって手を合わせる。
「ご、ごめんなひゃい!ごめんなひゃい!ひずみへんぱい!」
「奢れ」
「へう?」
「なんか奢れ。でなきゃ殺す」
笑いすぎの涙と頬の痛みの涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、がくがくと首を縦に振る佐鳥の両頬からようやく手を離して、出水はフンと鼻を鳴らすとまた机を回り込んで自分の腰掛けていた椅子まで戻ってきた。机上に散らばせていたシャーペンと消しゴムをペンケースに突っ込み、教科書とノートと電子辞書ごと乱暴な手つきでバッグに放り込む。
「え、先輩もういいの?勉強は?」
「もーいい。やる気失せた。腹減った。パンケーキ食いたい」
「あ、うん、パンケーキいいねパンケーキ」
「店で一番高いの頼んでやるから覚悟しとけクソガキ」
鋭い眼光で思い切り睨みながら言い捨てて、バッグを肩に掛けてさっさと出て行く出水。その背中を、佐鳥は慌てて追いかけた。
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「おまえあれ本気で言ってんじゃないだろうな」
三門市屈指の名店と誉れ高いパンケーキ専門店。窓際のテーブルに座り運ばれてきた焼きたてのパンケーキにナイフを入れながら、出水は聞いた。
「へ?あれって?」
トッピングほぼ「全部乗せ」状態でホイップクリームだのイチゴだのバナナだのアイスだのベリーだの、がてんこ盛りになったパンケーキを前にした佐鳥は、出水の言葉にきょとんとしている。へ?じゃねえよ馬鹿、と思いながら出水はいらいらとパンケーキを咀嚼して飲み込み、水のコップに手を伸ばす。
「狙撃手やってるともどかしい、ってやつだよ。本気で言ってんじゃないだろうな」
嘘と知れてしまえばいかにも白々しかった佐鳥の態度だが、あの部分だけは妙にリアリティを感じて、それですっかり騙されたのだ。掘り返すのもなんだが一応聞いておこう、と考える出水。もし本気でそう思っているなら根が深い。そう感じたからだ。
「あーあれね」
口の周りをホイップクリームまみれにしながら、佐鳥はくすくすと笑う。
「そんな風に思って、嵐山さんに言ったことならある。昔だけど」
「嵐山さんに?」
「そう」
ナプキンで口を拭きながら、佐鳥はうなずいた。
「まだ今ほど実戦に慣れてないときでさ。年下の木虎とか同じ年のとっきーとかがボロボロになって戦ってんのに、オレなんで隠れてんだろうって。オレも弧月とかスコーピオンとか持ってみんなを守りながら戦えるようになった方がいいんじゃないかって」
「へえ」
莫大なトリオン量を持ち、性格的にも前線向きと判断されて前評判通りA級1位チームの隊員にまで上り詰めている出水には想像したこともない悩みだった。少し興味を引かれて、佐鳥の次の言葉を待つ。
「そしたら嵐山さんがさ。賢は真面目だなーって笑ったあとに、おまえが後方を固めてくれるから俺たちは思い切り戦えるし、作戦が何倍にも広がるんだぞって言ってくれて」
「・・・普通だな」
「普通でしょ」
佐鳥は笑いながら、大きないちごにフォークを突き刺す。
「でもその『普通』がオレには嬉しくてさ。あーもうオレらの隊長最高、って」
太刀川さんはそういうこと言わなさそうだよね、といちごにかじりつきながら言う佐鳥に、まあな、と返しながら、出水は頬杖をついて窓の外を見た。冬の夜は早い。暗い窓に映る自分が、真っ直ぐに自分を見返している。
「・・・太刀川さんは」
「え?」
「嵐山さんや風間さんみたいに後輩の面倒すごく見るタイプじゃないし、どっちかって言うとオレについてこれる奴だけついてこいみたいなとこあるけど」
「あーそんな感じ」
フォークをくわえたままうなずく佐鳥。その目の前の皿いっぱいに盛られていたはずのスイーツは、いつの間にか影も形もなくなろうとしている。対して、シンプルにメープルシロップだけが添えられた出水のパンケーキはまだ半分以上が残されていた。パンケーキが本当に好物なのは、実は出水ではなく佐鳥だ。
「でもそれはそれでいいかなって。太刀川さんについてける奴なんてそういないし。おれはおれで強くなるし、あの人はあの人でもっと強くなるし」
「うんうん」
佐鳥はうなずいて、スプーンで皿のクリームをきれいにすくい取って口に運ぶ。
「結局あれだね。『うちの隊長がいちばん』!」
「恥ずかしいこと言ってんなよ」
出水はテーブル越しに伸ばした手でぺち、と佐鳥の額をはじく。痛い、とつぶやきながら佐鳥はなんだかとても嬉しそうに笑った。
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THE END
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