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『雷神丸を追え!<前編>』

「賢!行ったぞ!」
「OK嵐山さ……って速っ!なにあれ一瞬でスコープから消えた!」
「佐鳥先輩なにやってるんですか!しっかりしてください!」
「足止めしないと無理だよ、速すぎる。ですよね?嵐山さん」
「充の言うとおりだ!おれたちで囲んで賢のスナイプでしとめるぞ!」

「食らえ!メテオラ!」
「出水やりすぎだ!少し抑えろ!」
「って言ってる太刀川さんも完全にアタマ狙ってましたよねさっき?」
「いやもうイライラしてきたから!良いよなもう殺って良いよな!?」
「ダメです!」

「陽介回れ!左だ!」
「りょーかい……って、うわやばい砂煙やーばい!げほぉっ!」
「視界が……これじゃ当たんないです奈良坂先輩!」
「仕方ない、走るぞ章平」

昼下がりのボーダー本部、その広い前庭を手練れぞろいのA級隊員たちが足音高く駆け抜けて行く。降り注ぐ光弾の雨のなか攻撃手たちの刃が閃き狙撃手たちの銃が煌く。起動済みのトリガーを手にした彼らが血眼になって追い回しているのは突如襲来した未知のトリオン兵……ではなかった。
彼らの目線の先にいるのは、砂塵を巻き上げ猛スピードで疾走する一匹の動物。ここ日本の大地にはまったくもって不似合いな玉狛支部のケモノさまこと雷神丸だった。彼、いや彼女が走る前を後ろを隊員たちが駆け回り、しかしその驚異的な脚力と縦横無尽の逃走術に翻弄されているのが現状である。

いったいなぜこんな事態になっているのか。
それを説明するには、時間を少しだけ巻き戻さなければならない。

その日、ボーダー本部開発室長鬼怒田本吉は朝から上機嫌だった。

苦虫を噛み潰したようなしかめっ面がトレードマークで仕事にも厳しいことで有名な鬼の室長が、出勤してこのかた相好を崩しっぱなし。表情筋も緩みっぱなし。時間と共に上がり続ける口角に下がり続ける目尻、口元からこぼれそうな笑みを抑えるのに精一杯といった様子で浮かれたようにそわそわしている。時おり下手な鼻歌まで聞こえてくる。開発室勤務のエンジニアやデザイナーは、ボスの異変にいったいどうしたことだとデスクごしに頭を寄せてヒソヒソ声でささやき合っていた。
やがて時計の針が十二時を差すと、鬼怒田はいつになく機敏な動作でバッと机から立ち上がり、愛用のカバンをつかんだかと思うと「じゃっ!」と軽快な挨拶を残して風のように開発室から去って行った。残された部下たちはぽかんと口を開けて、ただ唖然とその背中を見送るのだった。

さてその鬼怒田は。開発室から少し離れた目立たない場所にある、自販機や観葉植物がぽつぽつと置かれた廊下脇の休憩スペースのソファに腰掛けてきょろきょろと首を回す。周囲に誰もいないことを確認すると、おもむろにカバンに手を入れて一通の手紙を取り出した。淡いグリーンの封筒に女の子らしい丸い字で書かれた宛先は、今は一人で住む自分の住所。鬼怒田本吉さま、と書かれた横に(パパ)と但し書きのように書かれた文字が愛おしい。月に一度だけ送られてくる、別れた妻と暮らす一人娘からの手紙である。鬼怒田は目を細めて思わず封筒に頬ずりした。
今朝郵便受けに入っているのを発見して、本当ならば夜にゆっくり読みたいところだが、待ちきれずについ持ってきてしまった。昼休みになったら落ち着いて読もうと楽しみにしていたのだ。高鳴る胸を押さえて、いざ、と深呼吸して封に手を掛けたとき。スーツの足元になにやら生暖かい息がかかる。

「んん?」

封を切ろうとした手を止めてテーブルの下を覗くと、いつの間に近づいていたのか犬よりも一回りほど大きな毛むくじゃらの動物がフンフンと鼻を鳴らしながら鬼怒田の服のにおいを嗅いでいた。見覚えのある硬そうな毛並み。玉狛で飼われているカピバラじゃないか、と鬼怒田は顔をしかめる。動物は嫌いではないが、今はそれよりも何よりも大切なものがある。邪魔はされたくなかった。

「飼い主はどうした?まったく、放し飼いにするとはけしからん」

ぶつぶつ言いながら、ほれほれあっちへ行けと手を払ったそのとき。迂闊にもテーブルに置いていた大切な手紙に肘が当たってしまった。軽い封筒は羽のようにひらりと舞って床に落ち、慌てた鬼怒田が急いで拾い上げようと手を伸ばすのよりも一瞬早く。
興味深そうに鼻を寄せた雷神丸が、その封筒を口の中にぱくりと咥え込んでしまった。

「あ」

思わぬことに固まる鬼怒田。その顔をイノセントに見上げる雷神丸。呆然と向き合う両者の間に流れる永遠のような時間、その一秒後に廊下に鬼怒田の絶叫が響き渡った。

「っあああああああ!!!!」

近くの部屋にいた全員が驚いて尻を浮かすほどの特大ボリューム、いったい何事かと廊下に顔を出す面々よりも誰よりも仰天したのは至近距離で轟音を浴びた雷神丸だった。普段は玉狛支部の誰よりも落ち着いているようにすら見える彼女だったが、瞬間的に野生のスイッチが入ってしまったのかビクッと飛び上がったかと思うと手紙をしっかりと咥えたまま一目散に駆け出して廊下の角を曲がり見えなくなってしまった。ちなみに本気を出したカピバラの全速力は車並みの時速50キロである。

「っあああああああ!!!!」

昼下がりのボーダー本部に、鬼怒田の二度目の悲鳴がこだました。

「いま何か聞こえませんでした?」

その事件現場からやや離れた場所にある会議室。薄いパイプ椅子に長身を持て余すようにして腰掛けていた太刀川が、怪訝そうな顔で背後のドアを振り返る。

「聞こえたな」

長机を挟んで向かいに座る忍田も、凛々しい眉を訝しげにひそめてうなずく。今は次の防衛任務についての打ち合わせ中。本部長として隊員を束ねる忍田とA級1位隊の隊長である太刀川は立場的に接点が多く、そして何より元師弟ということもあって、派閥の違いはあっても関係は至って良好だった。
その二人が会話を一時中断して不思議そうに顔を見合わせていると、今度はどたどたという騒々しい足音が廊下を近づいてくる。ついで、派手な音とともに会議室のドアが突き飛ばされるように開いた。

「し、しししし忍田君!!!!」

真っ青な顔で部屋に飛び込んできた鬼怒田は、脇で目をぱちくりさせている太刀川には目もくれずまっしぐらに忍田の前まで走ってくると、柄にもない焦りを滲ませた顔で懇願するように忍田の胸元をつかんだ。

「たたた助けてくれ!カピバラに!カピバラが!玉狛の!カピバラァ!」
「分かりました、分かりましたからちょっと落ち着いてください」

なにひとつ分かってなどいなかったが、パニックになっている鬼怒田をひとまず落ち着かせようと忍田は両手を広げてどうどう、となだめる。広い額に玉の汗を浮かべた鬼怒田は、焦りの色は残しつつも忍田の襟元から太い指を離してうなずいた。太刀川が横から差し出した湯呑をつかむとごくごくと喉を鳴らしてぬるい茶を飲み干し、ふうぅ、と大きな息をつく。

「いったいどうしたんです?」

険しい顔で尋ねる忍田とその後ろに立って腕組みをしている太刀川。椅子にへたり込むように座ってがっくりと肩を落とし、鬼怒田は二人に重い口を開いた。

「なるほど。では娘さんからの大事な手紙を、その、玉狛支部のカピバラが持っていってしまったと」

話を聞いた忍田は真剣な顔でうなずき、それは災難でしたねと気遣わしげに声を掛ける。真向かいの椅子に座った鬼怒田は悲しそうにうなだれた。

「私ひとりではどうにもならん。忍田君、隊員を貸してくれ。頼む。後生だ」

膝の上でこぶしを握りしめ、禿げた頭を躊躇なく下げる鬼怒田を見て、忍田は急いで椅子を降りると床に膝を付き優しく鬼怒田の手を取った。

「分かりました。非番の隊員を動員して娘さんの手紙を探しましょう」
「忍田君……!」

感極まったように目元を潤ませて忍田の手を両手で握り返す鬼怒田。見つめ合う上層部二人のかたわらで、太刀川は広い手のひらで癖毛を梳きながら首をかしげて言う。

「娘さんにもう一度書いて送ってもらったらどうですか?」
「なんだと!?」

太刀川の言葉を聞いた鬼怒田はしおらしげな様子から一転、忍田の手を離して振り向くと背後に立つ太刀川をキッとにらみつける。

「娘が一度書いた手紙はこの世に一枚だけだ!それに親権の関係でそうそう連絡も取れんのだ!おまえも娘ができれば分かるわ!」

鬼の形相そしてあまりの剣幕に、分かりました分かりました、と太刀川は「お手上げ」のポーズをする。

「そんなに怒ったら血圧上がりますよ。俺も探しますから」
「探すなら早い方がいい。大丈夫、見つかりますよ」

言いながら立ち上がった忍田は、さっそくスーツの内ポケットから緊急用に持ち歩いている通信機を取り出し電源を入れる。一拍置いて、そばに立っている太刀川のポケットから警報音が響いた。別の場所にいる非番の隊員たちにも同じ通信が入っているはずだ。

「ボーダー本部の忍田だ。緊急警報ではない。繰り返す、緊急警報ではない。非番の正隊員に告ぐ。玉狛支部で飼育しているカピバラを探している。場所はボーダー本部近辺だ。動ける者は捜索に協力してほしい。捕獲用トリガーは支給する。繰り返す……」

忍田が真面目な顔でカピバラ求むの通信を入れているなか、太刀川の胸ポケットでスマホが鳴った。太刀川はディスプレイを確かめてから通話ボタンを押し、耳に当てる。

「出水か。どうした」
『どうしたじゃないですよ太刀川さん。なんですかこれ?』

聞こえてくるのは部下の眠そうな声。太刀川はスマホを利き手に持ち替えて答える。

「聞いての通りだ。カピバラ捕まえろ」
『いや忍田さんの号令だしあれですけど、でもせっかくの非番の土曜なんですよ?行かなきゃダメですか?おれいま佐鳥とゲームしてるんでサボってもいいですか?』
「……出水貴様ァ!!!」

たまたま音声を大きめに設定していたせいで、スピーカーの向こうから響く出水の文句は会議室にだだ漏れだった。聞きつけた鬼怒田は顔を真っ赤にして肩を怒らせながら近づき太刀川のスマホを奪い取る。頭から湯気が立っている。鬼怒田さん落ち着いて、と慌てて伸ばしかけた太刀川の手をうるさそうに払って、額に青筋を立てた鬼怒田は握ったスマホを思い切り怒鳴りつけた。

「出水ィ!!!」
『わ、え、鬼怒田さん?なんで?』
「タダとは言っとらんわ!捕まえた奴にはな!!特上焼肉好きなだけ食わせてやる!!!」

食わせてやる……
せてやる……
やる……

あまりの大音量にハウリングするスピーカー、そしてその言葉は通信中だった忍田の親機を通じて非番のボーダー隊員全員に知れ渡ることとなった。

特上焼肉??
特上焼肉!?
特上焼肉!!

「「「「特上焼肉だって!!??」」」」

隊員たちの目の色が変わった瞬間だった。

「ん?」

ボーダー本部の前庭のベンチに座って日向ぼっこをしながら足をぶらつかせていた遊真は、右手から近づいてくる怒声と大勢の足音に気づいて顔を上げた。見れば、砂煙を巻き上げながらこちらに向かって全力疾走してくるのは陽太郎の相棒こと雷神丸。そしてその後ろを親の仇を見たかのような形相で追いかけているのは隊服に身を包みトリガーを構えたボーダー隊員たちだった。見知らぬ顔の中に見覚えのある顔もちらほら混ざっている。

「焼肉!」
「焼肉!」
「焼肉!」

口々に叫びながらうおおおお、と遊真の目の前を通り過ぎ、またうおおおお、と気勢を吐きながら左手に遠ざかり小さくなっていった。右から左へと首を動かしてその後姿を見送った遊真は小さく首をかしげる。

「なにあれ」

ぽつりと呟いたところで、今度はななめ前方から近づく気配を感じてまた首を戻す。額に汗をかいた待ち人が小走りに駆けてくるのが見えて遊真は顔をほころばせた。

「悪い空閑!待たせた!」
「おつかれ、オサム」

ベンチから立ち上がって、遊真はズボンの尻を軽くはたく。修は午前中の防衛任務のあと林藤に呼ばれてここボーダー本部に立ち寄っていた。遊真とは昼食を共にする約束で待ち合わせていたのだが、すぐに終わるはずの頼まれ仕事が思いのほか長引いたのだ。すでにレプリカの分身を通じて連絡は受けていたし不可抗力だったにも関わらず、待たせたことを律儀に謝る友人の姿に遊真は紅い瞳を細めて笑顔を見せる。

「いいよ。けどボーダーも意外と大変なんだな」
「え?」

上がった息を整えながら問い返す修に、遊真は肩をすくめて言う。

「食糧難なんだろ?さっき隊員ぽい奴らが走ってったけど、あいつら雷神丸を焼いて食う気満々だったぞ」
「……は?」

会うなりぶっ飛んでいる友人のセリフに一体どこから突っ込めばいいのか分からず、修は目を白黒させながらずり落ちかけた眼鏡を直した。

To Be Continued...
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