『雷神丸を追え!<後編>』
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「つまり……嵐山さんたちが雷神丸を追いかけてあっちに走っていったんだな」
「そう。アラシヤマとか重くなる弾の人とか。たくさん」
目撃した遊真から状況を聞いたもののむしろ謎は深まるばかりで、修は困惑したように首をひねる。任務中だった修とC級隊員の遊真はいずれも忍田の通信を聞いていないので、結局なぜ雷神丸が追われているのか分からないままに二人はひとまず後を追うことにした。ランチはお預けになったが、玉狛支部の隊員として仲間の危機を放っておくわけにはいかない。
「ちびすけはどこいったんだ?」
雷神丸と追手たちが駆け去った方向に向かって並んで走りながら、そもそもなぜ雷神丸が本部をひとりでうろついているのかと疑問を口にする遊真に、修はたぶんだけど、と前置きして言う。
「林藤支部長についてきたんじゃないかな。陽太郎くんはさっきご飯のあとお昼寝していたから、雷神丸だけ散歩に出ていたのかもしれない」
「なるほど」
うなずきながらも、遊真はむう、と唸る。
「相棒が焼肉にされそうだってのに、呑気に寝てるのかちびすけは」
「だからそれは」
さすがになにかの間違いだろうと修が言葉を続けようとしたとき、行く手で派手な爆発音が響いた。爆風で吹き飛んだ木の枝や砂利が舞い上がる砂塵と共に二人の頭上にばらばらと降りそそぐ。思わず足を止めて腕で顔をかばう修を振り返り、遊真は目を細めた。
「なんだか物騒なことになってきたな。トリガー起動しとくか?オサムだけでも」
「いやでも」
言いかけた言葉をさえぎるかのように起こる二度目の爆発。いったい何が起きているんだ、と修は眼鏡を押さえながら砂煙の向こう側に目を凝らした。
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さて、この日非番だったA級隊は太刀川隊、嵐山隊、三輪隊の三隊。ちなみに初めのうちはそれなりの数のB級隊員も焼肉争奪戦に参加していたのだが、半分は雷神丸のあまりの俊足に勝ち目なしと諦めて引き上げていき、残りの半分はA級隊員たちの本気の剣幕に圧倒されてこちらも首を振りながら帰っていった。賢明な判断と言える。その結果、今はA級の三隊がもつれあいながら雷神丸を追ってひた走る状態となっていた。
「秀次!鉛弾!」
「わかっている!」
相手にケガを負わせることなく動きを止めるという意味で、今回のミッションにおいて三輪の鉛弾は非常に有効な手段だと思われた。そこで三輪以外の隊員、米屋・奈良坂・古寺はターゲットに直接的な危害を加えない捕獲用トリガーを手にして三輪のサポートに回り雷神丸を狙っているのだが。トリオン体相手の模擬戦ともトリオン兵相手の実戦とも違う「相手を傷つけずに捕らえる」という不慣れなさじ加減にみな悪戦苦闘していた。標的がとにかく素早いのだ。それに加えて。
「まただ!章平さがれ!」
「わあっ」
絶好の角度を捉えて、投網のようにネットを展開できる狙撃手向け捕獲用トリガーを構えた古寺の肘を奈良坂が思い切り引く。次の瞬間、古寺が通そうとした射線を分断するように強烈な光の弾が降り注ぎ地面にクレバスのごとき深い穴を空けた。困ったように眉を下げる古寺の肩を軽く叩いてやった奈良坂は、低い建物の屋根からふわりと飛び降りる影に向かって珍しく怒りの声を上げる。
「出水!いい加減にしないか!」
太刀川隊は開始早々に隊長の太刀川が単独で雷神丸を追う作戦に切り替えていて、出水は視野の広さと燃料切れ知らずの膨大なトリオンを武器に他チームの妨害に徹していた。攻撃手を退け狙撃手の射線を塞ぎ、当然浴びせられるブーイングも一顧だにせず涼しい顔で雷神丸と他チームとの間に光の弾幕を張る。さすがに人に当てるつもりはなく、ただ足を止めさせて集中を乱す腹積もりだということは皆分かっているが、分かっているだけに、一言言ってやらずにはすまなかった。代表して三輪が口を開く。
「おまえなに普通にアステロイド使ってるんだ!捕獲用トリガーはどうした!?」
「は、おまえらが大人しく捕獲用使うならおれは実戦用のままで行くさ。焼肉はおれたちがもらった!」
策士然とした顔で堂々と言い切る反則技に「汚ぇ」「イヤらしい」と罵声が飛ぶ。しかし意に介した様子もない出水を、三輪は歯噛みしてにらんだ。
「太刀川さんを行かせておまえは足止め役か。唯我はどうした?」
「インフルで死んでる。さ、この先は通さないぜ?」
会話の応酬の間にも出水はまた左手に巨大なアステロイドのキューブを出現させた。三輪隊の四人を相手に本気でぶつかろうとするほど出水は自惚れてはいないし、その上ベイルアウトを伴うような本気の私闘はもちろんご法度なので、今は相手を撹乱できればそれでいいのだ。右手をあけているように見えるのは狙撃を警戒してシールドを張っているのだろうが、片手だけでも並のシューターのフルアタックを上回る威力の弾を撃てる出水にはハンデにならない。三輪隊の面々は、目の前にニンジンをぶら下げられた馬のように手段を選ばず焼肉めがけて暴走する1位隊を前に苦い顔を見合わせた。
焼肉は食べたい。しかしだんだんと「おまえに勝たせてなるものか」という意地のようなものが頭をもたげてくるのもまた人情である。三輪と米屋はめくばせしあうと、揃って捕獲用トリガーから得意の実戦用トリガーに切り替えた。三輪の手にハンドガンが、米屋の手に槍が現れる。並び立つ両者を見て、出水は口の端を上げて笑った。
「応戦はまずいんじゃないか?隊務規定にひっかかるぞ」
自分の所業を差し置いてしゃあしゃあと言う出水に三輪が座った目で言い返す。
「これは私闘じゃなく組み手だ。そうだろ?」
「言うね。けど悪い、おれ今回は足止め役なんだ」
「逃がすか!」
笑みを浮かべながら雷神丸が走り去った方向に向けて大きく跳躍する出水の行く手を塞ぐようにして、三輪が銃の引き金を引きアステロイドを放つ。蒼天を駆け上がる光の帯と米屋の槍が交錯する。身軽にかわした出水は素早く建物の影に入り、三輪と米屋が遠隔攻撃を警戒して間合いをとったことを気配で確認するとポケットから素早くスマホを取り出し着信履歴の一番上にあった番号を押した。数度のコール音のあと、相手が出る。
「あー佐鳥?そっちどんな感じ?え?いまは敵だから話しかけるな?へえ、そういうこと言うんだ。まあ別にいいけど、おまえ今から何も仕事しちゃだめだから」
念のためにとさりげなくフルガードをかけて壁に背をつけ、突然の理不尽な通告に「は?」と間の抜けた声が返ってくるのを聞きながら出水は薄く笑った。
「さっきゲームしてるときさ、おまえのベッドの下見ーちゃった……あーいうの好きなんだ?いい趣味してるねー木虎と綾辻に言っていい?」
電話の向こう側で響く絶叫。そのまま通話を終わらせてスマホをポケットに滑り込ませた出水は、はい佐鳥かたづいた、とつぶやくとガードを解いて建物の影を飛び出した。おまえのベッドの下なんか見てねーよ、と内心で舌を出しながら。
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「三輪隊が出水先輩とぶつかってますね」
「それも気になるし、あと賢が応答しなくなった。巻き込まれてないといいんだけど」
固まって走りながら言葉を交わす木虎と時枝。出水の妨害を機敏に潜り抜け最終的には三輪隊に引き受けさせた形で、いま雷神丸に一番近い位置につけているのが実はこの嵐山隊だった。捕獲用トリガーを装填した銃を手にした嵐山が笑いながら返す。
「あいつらは優秀だが少し手荒すぎるからな。雷神丸は俺たちで安全に保護して、ついでに夜はみんなで焼肉といこう」
隊長の発破に、おー、と片手を突き上げて応える木虎と時枝。常に落ち着いて隊をサポートする彼らも、やはり今日の目当ては美味しい焼肉だった。前方にはすでに駆ける雷神丸の丸いお尻が見えている。基本的に疲れ知らずのトリオン体に散々追い回されてさすがのスタミナも尽きてくる頃、そこを狙おうという冷静な計算もあった。しかしそんな彼らの前に立ちふさがる影がひとつ。
「調子に乗るのもここまでだ、嵐山隊」
すらりとした長身のシルエットと自信に満ち溢れた表情、それに気取った物言いが絶妙なまでに見合っていて、ここが文字通りの戦場ならこれほど様になる姿もなかっただろう。しかし。
狙撃手と銃手の捕獲用トリガーはネットを飛ばすタイプだが、攻撃手の捕獲用トリガーは一言で言えば巨大な虫取り網である。もちろんただの虫取り網ではなく拡張や催眠など各種オプションが備わった超高性能虫取り網ではあるが、それでも見た目は結局虫取り網である。愛用の二刀流弧月の代わりに二本の虫取り網を携えた黒づくめのロングコートの男は、その堂々とした佇まいが逆に仇となって残念ながら外見的にはとてつもなく怪しい仕上がりとなっていた。その不審者然とした男ことA級1位隊隊長太刀川慶は、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「退け。今なら無駄な争いを生まずにすむ」
「退けません。雷神丸は……迅の友人は俺たちが守ります!」
ひとり真剣に言い返す嵐山の後ろで、あまりにも虫取り網の似合わない太刀川の姿に吹き出すのを必死にこらえる木虎と時枝。肩を震わせる彼らに、しかし太刀川は顎を上げて笑う。
「ふ、所詮他人のためか?そんな惰弱な動機の奴らにこの場を譲ることはできない」
「なぜです!なぜそこまで!」
「愚問だな嵐山。いや偽善と言うべきか。要は」
「……要は焼肉食べたいだけですよね太刀川さんは」
だだすべりする会話に、普段ならば隊長同士のやりとりに口を挟むことなどしない時枝がたまらず突っ込む。的確すぎる一撃に凍りつく場、一歩遅ければ私が突っ込むところだったわと脇でひそかに胸をなでおろす木虎だったが。
「黙れ時枝!俺は炭水化物も好きだがタンパク質も大好きなんだ!」
大真面目に怒鳴り返すと同時に一瞬で間合いをつめた太刀川は間髪入れずに右手を振るった。中空にネットが広がり、嵐山隊の三人はとっさに地面を蹴って散開する。弧月ではなく虫取り網を使ったところはまだ常識的といってもいいかもしれないが、刹那の攻撃を器用に避けた嵐山は眉間にしわを寄せて叫んだ。
「なぜ争うんですか!俺たちと協力しましょう!」
「いやだね!」
「なぜです!」
明確な否定に困惑する嵐山に、太刀川はこの上なく輝いた笑顔で言い放つ。
「俺はただ焼肉を食いたいんじゃない!おまえたちに勝って食いたいんだ!」
はっはっは、と高笑いをする大学生の姿に木虎と時枝の若き中高生組は(うわぁ……)と非常にしょっぱい顔を見せているのだが、自分に酔っている太刀川は気づいていない。
「太刀川さんは1位隊なんですから、そもそも俺たちより上位じゃないですか」
「ふ、そうして俺の戦意を削ぎ焼肉を手に入れるつもりだな。そうはいかないぞ」
話をまるで聞いていない太刀川に、さすがの嵐山も諦めまじりの苦笑いを浮かべる。
「どうしてもどいてもらえないなら仕方ない、この捕獲用トリガーで相手になりますよ」
「望むところだ」
開戦の合図だった。
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(なーんちゃって、ね)
出水先輩もツメが甘いんだから、とうそぶきながら人知れず移動していたのは嵐山隊の佐鳥だった。バッグワームを羽織り雷神丸の逃走コースと思われるポイントに先回りして壁に張り付き、狙撃銃を構える。
弱みを握られたのは痛かったが、それも嵐山隊が勝利した後に肉をこっそりお裾分けすれば口止め料としては充分だろう。先輩てば新境地を開拓しようとした時に限ってガサ入れしてくんだもんなあ困るよなあ、などと考えているうちに、予想通り角の向こうから四つ足の動物の駆ける音が近づいてくる。角を曲がるために少しだけスピードが落ちた瞬間を狙うのだ、狙撃ポイントの予想が的中したときほど気分のいいものはないと佐鳥はほくそ笑む。
(みんな待ってて、オレがいま勝利の焼肉を……って、あれ?)
佐鳥が潜んでいる物陰の前を、見覚えのある女の子が通り過ぎた。小柄な身長。華奢な体格。まっすぐでサラサラの黒髪。あれは確か、入隊式で壁をぶち抜いた……
基本的に一度会った女の子の顔は忘れない佐鳥である。ついでに名前も思い出そうとふと思考を緩めた隙に、彼女はそのままスタスタと角を曲がっていこうとした。
「あ、危ない!」
我に返った佐鳥は、ネットを放ちかけた銃を投げ捨てて急いで物陰から飛び出す。あちらも驚いたのか急ブレーキをかけるように足を引くカピバラの姿が目の端に映る。間に合って、と祈りながら伸ばした手が彼女の腕を引くよりも一瞬早く。
「きゃっ」
小さな悲鳴と共に無情にも上がる衝突音、しかし土壇場のブレーキが効いたのかそれは予想されたものよりもだいぶ軽かった。擬音にするなら『ぽこん』程度、そして舞い上がる砂煙が引くなか姿を現したのは。
「あ……え?」
空振りに終わった腕を宙に浮かせたまま言葉を失う佐鳥。事態の急変を察して、不毛な攻防を一時休戦したA級隊員たちが駆けつけてくる。そして呆気にとられた人々の目線の先には、腰を抜かしたように地面にぺたりと座り込む少女とその小さな膝に頭を乗せて安心したように耳をすりつける雷神丸の姿があった。どよめく人垣を割って、ようやく追いついた修と遊真が少女のそばに駆け寄る。
「千佳!?」
「修くん?遊真くん?」
膝の上で嬉しそうに鼻を鳴らす雷神丸の頭をイイコイイコと撫でてやりながら、千佳はきょとんとした顔で修と遊真、そしてその背後を取り囲むように立つボーダー隊員たちを見上げた。
「チカ大丈夫か?ケガは?」
「う、うん。平気」
「どうしてここに?」
「出穂ちゃんと訓練場で待ち合わせてて……えっと、どうしたの?」
ただごとではない雰囲気を察して困ったようにまばたきする表情はまるで暴れる一角獣を手懐けた乙女のような無垢さで、囲む一同の間から深い深いため息が漏れる。ゲームセット。そして慣れ親しんだ玉狛の匂いに喜んでいるのか、珍しく小さく鳴いた雷神丸の口から。
少しだけ湿ってはいるものの、原型をしっかりとどめた緑色の封筒がぽろりと零れ落ちた。
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「千佳ちゃんでかしたー!」
その日の夜。鬼怒田から支部宛に届けられた山盛りの高級霜降り肉を前にして、宇佐美は満面の笑みを浮かべながら胸に抱きこんだ千佳の頭をなでなでする。苦しそうにじたばたする千佳の隣に立つ小南も珍しく感心したような声を上げた。
「雷神丸を捕まえるなんて、やるわね……」
並み居るA級隊員を抑えて見事勝者となった千佳だったが。手紙を届けに行った会議室で涙を流して大喜びする鬼怒田に賞品のことを初めて聞かされ、私は何もしていませんからと困り顔になって固辞した。そんな謙虚な王者に賞品を受け取ることを半ば押し付けるようにして承諾させたのはもちろん当の鬼怒田、そして居合わせた忍田である。このままでは鬼怒田さんの気持ちも収まらないだろうし、ここは遠慮せずにもらって玉狛支部の皆で食べたらいいと優しく諭され、考えた末にようやく千佳は首を縦に振ったのだった。そして今、修たちの目の前では待ちかねた肉の到着を受けて焼肉の準備が着々と進められているところである。見たこともないような豊かな質感の肉に、腹ぺこ一同の期待とテンションは嫌が応にも高まっていた。
「迅さんトングもうひとつありますか?」
「あるよ。ほい、メガネくん」
「"くりすます"じゃなくても、やっぱりプレゼントといえば肉なんだな!」
「美味そうっすね……」
「こらとりまる!よだれがでてるぞ!」
「ビール飲みたくなるねえ」
「未成年ばかりですからね。つきあいますよ林藤さん」
ジュースとビールでの賑やかな乾杯から宴は始まり、やがて大量の焼肉が各々の腹に消えるころ。
昼間の代償とでもいうかのように、雷神丸は暖かな部屋の片隅で静かな寝息と共に夢の世界に旅立っていった。
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THE END
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