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『残響パラダイム』 (佐鳥&出水小説)

お待たせしました、ごゆっくりどうぞ。カウンターの向こう側に立つ笑顔のかわいい女性店員からハンバーガーとポテトとコーラとついでに癒しを受け取って、軽い会釈を返してからスニーカーに包まれたつま先を階段の方へと向ける。
自動ドアの開く音が聞こえるたびに初夏の生ぬるい外気が吹き込み店内の冷えた空気と混ざり合う。雑多な空間を満たす泡のように軽い音楽と食欲をそそる油の匂いに混ざって背後に響くのは、先ほどの店員が自分ではない誰かに投げる明るい声。いらっしゃいませ、ありがとうございました。ああ、あの笑顔がオレだけに向けられたものだったらなぁ、なんてしがない妄想を刹那で振り払って、現実的な問題に対処すべく一歩、二歩、とドリンクの安定に気を遣いながら狭い階段を上がっていく。
ここは全国的に有名なファーストフード店。三門市にもいくつか店舗があり、中でも高校とボーダー本部のちょうど中間に位置するこの店は高校生隊員たちの行きつけでもあった。二十四時間休むことなく駅前で煌々とネオンの光を放ち人々の胃袋を満たすこのハンバーガーショップに今日はひとり。いや、正確には店内にもうひとりいるはずなのだけれど。

(いたー)

階段を上りきってしまえば、さほど広くもない二階席に目的の姿はすぐに見つかった。色素の薄い髪と休日になるとよく着ている紺色のシャツ。テーブルの上に組んだ腕の中に伏せた顔をうずめていて表情は見えない。眠っているのだろうか。

「先輩」

近づきながら呼びかけてみるも返事はない。テーブルの上には動かない上半身が一つにトレイが一枚。トレイにはMサイズの赤いドリンクカップがひとつきり。夕飯食べてないのかな、と疑いながら佐鳥は自分の食事をテーブルに置くと向かいの椅子を引いて腰掛けた。両手で頬杖をつき目の前の頭を黙って観察する。茶系寄りと言われる自分のそれよりもさらに淡い髪の色は少しだけ日本人離れしているが、一度、染めてるのと聞いたら染めてないと言っていたから地毛なのだろう。そしてその見慣れた髪に包まれた頭の中身はといえば、得意科目と苦手科目に多少の落差はあるものの充分に平均点を超える出来のようで、弾バカと揶揄されようがなんだろうが悪知恵も含めてそれなりに頭が回らなければA級1位隊の隊員なんて張っていられないのかもしれない。ついそんなことを連想してしまうのも昼に学校で返された英語の小テストの結果がまれに見る壊滅状態だったからだ。英語の得意なカノジョがほしい、なんならガイジンでもいい、などとまたぼんやり思いながら佐鳥は目線はそのままに頬杖を片腕だけ外してポテトを一本取って口に運んだ。もそもそと咀嚼するも、慣れない舌にはまだ少し熱い。

「ねえ先輩。佐鳥が来ましたよ。おきて」

再度話しかけてみたがやはり答えはなく。佐鳥はジーンズの尻ポケットから探り出したスマホの画面を片手で操作して先ほど届いたメッセージをまた開いてみた。「駅前のマックにいる」とだけ書かれた文面の受信時間は午後七時すぎで、すでに夕飯の支度を終えていた母親の渋い顔に何度も頭を下げて手を合わせて、文句を背中に受けながら財布とスマホだけつかんで家を出た。自宅から「駅前のマック」までは自転車でちょうど十五分。熟睡できるタイミングでもないだろうにと二本目のポテトに手を出しながら思う。薄い紙にくるまれたハンバーガーは手を付けられないままトレイの上にぽつんと転がり、ゆっくりと温度を失っていこうとしていた。

「じゃあさ、勝手に話すね」

小さく息をついて、佐鳥は口を開いた。

「昨日と今日、学校サボったでしょ。昼に購買で米屋先輩に会ってさ、聞かれたんだよね。電話にも出ないし何か聞いてるかって」

まあ聞いてませんけどね、と独り言のようにつぶやく。平日のためか店は混んではおらず、席も歯が抜けたようにところどころ空いている。ノートパソコンを開いて仕事を片付けている眼鏡のサラリーマン。コーヒーを飲みながらスマホの画面を見ている髪の長いOL。顔を寄せ合って内緒話をしている大学生らしきカップル。そして寝ている相手に一方的に話しかける怪しい男子高校生。

「オレ分かりませんって言ったけど、ああ心当たりあるなぁって顔に出ちゃったかも。先輩も何も言わなかったけどさ、あれたぶん気づいてると思うよ」

コーラをすすり、カップにささったストローを噛む。口の中に冷たく濃い砂糖の味が広がる。

「なんでそんなにヘコんでるの先輩。近界で、遠征で何があったの」

伏せられた頭に向かって、佐鳥は静かに問いかける。佐鳥おれ次の遠征メンバーに選ばれたぜ、と自慢げに報告してきた笑顔はつい一週間前のもので、そして一昨日、全員が無事に帰還してきた。必要な情報も手に入り、成果は上々だったはずなのに。

「オレさ、一昨日本当は、おかえり言って近界の話とかいろいろ聞こうと思って本部で待ってたんだけど」

音を立てずにドリンクを吸い上げてから佐鳥は言う。

「なんかそんな雰囲気じゃなかったよね。太刀川さんも風間さんも出水先輩も、みんなすごく怖い顔してた」

オレ声かけれなかったよ、と言って佐鳥は小さく笑った。

「近界とかボーダーとかさ、たぶんオレらの知らないことたくさんあるんだろね」

広報なんかやってるオレが言うことじゃないけど。言いながらポテトをもう一本つまもうかどうしようか迷って、結局、紙のお手拭に心持ち指先をこすりつけたあと、その手を目の前の頭に伸ばす。

ぽふ、と髪に沈む手のひら。
ぽふぽふ、と弾ませてみる。だからさ、と口の中でつぶやく。

「佐鳥で良ければいつでも聞きますよー」

「ナマイキ言うようになったじゃねぇか」

戯れに撫でてみた頭の下から不意に漏れるくぐもった低い声。慌てて手をひっこめる佐鳥の顔を組んだ腕の間から睨むようにして、出水は獣めいた眼光を向ける。鋭い目線に射抜かれるようだった。

「誰がヘコんでるって?」

「……先輩」

「ヘコんでねぇし」

ゆっくりと起こされる身体。両腕を突き上げて伸びをし、出水は痛そうに首を曲げて肩を回した。

「やっぱ起きてんじゃん。寝たふりするとか、先輩やらしー」

「おまえが一人でべらべらしゃべってっから聞いててやったんだろ」

「もう、先輩ご飯は」

「食ってない。ダブルチーズバーガーとテリヤキ」

「なんでオーダーすんの。オレ買ってこいってこと?」

「そう」

「……遠征帰りだから!特別にいたわる!」

ニヤニヤと笑いながら財布から抜き出した千円札を差し出す出水。その紙幣をひったくるように受け取った佐鳥はリスのように頬を膨らませてみせると、オレの分のポテトおかわり奢りね、と抜け目なく言い捨てて足音高く階段を降りて行った。その姿が見えなくなったのを確認して、出水はまたテーブルの上にごろりと頭を転がす。

(近界とかボーダーとかさ、たぶんオレらの知らないことたくさんあるんだろね)

「あいつ、カンだけはいいからなー……」

髪をくしゃくしゃとかき回しながら出水はつぶやく。目を閉じると近界で見た風景がまぶたの裏に押し迫るように蘇る気がして、舌打ちをひとつすると重いまぶたを無理やり引き上げた。

近界でなにか凄惨な出来事があったわけではない。何があるか分からないから油断するな、と厳しく言いきかせられて内心緊張しながら行ったけれど、近界民にまぎれての情報収集はボーダーとしてはもう何度も繰り返していることもあってか順調に進み、トリガーを起動する機会もなくかえって身体がなまるほどだった。もともと思い悩むタイプでもない出水は、遠征ってこんなもんか、と拍子抜けした気持ちでいた。ただ、初めて見る人型の近界民たちが思いのほか「普通」に生活している姿に、常日頃自分が相手にしているトリオン兵を見るのとはまったく違う感慨があって少しだけ混乱を覚えたのも事実で。

「おれまた来れますかね」

「なんだ出水、近界が気に入ったのか」

遅い夕食のあと、遠征艇内の狭いミーティングルームに引き上げて休んでいるときにふとこぼれた言葉。テーブルをはさんで向かいに座る太刀川にからかうような返答をされて、出水は隊長の顔を軽くにらんだ。テレビも無いしスマホはもちろん繋がらないしで夜はさぞ退屈するだろうと思っていたのだが、持ち込んだ読みかけの漫画を開いたり携帯ゲームの電源を入れたりするよりも、普段は意外とゆっくり顔を合わせることのない隊員同士で会話する方が楽しいことに気づき始めた頃だった。話が聞こえてか、太刀川の隣の椅子に座る風間が読んでいた雑誌から目を上げたのが視界の端に映る。

「そういうわけじゃないすけど、でも結構おもしろいなって。文化とか、同じとこもあれば微妙に違うとこもあるし、意外とおれらと同じニンゲンなんだなって思いました。そういえばほらこれ」

言いながら身体を捻って、出水はすぐ後ろの棚に置いていた橙色の丸い果物を手に取りテーブルの上に転がした。地球で言う夏みかんにも似たその果実に太刀川と風間の視線が集まる。

「今日ちょっと街歩いたじゃないすか。なんか小さい子がくれたんですよね」

近界の植物だしさすがに食べませんけど、嬉しかったから記念に持って帰ろうかなって。軽い調子で明るく言った出水の言葉に、太刀川と風間が顔を見合わせる。その複雑そうな表情に気づいた出水は、椅子の背もたれに沈めていた身体を起こして首をかしげた。

「え、なんすか」

「いや、」

意見を代表するかのように風間が口を開く。この小柄な男が認識していた以上のキレ者だということも遠征中に骨身に染みて分かったことのひとつだったので、出水は素直にその言葉に耳を傾ける。

「深く考えてはいないとは思うが、その考えは危険だ」

「危険?」

思わぬ言葉に驚きを見せる出水に、小作りな顔を曇らせた風間は言葉を選ぶようにして言う。

「遠征で価値観が変わる奴は意外と多い。近界民に個人的な恨みのない奴ほど、近界民を『同じ人間』と見て戦う手が竦む。幸い、今回はまだ戦いには至っていないが」

ボーダー隊員の本分を忘れるな、と風間は言った。飲酒ご法度の遠征艇内で仕方なしといった様子でコーヒーをすすっていた太刀川もうなずく。

「おまえ意外と流されやすいからな」

「大丈夫ですよ」

揶揄するような言い方に、出水は少しムキになって返す。わざわざ言われなくても、トリガーを起動し手のひらに熱なき熱を集めて思いきり解き放つあの快感は今さら手放せるものではない。遠征にだってまた来たい。出水は少し慌てて、しかしその焦りを顔に出さないように注意しながら二人の先輩を見る。

「だって攻めてくる奴を排除するんでしょ?人型だろうが関係ないです、ぶっ潰してやりますから任せてくださいよ」

胸を張って言う出水に、風間と太刀川はまた顔を見合わせて、ふっと笑った。

「分かっているならいい」

出水は分かりやすいいい子だな、と言って頭をなでようとする太刀川の長身に見合った大きな手から笑いながら逃れて、出水は自分もコーヒーを淹れようと立ち上がる。そのついでに、テーブルの上の近界の果実を片手でつかむとテーブル脇のゴミ箱に勢いよく放り捨てた。箱の底に当たる重く鈍い音が瞬間耳に残ったが、見知らぬ異邦人の服のすそをつかんで果物を手渡してきた幼な子の目とともに、忘れようと努めた。

「そういや、佐鳥に自慢したら羨ましがってましたよ。あいつも今度連れてきましょうよ」

バッテリーで動くコーヒーメーカーで保温されたコーヒーをカップに注ぎ、仲の良い後輩の名前を出して振り返ると、後ろで菓子の袋を開けようとしていた太刀川が首を振るのが見えた。

「嵐山隊は駄目」

「え、どうしてです?テレビとかで忙しいから?」

「それもあるけど、遠征に行かない理由としては表向き。あいつらはボーダーの広告塔として近界民と戦う隊員を募集したり活動のことを公にしゃべったりするだろ?近界のことを知りすぎて間違っても近界民に肩入れさして、軸をブレさすわけにはいかないんだよ。分かるだろ」

それも思いやりなんだから喋りすぎるな、とやんわりと釘を刺されて、はあ、とうなずいた。その後の話題は太刀川が遠征前に迅に押し付けられたというぼんち揚に移り、コーヒーを飲み干して片付けて、なんとなく解散して寝た。それだけだ。佐鳥の言う「怖い顔」のことは記憶にもない。戦いにはならなくとも遠征は体力を消耗するし、みんなそれなりに疲れていたということなのだろう。ただ、遠征後で免除された防衛任務はともかく、その後二日も学校を休んだ挙句に後輩を呼び出してハンバーガーに興じている理由については自分でもよくわからなかった。わからなかったのだけど。

「先輩おまたせ」

頬杖をついて数日前のことをつらつらと思い出していた出水が目線を上げると、ふたつの丸いハンバーガーと山盛りのポテトを載せたトレイを持った佐鳥が階段を上りきってこちらに歩いてくるのが見えた。見慣れた店のレイアウト。言葉の通じる人々の群れ。においを嗅げば味を予想できる食物。よく見知ったうるさい後輩。右のポケットには財布、左のポケットにはトリガーホルダー。手につかみ取れる現実と、笑っちゃうほどのファンタジー。
おせーよ、と言いながら受け取ったトレイの硬い質感に少し安心した。遅くないし先輩ちょっと元気になったね、と嬉しそうに笑う佐鳥の顔につられて口元を引きつらせるようにして笑顔を作る。胸中の思いが彼になにも伝わらなければいいと、それだけを願った。

THE END
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