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『のばされた手とこたえる指先』(スクアーロ&ベル小説)

長い任務明けの心なしか気だるい身体で自室の扉を開けると、しんとした闇にほのかな砂糖の香りが溶けていた。自分の部屋にそぐわない甘い香りの余韻に、スクアーロは扉に手を付いた姿勢のまま鼻をひくつかせて眉をひそめる。

残り香というにはやや重いそれは、日付の変わりかけた深夜にも関わらずほんの少し前までここにいた誰かが菓子の類を口にしていたことを示唆しているが、実は部屋に入る前から廊下に取り付けられた機械によって侵入者の存在は知らされていた。中に人がいる、と赤いランプを明滅させて注意を促していたその小さな箱は、一月ほど前にボンゴレ9代目からヴァリアー宛に贈られた「クリスマスプレゼント」だ。

未来世界でのミルフィオーレファミリーの技術をヒントに、ファミリーのエンジニアが総力を挙げて開発した最新のセキュリティシステム。ボンゴレ本部を守る強固なそれと同じものが最近になってヴァリアーの城にも導入されて、そのうちのひとつがこの幹部の私室の扉に施された静脈認証システムだった。これさえあれば、例えまやかしを得意とする霧の術士でも人目を忍んで部屋に入ることはできないという優れもの。しかしその頼もしい性能にも関わらず、辛口のマーモンには「お節介のかたまり」と評され、XANXUSの部屋のそれに至っては取り付けた初日に主の手によって木っ端微塵に破壊されてしまった。ちなみにスクアーロはといえば、逆にそこまでの興味も持てなかったため付けたままにさせていて、今日赤いランプを見るまではその存在すら忘れ去っていたというまさに悲運の機械である。

これでは9代目も浮かばれまいと思うものの、そんな各々の反応を贈る前から見越していそうなところがあのドン・ボンゴレの食えないところだ。そんなことを考えながら電気のスイッチを手探りで押したスクアーロの眼前に広がったのは、何も置かずに出たはずのテーブルの上に華々しく食べ散らかされたスナック類の袋、半分も飲まれていないジュースのグラス、わずかにクリームを残したケーキ皿、一口ずつかじられたドーナツの山、等々のポップでファンキーな光景だった。死屍累累の菓子の残骸。まったくプライバシーも何もあったもんじゃねぇ、と諦観のため息とともにスクアーロは窮屈なジャケットから腕を抜く。

犯人の目星はとっくについている。そもそもこの部屋のシステムに静脈を登録しているのも自分以外には二人しかおらず、そのうちの一人である横暴な上司とはさきほど任務報告を終えて別れたばかりだ。そうなれば侵入者はおのずと一人に絞られる。

テーブルの掃除は城おかかえのメイドに任せるだけなので腹も立たないが、それより気になるのは奥にある寝室から漏れるかすかな人の気配の方。スクアーロはすでに解きかけていたネクタイを完全に取り去るとジャケットごと丸めてソファの背に放り投げ、絡みつく銀色の長い髪を手で梳きながら一度首を回す。そのまま寝室へと続くドアに大またで近づき躊躇なく押し開けた。

部屋の壁際に置かれた広いベッドの上、毛布をかぶった人一人分のふくらみ。招かれざる客。まずその毛布自体が見慣れた自分のものではなく、むしろ手の掛かる王子殿下が引きずって廊下を歩きまわったり自室で胸に抱え込んだりしているのを見た記憶しかない。壁の方を向いていて表情は見えないが、それでも目立つ金色の髪。

まったく、と肩をすくめて、ひとまず寝ているならと点いたままの灯りを消そうと壁のスイッチに手を伸ばしたとき、視界の端で空色の毛布が揺れ動いた。手を止めて目線を送ると、毛布の端から見慣れたかたちの手の指がそろそろと這い出してくる。華奢な甲まで出たところで止まる。そのまま何かをじっと待つかのような、沈黙。

スクアーロは唇を曲げてベッドに近づき腰を下ろすと、丸まった毛布の前に黙って片腕を放り出した。スプリングの弾みで察したのか、白い手はシーツの上を少しだけさまよったあとスクアーロの腕にたどりつき捕まえて、その手首にボーダーの袖から伸びた指をからめる。

硬い爪と細い指先。
それは少し冷えていて、それでも、人の肌らしく淡い熱をまとわせている。

ベルが十歳に満たないほどに幼かった頃は、小さな身体をそれこそ城のどこにでも横たえてすうすうと寝息を立てている姿をよく見かけた。そんな奔放な振る舞いの反面、なぜか柱や家具などの狭い隙間にこっそりと身を収めたがる奇妙な癖があって、その姿はまるで用心深い猫のようだと皆で笑った。

その後、身体の成長と共に隙間に入ることこそなくなったが、庭、温室、貴賓室、屋根の上、厨房のテーブルの下と、およそ考えつく限りの、そしてそこそこ清潔であると認められる場所のいたるところで寝てしまう悪癖は相変わらずだ。スクアーロの部屋も例外ではなく、XANXUSの長い不在の間は特に多かったように思う。

肩を上下させる呼吸のリズムは小さく、シーツの上に転がされた後頭部も髪の間からのぞく小さな耳も微動だにしないので、繋がれた手のぬくもりがなければ死んでいるのではないかと疑うほどだ。手首をシーツに落としたままスクアーロはできるだけその腕を動かさないように注意しながらベッドに浅く掛けていた腰を深く移動する。つま先が床から離れる。広いベッドの真ん中を占拠して薄い身体を沈ませるようにしながら毛布に包まっているベルの顔は相変わらず見えないが、息遣いに耳を澄ませ気配を観察するだけで起きているのか寝ているのかを判別できてしまう程度には付き合いが長い。厚い前髪に隠された瞳はときおり瞬きながら浅く開いているのだ、きっと。

(嘘は上手くなっても)

囚われた手をもてあまして手のひらを握ったり開いたりしながらスクアーロは思う。

(狸寝入りは上手くならねぇなぁ)

ベルが触れるのはなぜかいつも手首だった。普段の独善的な振る舞いからはかけ離れた繊細な手つきで、おずおずと手のひらではなく手首だけを握る。震えが伝わるほど控えめな力で、それでも確かに離しがたい意志をこめて。まるでそこにある脈を確かめるかのように義手ではなく血の通った腕を選ぶのも偶然ではないのだろうが、その理由についてベルが語ることはない。

「ベル」

「……」

「ベル。ただいま」

独り言のように呟くと、スクアーロはすっかり手持ち無沙汰の義手を伸ばして金髪の頭を軽くたたいてやった。ぽんぽん、と柔らかく弾ませるようにしてみた作り物の冷たい手は身体の一部としてすっかりなじんでいるが、やはり生身の手のように感覚を仔細に伝えてはくれない。それでも金糸のようにさらさらとこぼれる髪の手触りとほのかな温度を指先に感じた気がしたのは、すべてが錯覚なのだろうか。

自ら切り落とした腕に未練はない。しかしひとつだけ不便があるとすれば。

(寝たふり王子に手首つかまれたとき、逆手じゃうまく頭なでてやれないことだなぁ)

とてもとても限定された状況。スクアーロは唇の端で少しだけ笑ってベルの頭から指を離すと、ベッドサイドに投げ出してあった読みかけの本に手を伸ばして、痺れ始めた左腕と共に夜が更けるのに任せた。

偽りの寝息が、本物の寝息に変わるまで。

THE END
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(ただいま/おかえり/おやすみなさい)

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200万ヒット記念企画で、ゆうゆうさまにリクエストいただいた「ベルとスクアーロで仲良しな感じ」でした。兄属性通り越して保護者化する隊長が愛しい。この二人がとっても大好きです。

ゆうゆうさま、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!(深々)

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